今年入学した高1生が語る青春リアル
東大を卒業しても「仕事がまったくできない人」の意外すぎる共通点
https://news.yahoo.co.jp/articles/542413653a2a7ab4b633fc254d8dcf98fe14059d?page=1
合格すれば、前途洋々の明るい未来が待っている―。東大受験生たちは、かたく信じて今日も勉学に励んでいる。だが、そんな時代はとっくに終わった。東大卒を取り巻く社会環境は激変しているのだ。
気難しい、屁理屈が多い、プライドが高すぎて扱いづらい……。
東大卒を指してそう指摘する声が多いのは、今も昔も変わらない。
東大卒の部下に手を焼いた経験を話すのは、大手システム開発企業の40代中間管理職だ。
「ある時、中小の取引先にシステムを納品することになり、先方のニーズを反映するためのヒアリングに東大卒の部下を連れて行ったんです。ところが、彼は先方と会って早々、『世界標準ではこうなっている。たとえばグーグルでは……』と、大上段の話をする。相手の希望はお構いなしなのです。
ならば、大きな仕事がしたいのだろうと思ってプロジェクトを任せようとすると『いや、それは』『いや、でも』とできない理由を滔々と並べ立て、なかなか前に進まない」
30年ほど前に京大理学部にいました。暗記してちゃっちゃと入学しました。大学の授業は出席しなくてもテストができれば単位がもらえました。ただそうやって易きに流れるのは簡単ですが、このままではまずいと気持ちを立て直して大学院への勉強をするのはやっぱり大変でした。そこからは博士号をとり正解のない問題を解き続けている訳で大変です。
振り返れば小学校のころから授業中に見境なく手を挙げては自分の意見を述べる変わり者だったので良い助走はできていたように思います。
あたり前ですが、テストの点数を最大化する努力と学問をやることはズレがありますからね。
私も東大生でしたが、受かったあとに勉強の優先順位が下がってしまう人が多いと感じます。勉強するために学校に入るはずが、学校に入るために勉強すると言う本末転倒。
近頃の中学受験の過熱ぶりを見ると、状況は悪化しているように思います。
自分はミレニアムのころ、中国の清華大学で働いたことがあります。
あるプログラムを予算申請する時に「これで予算がつくでしょうか」と主任に聞いたら、「うちの大学のスタンスは『アメリカがやっていることは何でもやる。そして誰もやったことがないことはできるだけ早くやる』(独創的なものは最優先)です。これは新しい取り組みだから大丈夫」でした。
清華大学はもともと米国留学予備学校として米国の支援でできた学校ですが、「アメリカに追いつき、追い越す」国策実現が目標。国の手厚い予算措置に加え、支援企業もすぐ見つかるからお金の心配があまりなかったこともメリットで、日本の高等学府が追い抜かれるのは時間の問題だと当時感じました。
東大って元々、官僚養成学校だからね。官僚、つまり国家に仕えて支える人材を育成する目的で創設されている。その意味で東大はハーバードやケンブリッジと違い、リーダー養成所ではない。
エリートって本来は政治家や財界人のようなリーダーを指すからね。東大は真の意味でエリートを生み出す学校になっていないから、いわゆる学歴エリートしか出てこないのも当然と言える。
塾の先生も言っていたんだけど、時間を掛けて自分なりに理解をするような学習では時間が足りない。とにかく正解を導き出す最短の方法を覚え込ませるのが受験には必要なんですということだった。
もちろん中学受験の基礎学力があって、その後中学や高校で応用的学習を積み重ね、頭のいい子は体系的な学習によってより難関の大学に進学していくことになるのだが、小学校の時点で暗記的学習の効率性を身に付けてしまうことで、そこから先の学習の方向性が自然と決まってしまうような気はするけどね。




































