今年入学した高1生が語る青春リアル
洛々二校の立場逆転について教えて下さい
来年私立中学を受験する息子を持つ親ですが、私が中学生の頃は洛星が文字通り京都の『星』であり、圧倒的な人気・実力を持っていましたが、最近の入試を見るとどうやらそうではなくなったようですね。どの塾も京都ナンバー1は洛南の方であり、洛星については最難関とは呼べない扱いになっているようです。
ですから偏差値とあと通学の便利さでは洛南だと思うのですが、ニ校はあまりにも校風が違い、親としては中学・高校生活は勉強漬けにならず自由な雰囲気の下、キレイな校舎で伸び伸びと過ごしてほしいー(洛星中)と思う反面、本音はそれでも進学校に行くからには進学大学も最優先事項のひとつであり、しつけと勉強面の面倒見が良い京都大学に抜群の実績を誇る先(洛南中)かな、等思っています。
そこで教えて頂きたいのは、というか疑問に思うのは、両校の進学実績です。国公立大学への進学実績を見る限り、洛星は洛南に劣っていない、特に現役について言えば京大でも洛星の方が洛南より優れている。もちろん洛南については高校からの進学組があり、彼らが同・立にも多数進学し、京大等への進学率が卒業生の数の割には落ちるのは承知していますが、それにしても洛星の方が優れている。にもかかわらず、中学入試の偏差値にかなりの差が出てるという事は今後洛星の進学実績は落ちてゆく(洛南の実績があがってゆく?)という事でしょうか?名門であり、現在の進学実績も悪くない洛星が中学入試でここまで評価が低い(二次試験でさえ、六甲・白陵に及ばない・・)のは何か他に理由があるのでしょうか?
1986年に全学年5クラスになったんだけどな。
1984-1986は高校を2クラス募集していたよ。
学園公式ウェブサイトより
1986年
奈良市山陵町の現校舎へ移転。中学各学年2クラス、高校各学年3クラスの体制から、中学各学年4クラス、高校各学年5クラスの体制に規模拡大。
東大寺は1986年に初めて高校5クラス体制になった(高一のみ)。よって5クラス体制になって初めて卒業するのが3年後の1989年。1988年卒までは3クラス体制(140人)。
1984年、1985年の高校募集は1クラスのみ。
1984、1985年の東大寺は旧校舎時代で、高校を2クラス募集する物理的スペースがなかった。
中学校
1983年 2→3クラス
1986年 3→4クラス
高等学校(外部)
1984年 1→2クラス
1989年 2→1クラス
高校募集を増やしたのが1984年ではなく1985年だったかもしれませんが、中高で募集枠拡大の時期をずらしたので、1986年ではありません。
高等学校(外部)
1984年 1クラス募集
1985年 1クラス募集
1986年 2クラス募集
1987年 2クラス募集
1988年 2クラス募集
1989年 1クラス募集
です。これは確かな情報。高校募集は1986年~1988年の3年のみ増員。
わざわざ私立中学校受験をするのに、地元では有名な元ヤンチャ校に通わせる意義を考える為にも情報は必要でしょう。
昔の校名を捨てた新興進学校が日本全国に乱立しているのですよ。公開偏差値が変わらないから同等って価値観が蔓延していますし、公開偏差値が、定員数を輪切り(共学化や複数回入試)にしただけの張りぼてになっているのですから。
400人をギリギリきった程度であり、競争率も2倍を超えている。
350人くらいしか集まらず、競争率が2倍を遥かに下回っている他県の学校より良いのでは?
薄口評論家さんも常に名門進学校の仲間に入れてくれているし。




































