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中央大学法学部は都心移転によりどこまで復活するか?

【7183209】
スレッド作成者: 英吉利法律学校 (ID:8XHqioRyTos)
2023年 04月 19日 10:36

みなさんの予想はどうですか?

私は、
出身学部別での司法試験合格者数は1位。
予備試験合格者数では2位。
国家公務員総合職の合格者数では早慶を抜いて1位。
民間は今より良くなる。
偏差値は普通に早慶上位レベルまで上がる。

【7698435】 投稿者: 駿河台の隠居   (ID:1S17YV3kdy2)
投稿日時:2025年 08月 08日 11:46

87パーセントだろうが82パーセントだろうがたいして変わらん。京大に次いで2位だ!とドヤ顔するほどのことではない。短答式と去年の論文合格者数、合格率から考えると、今年も中大ローの指定席は変わらん。中大は昔みたく“数で勝負!”でないと合格者は増えない。定員を削減し、入学者が減りでは受験者も合格者も増えない。中大ローの質と量の底上げが必須だが、一度落ちた名声を取り戻すのは超難問だ。

【7698481】 投稿者: ゲリラ豪雨   (ID:bnHR8uWYg4E)
投稿日時:2025年 08月 08日 16:07

2023年2024年の法科大学院ガイドブックには単年度の司法試験には触れず、これまでの類型合格者数が国内2番との記載だけです。2025年2026年は初年度受験者の合格率が私大で2番との自慢だけで、法科大学院全体の合格者数や率には触れてません。中央大法科大学院より合格者数が遥かに少ない明治大や法政大でも、ちゃんと単年度の合格者数や率を掲載しています。
法科大学院のHPでも入試合格の詳細データを公開していないのは中央大くらいです。
都合の悪いものは明らかにしないのは、今の低迷に真摯に向き合う気がないから?悪いデータでも明らかにする姿勢が必要です。

【7698514】 投稿者: 名無し太郎   (ID:4K6oyDMEBX.)
投稿日時:2025年 08月 08日 19:45

2025令和7年 司法試験短答式試験
中位の法科大学院別合格者数

立命館91人 65% 東北86人 76.11% 名古屋85人 75.89% 同志社85人 70.83% 
日大80人 76.92% 明治74人 66.67% 九州64人 76.19%

都立大58人 63.04% 法政51人 67.11% 北海道48人 64.86% 筑波47人 69.12% 
千葉39人72.22% 関西学院37人 77.08% 大阪公立37人 69.81% 関西37人 57.81% 

上智32人 69.57% 学習院31人 73.81% 岡山30人 65.22% (30人以上18校)
法科大学院平均合格率72.33%

【7698858】 投稿者: 名無し太郎   (ID:RYeX30naXxw)
投稿日時:2025年 08月 10日 07:55

2025令和7年司法試験短答式試験
法科大学院別の合格者数(下位)
専修25人 92.59% 2024最終合格9人
創価25人 64.10%    6人
広島22人 59.46%    9人
福岡19人 61.29%    4人
琉球18人 56.28%    5人
金沢13人 59.09%    4人
愛知8人  88.89%    5人

この他、2024年に危険水域の最終合格者一桁だったのは大阪公立9人、法政7人、岡山5人、南山5人、学習院4人、福岡4人の13校だった。
明治時代の法律学校由来の専修、法政の二桁合格を期待したい。

【7699277】 投稿者: 名無し太郎   (ID:RYeX30naXxw)
投稿日時:2025年 08月 11日 11:11

1960年に由木村の広大な多摩丘陵を買収した中央大学だが、移転は一筋縄に進んだわけではない。
1965年、昭和40年の創立80周年記念事業として、神田駿河台などで以下の事が行われた。①駿河台隣接地買収(1961年)
②理工学部校舎新築(1962年12月完成)
③駿河台校舎4号館、5号館建築(1964年4月完成)
④駿河台校舎1号館研究室増設(1965年8月完成)
⑤小川町校舎(学生会館)新設(1966年6月完成)
⑥中央図書館新設(1967年5月完成)
以上、総額45億6960万円。

時代の物価の違いに唖然とする。2023年に竣工した体育館が立つ小石川校地は2141㎡、650坪弱を92億円で入手したものだ。
中央図書館は1978年の多摩移転まで僅か11年、他は最大でも14年の余命であった。

【7699738】 投稿者: 名無し太郎   (ID:WCgSC5MQW9.)
投稿日時:2025年 08月 12日 12:40

多摩移転への経緯
1966年5月30日の評議員会は、1969年を目途として教養課程を多摩校地に移転させることを承認。体育館、体育施設は多摩校地に集中して設置する、とした。
おやっという事もある。
その頃、施設基本問題特別委員会は、駿河台校地校舎の将来計画として、①2号館を改築して中庭に法経商学部の教室を中心とした高層の校舎建設と関連施設の整備
②3号館(大講堂)の改築
という構想で、後楽園旧文学部校舎校地の他、各地に所在する施設を売却するのが適当という見解を示した。

もし万一、この構想が実現していれば、3年次4年次は駿河台に留まり、明治大学より先に中庭に高層校舎が立っていたかもしれない。
中央大学の歴史が変わっていた。

【7700824】 投稿者: 名無し太郎   (ID:gI/m0zb1yCA)
投稿日時:2025年 08月 15日 17:10

〔中央法学部の都心回帰を願った人々〕
2007年1月30日に中央大学法曹会福岡支部の湯川久子さんら13人の弁護士が連名で、当時の鈴木敏文理事長に宛た建白書が記憶にあるが、そのきっかけは、その前年の9月に富山県出身の11人の卒業生、学員が理事長宛に公開建白書、先ず法学部を都心に、と訴え、次いで中央大学卒業生で娘さんも法学部に在学中のお母さんが「鈴木敏文理事長への手紙」を書いたことだった。
それは多くの神田駿河台の法科の中央を知る世代の法学部卒業生の思いを代弁するものであった。
「中央大学が多摩移転により、司法試験はじめ国家試験合格者の順位が下降し、入学志願者も減少していることに一同深く憂慮しております。まず一部の専門課程だけでも至急都心へ回帰をお願いしたく」
「法科の中央」「商科の中央」(公認会計士試験でも連覇を続けた)とも言われ、栄光を誇った中央大学が、このままではすっかりローカル大学になってしまうと心配でなりません。
中央大学の起死回生の策として、先ず法学部を都心に回帰させること。現に第一回のロースクールの司法試験では合格者数で中央大学がトップとなりました。都心の市ヶ谷に開設されたことが大きな要因と思われます。
私共有志の多くは司法試験で東大と一、二を争い、または東大を凌駕した時期に神田駿河台で先輩の指導のもと合格した者たちです。
中央大学は法科の中央と言われ、法律家を目指す若者たちは挙って中央大学を受験するようになりました。
すると法科の中央は一つのブランドになって国家試験に無関係な学科まで優秀な学生が受験するようになりました。
昭和53年、大学が多摩に全面移転すると、国家試験合格者数が落ち込み、中央大学は凋落の一途をたどり始めます。大学の衰退を止める手だてがなされている様子は見えません。
もはや、心ある人は都心回帰しかないと思っているのではないでしょうか。
都落ちした中央大学の浮上は都心回帰しかないと思います。九州では法科の中央を知らない人が増えました。
都心の利便性、有利さ優越点を列挙し、「法学部の三、四年生だけでも都心に回帰させれば、大学志願者も増え、必然的に質の高い学生も集まり、中央ローに入学する中央法出身者比率も高まり、司法試験の合格者数も増えると考えられる」と切々と訴えた。
その熱い思いは16年後に茗荷谷への中央法学部の都心回帰で結実した。

【7701013】 投稿者: 名無し太郎   (ID:pyJAPEft7rA)
投稿日時:2025年 08月 16日 09:07

学員時報の最新版、2025年夏号には刷新なった中央大学学員会の新執行部の副会長25人の方々が紹介されている。
政治家では唯一、神田駿河台出身の遠藤利明議員、評議員でもある。
大学からは、先人の失敗に懲りて筋肉質の中央ロースクール創りに努める小林明彦法科大学員長、元憲法教授の植野妙実子(まみこ)さん。
そして長年、総長学長として大村雅彦理事長と共に中央法学部の都心回帰に努力された酒井正三郎先生だ。
学内事情を知り尽くし影響力のある人望の厚い酒井さんは会長代理として、実質的に大村理事長とタッグを組んで、この秋、10月頃には出される新たな中央大学の中長期10年計画2035の実施に力を尽くされることであろう。
もう一つ、評議員の定員がこれまでの150人から50人に縮小したことが注目される。

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