女子美の中高大連携授業
四天王寺学園に今後必要な施策(提言)
学校別のみならず、地域別板にも一学校に関するスレッドが複数立てられ、熱く真面目な議論がされていることに、改めて今四天王寺が置かれている危機的状況を強く実感しています。
数年前まで娘がお世話になり、無事志望校に合格させて頂いたひとりの親として、新しい時代にも必要とされる学校であり続けて欲しい。
他スレでの重複投稿でも結構です。ここでは夕陽ヶ丘・藤井寺含めた四天王寺学園全体への提言(まとめ)投稿をお願いしたいと思います。
>案外とさん
残念ながらHNの通り、内部の人間ではありません。
>在校生の親さん
貴殿のような明晰な方から、ご意見頂けるなら考えます。
握りつぶされるかも知れませんが、ここで議論しているだけで
何も行動しないよりはマシでしょう。
集める→育てるへの転換はもちろんですが、「育てる」の意味を学業面だけだと解釈しているとまた同じことが起こると思います。
なぜ顧客が獲得できないのか、本気で考えないといけません。カリキュラムがまずくて実績が上がらない、それだけじゃないです。学校に根本的にかけているのは仏教校でありながら情操を育てようとしていないこと、これに尽きるのではないかと私は思います。
ただでさえ、何かにつけて余裕のない環境です。神女の肩を持つわけではありませんが、心理学的に、静かで広く感覚刺激の少ない環境では受容しようという情操が育ちます。そうでないと情報が入ってこないからです。その逆で、狭く雑音の多い情報にあふれた環境では排除しようという情操が育ちます。オーバーフローを起こすからです。そういった排除に傾きがちな環境なのに、盗難を代表とする学校側の対応は、学生時代にしか育まれない掛け値なしの信頼関係や、社会に出てチームワークをするときに必要な協調性や連帯感、家族を持つために必要な共感性等を育成する上での阻害要因となっているように思います。
私は中高時代を仏教ではなくカトリック校で過ごしましたが、6年間の間で一度だけ校内で盗難事件が起こりました。そのとき校長先生は全校生徒の前で、「人のものを盗る行為がなぜよくないのかわかりますか。盗った人は、その人から物を盗っただけだけではなく、その人が抱いていた相手に対する信頼感まで盗ったことになるのです。最も悲しいのは物がなくなることではなく、信頼していた相手から裏切られることです。裏切ってもいい相手なのだと、その人に思わせることです。人間が生きていく上で、信頼している人から裏切られることほど悲しいことはありません」と涙を流しながら説かれました。
翌日、犯人がご両親に付き添われて校長先生のところに出頭したそうで、その後、私の在学中に二度と盗難事件は起こりませんでした。
仏教の教えがカトリックとそう違うとは思いません。四天を選ばれるご家庭の中には、宗教校としての教育を期待して選ばれる方もあると思います。もちろん、宗教は人の心のありようを説くものですから、宗教校でなくても道徳として生徒に指導することは可能です。でも仏教校であり、それを学校が聖徳太子というアイコンまで使ってアピールしているのなら、学校の教育全体にその教えが流れており整合性が取れていなければなりません。きれいごとなのかもしれませんが、学校がきれいごとを言わなければ誰が言うのでしょう。
学校は性善説の世界であって欲しいと願います。人のものを盗るという発想を持って生まれてきている子どもはいないはずです。全て、自分の置かれた環境から学習していくはずです。財布を盗る、ノートを盗る・・・どういう理由でそのようなことをしているのか、それは犯人にしかわかりませんが、そういう行為を目の当たりにすることで、そのような発想のなかった子どももその行為を学習してしまいます。どのご家庭も、家庭では学べない、集団生活でのさまざまな人間関係を学校で学ばせて頂きたいと思っておられることでしょう。ですが、人に対する警戒心や損得勘定を学習するために通わせておられるご家庭はないと思います。ましてや、財布やノートを人に見つからずに盗る方法や、他人の足を引っ張って自分が有利になる方法など学ばせたくはありません。
医志コースで謳っている「人を救う心の教育」が実践されていないことを嘆いておられる方も同じお気持ちだと思います。医志だけでなく、思春期の女子を大勢預かる学校として当然に期待されていることを実践しなくては、本当の意味での顧客はつかないと思います。学校には、実績も大事ですが、まずは人間を育てているのだという自覚を持っていただきたいです。
盗難事件にせよ、前の説明会にせよ、教育者の話として心にしみる説諭、ほしいですね。
どなる、罵倒、叱るのではなく怒る…
厳しい、をまちがえている先生もおられるようです。
提出物の催促は借金の取り立てではないでしょうに。
京都の禅寺で、座禅のあとに住職さまがお話してくださるのですが、いつもよい話です。
同じ仏教でもどうしてこう違うのかな。
説明会では、女子教育の話をなさいますが、中に入って、「女子教育」を感じさせること、みなさんありましたか?
私はまだ感じられません。女子教育に歴史がある、という部分で共学ではなく四天を選ばれた方もおられると思います。
神戸女学院は17名しか合格をいただいて辞退された方はいないそうです。確か男子校の甲陽もそんな話をうかがいました。
今回、四天王寺は多くの辞退者を出してしまいましたが、周辺の共学校に少しずつ行かれた方がおられたり兵庫県の方が選ばれなかったりしたからでしょうが、実績が下がっても学校に実績以外の部分で何か惹きつけるところがあれば合格者=入学者になるはずです。
そんな生徒たちばかりじゃありませんよ。
嫌なおもい、苦しんでいる子もいる。
合格者=入学者
にできるだけ近づけるようにしないと。
今までのようにしていたら生徒が選ばない学校になっていく、ということです。今年みたいに来年もなったらたいへんですよ。
>貴殿のような明晰な方から、ご意見頂けるなら考えます。
握りつぶされるかも知れませんが、ここで議論しているだけで
何も行動しないよりはマシでしょう。
卒業生親さん
僕が意見しなければ学校への談判を考えないと言われている一方で、
「ここで議論しているだけで 何も行動しない」ことを無駄と考えておられるのなら、あなたの意見には矛盾があるように感じる。
以前にも、「こんなところで議論しても学校は動きませんよ」
と指摘されたことがある。
その時に、学校が動かなくても受験生の親に伝われば入学者数減につながり、学校は動かざるを得なくなると答えたことがあったが、今そのようになっているのではないかな。
ネットの影響力を見くびらない方がいいと思うね。
娘から聞く最近の学校の変化を見れば、カリキュラムの青学年化に向かっているような気がするが、気のせいでなければいいことだと思う。
実績以外のもの さん
盗難事件が頻繁の頃、僕も何度か、四天王寺の高僧たちの生徒の心の琴線に響くような講和を求めたことがあるが無駄だった。
神戸女学院と四天王寺、あるいはキリスト教と仏教を同等に語るのは無理だと思う。
神戸女学院は自ら「進学校ではない」ことを断言されており、かつての驚異的な進学実績が暴落しようが、そのようなことにはお構いなく、自分たちのスタンスを貫かれており、次元を超えたミッションスクールとしてのプライドを感じる。
かたや四天王寺は聖徳太子の教えに従いといいながら、色々と矛盾を感じることが多い。
医志クラスなどは大乗仏教の立場から考えるとありえないし、盗難放置は17条憲法第6条から考えればありえない。
個人的には、肉食妻帯を取り入れた親鸞の浄土真宗が日本の最大仏教宗派になり、苦行と修行が混同され修行が疎かになり、快楽をも肯定してしまった多くの日本の仏教僧には、ありがたいお言葉を求めるのは無理な気がする。




































