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息子を入れたい中学・高校ランキング (読売ウィークリー調べ)

【715097】
スレッド作成者: 息子を一流の学校に入学させたい (ID:RrRlnt37/io)
2007年 09月 19日 04:09

読売ウィークリー調査の「息子を入れたい中学・高校ランキング(神奈川)」で

1位 桐蔭学園
2位 慶応
3位 栄光学園

だそうです。(参照:http://research.goo.ne.jp/database/data/000447/)

桐蔭学園は、勉強だけでなくスポーツも強く、道徳教育にも熱心だそうです。
私も息子が勉強だけでなく、スポーツもできる環境にと考えていますので
このような学校に入れたいと考えています。
人生受験勉強だけで決まる訳でもなく、スポーツを含めて息子にはバランスよく
また、色々な人材のいる場所で成長してほしいものですがどうでしょうか?

余談ですが、桐蔭学園は学費がいいだけあって、親が勝ち組(セレブ)が多いらしいですね。
政治家や有名人のご子息もいらっしゃると聞きます。
あと、お医者様のご子息も多いと。親同士の交流も楽しみです。




【3026215】 投稿者: エリート校   (ID:pryH2jKQLq6)
投稿日時:2013年 07月 02日 20:52

進学校というよりは、エリート校でしょうか。
三菱財閥系のエリート養正が目的だったとかや。
そう言えば校章もごさんの桐だったかと。
日本国政府に同じ!

【3031122】 投稿者: 駿台ママ   (ID:8AR1I1Q0QNg)
投稿日時:2013年 07月 06日 23:36

 7月4日 アメリカ独立記念日 「自由の女神」 テレビニュースに。 
ハリケーンの被害にあって、修復。

 7月7日  七夕 高校野球の開幕。初めての試みだそうですが、
神奈川新聞によるとケーブルテレビで230万のご家庭で見られるようになるそうです。(7月6日版より)


徳光和夫さんが、神奈川県在住。
長嶋さんの国民栄誉賞「ぼくの人生で一番嬉しい」と涙され、箱根駅伝では「茅ヶ崎」沿道で応援。
きっと、そういうお父さんが、多いのでしょうね。

高橋選手のインタビュー記事も掲載されており、上の世界にいっても花開くのは、
「土屋監督のおかげと。感謝でいっぱい。今でも連絡を。怪我をした時も、励ましてもらえた」
甲子園出場をきめた高校時代の写真も。
眼差しは、かわらないものですね。
復帰後のホームランおめでとうございます!!!応援してます。

JX大久保監督は「土屋監督の教えを伝えていく事が、恩返し」と。

受験生のご家族さま。この夏「天王山」

戦う男の人たちを お時間あります時に、少しだけでもご覧下さいませ。
きっと勇気をもらえます。元気も。あきらめない気持ちも。お薦めです。

【3051159】 投稿者: 駿台ママ   (ID:8AR1I1Q0QNg)
投稿日時:2013年 07月 24日 01:32

各県でも、甲子園を目指して熾烈な闘いが、
神奈川県も、ベストエイト。「勝ったところが強かった」頂点を目指して。

明日は横浜スタジアムで2試合。テレビ中継もされます。
25日 慶應 対 桐蔭学園 11時から

平塚球場での試合の解説は、元桐蔭監督の大木さん。
主人と球場に応援にいきましたが、録画も。
「校章の上に王冠、僕がつけたんです。日本一になったから。
土屋君は、捕手で副主将。30年間、よく頑張った。彼の教え子の、
一期生の高橋君はエースで甲子園。で、子供が主将。縁は繋がっている。
仲間を大事に。高校野球は高校生みんなでつくっている。そのおかげで、試合ができる。
感謝の気持ちを子供達に教えて欲しい。たくさんのひとのおかげで、野球ができること」
神奈川野球をつくられ、甲子園での思い出話もあり、とても楽しい時間でした。

高校生が、22000時間をかけて2時間の試合に臨む「フエアプレーの精神」
を学べる最大の機会。技術や勝敗だけでなく、そういった視点
から選手たちを見守って欲しい。

「野球を通じて社会に役立つ立派な人間づくりを目指す教育の一環としての高校野球」
大正4年に掲げられた大会の精神。

審判をすると野球がもっと好きになります。夢は人生の大きなモチベーション。甲子園や六大学の審判が夢。
皆さんも我々と、一緒に「夢」を追いかけてみませんか。と寄稿されて。

「2013 高校野球」 神奈川県審判部 飯田 純一さん
 
球場にいくと「がんばろう」「おちついて」「水のんでからでいい。」「ナイスゲーム」審判のかたも。
子供達に温かいお声がけを。様々なかたがたに支えられて、試合ができるのでしょうね。
桐蔭学園は、横浜創学館と15回延長、再試合で勝利を。「まさに死闘」両校の粘り強さに拍手を。と。

今年、受験生でないかた、是非、横浜スタジアムに。神奈川高校野球、一緒に応援しませんか。
もちろん、テレビでもご覧になれます。

【3072417】 投稿者: 二俣川   (ID:85gXC1nThNQ)
投稿日時:2013年 08月 11日 16:11

桐蔭学園ネタはもういい。
奇本(現木本)監督は、土屋サンたちが全国優勝したときに、
試合中にベンチでエースの子に強烈なビンタを張っていた。
TVで全国に流れた。

また、主将の小島サンも甲子園での試合後記者会見で、
「相手投手にショックを与えるために、大げさに死球を痛がってみせた。芝居だった」と述べ、世間の顰蹙を買った。
それでも、慶應野球部に野球推薦で入ったから不思議。
当時の桐蔭学園野球部には、球場外で他校の部員にガンをつけるツワモノもいた(打順5番のM谷のこと)。
まあ、校内に「君が代」が流れると、全員その場で直立不動しなければならないという極右学校当時のことゆえ、仕方がないかも。


いずれにせよ、客観性欠く虚飾や美談化はいかんよ。

【3072531】 投稿者: 駿台ママ   (ID:8AR1I1Q0QNg)
投稿日時:2013年 08月 11日 18:28

甲子園、開幕しましたね。大阪桐蔭、森くん、第一号。
二者連続ホームラン。二打席連続。レフトにライトに。

長嶋茂雄さん「高校野球は日本の野球の中の絶対的中心です。
今でも甲子園でプレーできる球児は羨ましい。純粋な心で。
甲子園という夢がどこかに。「快打洗心」爽快な一打で心が洗われる。

松井秀喜さんもアメリカから帰国されて「僕の原点」
バットをそっとおく。一塁に走る、それを繰り返した。5打席連続敬遠。
長嶋さんは、その姿に「大人」をかんじたそうです。

 ご存知でしょうけれど、13日、横浜高校 対 丸亀(香川県)
 横浜高校ご卒業の吹奏楽部のお母様から、教えていただいた事があります。
「今でも歌える。校歌。もちろん甲子園、応援にいくよ。楽しみ。」

朝日新聞 8月5日 私の育て方(読んでいらしゃらない方おれれるでしょうから)

   丸谷 明夫さん(大阪府立淀川工科高校 吹奏楽部顧問)全 日本吹奏楽連盟 理事長

「なんで できへんのや!」指揮棒が折れるほど譜面台にたたきつけて。
威嚇すると生徒たちは切羽つまって実力以上の音をだす。
でも、それは心からの「喜びの音」ではなかった。

50年に及ぶ指導者人生、最初から達観していたわけではない。
「己を殺して人に合わせるのはアンサンブルではない。
コンクールも競い合うものではなく、大勢のひとたちの前で、自分たちをのびのびと表現する機会に」
との思いがある。

1979年夏 高校野球閉会式のタクトをとるため甲子園の決勝を。
箕島がバントに失敗「かわいそうに。監督にどつかれる」しかし、
尾藤 公監督は笑顔で大きく手を広げ、戻ってきて子を迎えた。

その後、逆転優勝旗を手にした「未熟なのは俺のほうだ」思い知らされた。
教師が必死になりすぎると生徒を管理したくなる。それがいつしか
暴言や体罰の温床になる」自分が率先して音楽を楽しむ。
相談の電話がきたら、「お前らが一番」(大事)

シンプルな思いを伝えるのに、精一杯、心を砕いている。

8月8日 社説 「勝つ」を超える喜び    甲子園開幕

3957校 3年生まで部活を続ける比率も年々あがり86.6%。
16万7千人の硬式野球部員。ピンチだからと、グラウンドから
逃げ出せない。春夏あわせて4回優勝した故尾藤公さんピンチでも
笑顔を絶やさぬ「スマイル」で選手を励ますようになった。最初は違った。

勝利至上主義が対極。後味の悪さを残し、暴力さえ招く。敗れても、力を
尽くしてたくましくなった自分がいる。チームを組んで、力をあわせて。
選手だけではない。マネジャーも、ベンチ入りできなかった部員も。
陰の支えがあってこそ、本当のチームになる。時とともに、高校野球は
変わってきた。勝ち負けを超えて若い力が育っていく場所へと、
さらに進化してほしい。

 「東洋一の商港 横浜 世界をつなぐ海」♪ 吹奏楽部の熱い演奏とともに、
  最後に聞けること、楽しみに応援してます。
  渡辺監督「松井君対策に1年を。彼のおかげでレベルアップした。感謝してる」
  きっと同じように、全国の野球部も打撃練習を。ホームラン期待してます。

【3073041】 投稿者: 二俣川   (ID:85gXC1nThNQ)
投稿日時:2013年 08月 12日 08:50

露骨な桐蔭学園ネタをやめたな。
神奈川高校野球監督界の嫌われ者が勇退してくれて、今後は桐蔭の甲子園の目が出てくるのではないか。

桐蔭関係者は、なぜここまで受験生らに忌避される学校に堕したのか、ここらで自省する必要があろう。

【3079715】 投稿者: 駿台ママ   (ID:8AR1I1Q0QNg)
投稿日時:2013年 08月 18日 00:06

甲子園「花巻東高校」
熱闘甲子園 もおすすめです。テレビ朝日で23時15分から。
(皆様ご存知かもしれませんが、野球に興味のない方、前提で)
ダイジェストになっていて、長嶋 三奈さんのインタビューでの選手たちの素顔に、親近感を覚えます。

朝日新聞 7月30日(火) 戦士のほっとタイム 宇賀 なつみさん
西武 菊池 雄星選手「9勝 できるとは思ってなかった。順調すぎて自分が一番びっくりしている。
一球、積み上げて、日本一に貢献できれば。日本一の景色みてみたい」
素直で謙虚、おちゃめな一面も。マウンドに向うときはいつも不安、でも、
表情や力強い言葉から、自信や責任感も伝わってきました。 とのことです。 

神奈川新聞 7月29日(月)
「教え子を甲子園に導けなかった悔しさ」土屋監督
「最後まで一生懸命やってくれたのに勝たせてやれなくて申し訳ない。選手やOB
支えてくれた家族に感謝の念で一杯」
毎年、神奈川県高校野球連盟 (今年は緑、昨年は赤、前は青)は球場で購入します。
読売新聞も、もちろん購読してます。7月29日(月) 夕刊より

ニュヨーク「サンキュー。秀喜」引退セレモニーのため、久し振りにヤンキースタジアムに。
ご両親の見守る中、
ジーター選手から「私のすべてのチームメートの中で、彼はベストのチームメート」
松井さんも「彼は最も尊敬できる選手。彼から言ってもらえるのは最高の幸せ」

巨人の原沢 敦球団代表は「これだけ大きなセレモニーを開いてもらえるのは日本人で初めて。
国民栄誉賞も、米国での活躍もあったからと改めて思った」と。

「マツイ」
ニューヨークタイムズ スポーツ担当 ケン・ベルソンさん

無私の精神や謙虚さ、忍耐、自制心、米国の野球フアンに愛された。
取材への対応も親切だった。一万回も聞かれたような質問にも丁寧に答えてくれた。

記者が「自分がはじめて聞いた質問」と思ってしまうほどで、ヤンキース担当の米国人記者は
みな、同じ感想を持っていた。 
彼は世界に向けて、日本野球界の「大使」のような存在になるはずだ。

熱闘甲子園、私は、「高校生」から元気をもらえます。
暑い中、丁寧な取材されて、ありがとうございます。

【3088813】 投稿者: 駿台ママ   (ID:Y9u./XaHvP.)
投稿日時:2013年 08月 25日 17:00

9月になれば、模試の季節がはじまりますね。
受験生、夏休みに頑張られた結果が、だせますように。

   八重の桜 山本覚馬さん(西島 秀俊さん)

「銃より教育」京都に女紅場。英語ができれば、異人さんの考え方がわかる。
男の前を歩くハンサムウーマン。新しい時代。女性も「夢」をもって。
私立学校の先駆者。男女平等の「愛」に基づき、八重さんに、勉強させてくれて。
今後の展開を楽しみにしています。

   日経 7月5日 学びのふるさと 天野 篤さん 57歳

天皇陛下の心臓冠動脈バイパス手術を執刀。県立浦和高校から東大最難関学部を目指し、
3年連続失敗。日大医学部へ。父が心臓の3度目の手術後に他界。
「心臓外科医の道を究める」6千件以上の手術を手掛けて。医者の世界に、
出身大学は関係ない。重要なのは症例の経験と文献などで得た知識を融合させ
最善の判断を下す事。高度な技術が必要な手術方法を身につけた今、
改めて小関校長の言葉を思い出します。高校の入学式

「同じ狭き門なら、より狭き門を選びなさい」高い山から逃げるなという
メッセージを送りたかったのでしょう。この言葉を胸にこれからも知識と
技術を磨き、患者さんたちのために役立っていきたいと考えてます。

  新聞を読んだり、テレビなどで、いろいろな人生を有名無名にかかわらず、ふれることができ、
 思いとおりにすすまず、困難なときなども、励まされます。

美智子 様は、戦時中、群馬県 館林の小学校に転入されて。 
東京大空襲 ご親戚の叔父様を亡くされて。
疎開体験 3度めは軽井沢へ。
ようやく、昭和22年 東京へ。
福島 飯館村の避難されてご自宅に帰れない人々とご自分の
戦時中の原体験と重ねていらしゃるのではないか、とニュース番組の中で。

駅のホームで読んでいる男性が目立った、スポーツ新聞の見出しと涙の写真。購入して読むと

2011年6月13日(日刊スポーツより)

「雄星」  人間不信から涙の一軍デビュー

どん底の菊池を導いてくれた人、一軍の大迫トレーニングコーチ
アポなしで、ナイターの前の時間を割いて諭してくれた。昨年、
「1ヵ月後、19歳になるまでに変わった姿をみせてくれ」
小野投手コーチ「今の自分に大事な事は何か考えなさい」

親身に苦言を呈してくれたひとがいたから、ここまでこられた。
「誰にも話せない悩み、怪我、コーチからの暴行、解任騒動、
結果が伴わないと、練習内容や走り方まで変、人間性までも、
いわれのない非難。誰を信じていいのか。去年、野球をやって
いなければどれだけ楽なんだろう考えた。
フアンの声援に救われた。去年のことは自分に必要な経験だったのか。」

耐えてきた日々の証し、万感の思いの結晶。53球。

6月17日が20歳の誕生日。一年遅れでも、投げられず
泣く事もできなかった1年前の雄星はいない。

東北の復興もすすみますように。
ずっとずっと見守っています。

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