女子美の中高大連携授業
「女性宮家」創設へ
皇室の弥栄を願います。
>二俣川の劣化コピーはどうでもいいから、 オリジナルを紹介してくれ。
オリジナルを出せば二俣川憲法は珍論であるといい、引用すればコピペだ何だと延々と繰り返す。
HN自由は単なる学歴コンプである。HNあほらしがドーピングだフライングだと延々と繰り返しているのと同類。
笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑
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>投稿者:音速の貴公子 (ID:HltyIILcRxQ)
投稿日時:15年 10月 09日 07:21
しかも、wikiが好きらしい。笑笑笑笑笑笑笑笑笑笑
単に、手っ取り早いだけ。
二俣川のように本を横目に、
一文字、一文字、入力する気にはなれない 笑
しかも、持論だってよ 笑
笑えるなあ
笑
まいったなあ、、いやいやそういった意味で引用したんじゃなくて、話をするなら、思考鍛錬のたたき台になるといった具合に捉えてくれないかなあ?
具体的に少し書くと、じゃあ国民主権の捉え方ひとつとってみても比較法学的にどうなのか(スペイン、ノルウエー、ベルギーなど)だとか、ここから派生して観念論(究極にあるもの)として、歴史・社会法則、ノモスのどちらに依拠するか、あるいは「封建制」という言葉を用いるなら、そもそも我が国の「近代化」という概念をどう定義するのか、といったように論点はいくらでも拡がる。
だから二俣川さんは「憲法(学)」の土俵で、と述べたと思う。
わたしは制定者意志の主体、移り行く憲法の社会実践、現象などの解釈方法論いっさいを検討せずに、純粋に普遍的価値観、理念として現憲法下で「象徴天皇制」の是非を問うならば、これは論理的に廃止に向かうしかないと考えている。
そういった意味では、これが小林直樹氏の持論だろうが、二俣川さんの説だろうがあまり関係ない。要はこれに抗するには、制定過程の歴史的経緯、憲法学というものを社会科学の一分野として捉えることの正当性を、こちら側で立論せねばならない。そのために何が必要か、、これを考えることが思考鍛錬になる。
以上が、先の書き込みの趣旨なんだが、、
そうだなあ、、いささか小難しく書くと、ひとつのアプローチ方法として史的唯物観の立場から歴史の発展法則にどのように「象徴天皇制」を取り込んでいったらよいかを考えることが必要、といったところだろうか。でもそうなるとこれ、、立派な学術論争になって意見交換の範疇を超えてしまう。
だからほんとうは、女系・女帝談義に留めて時間旅行の疑似体験を楽しむくらいがこのようなコミュニティ掲示板の丁度よい、「賢い」利用方法かも知れない。
自由さん、これで納得してくれないかなあ?




































