女子美の中高大連携授業
「女性宮家」創設へ
皇室の弥栄を願います。
おはようございます。
前にも書きましたが、世襲がそんなに悪いものと捉えてしまうと京都はどうなるねん、と思ってしまいます。
商店や会社にしても世襲による老舗が多いですし、華道・茶道・織物・染物・和菓子・仏具など血縁や技能を継いだものによって今もその伝統が残されています。
たまにお家騒動なんかもありますが、京都におりますと伝統は世襲によって繋いでいくほうが都合がよく残されていくものだと私は思います。
全ての人に平等に、ということで門戸を開いてしまっては、そう上手くいかない事もあるのです。
やっぱり日本人って血縁や系統に強い思い入れが強くて、「あそこのお店の息子さん」だとかみたいな素朴な感情が日本人にはあるんだと思います。
その「感情」を裏切らないためにもお店も継承者もしにものぐるいで必死でお店を守ろうと継承していくのです。むろん、新しい風を入れて京都の伝統を伝えていく事もよしとされているお店も多いです。
パティシエを迎えて新ブランドを立ち上げた老舗和菓子店もありますし(ものすごく美味しいですよ~)
世襲によって日本の伝統が長く長く続いてきた。それは認めていただきたいです。
それは天皇を廃止すればなくなるものではありません。
『昭和天皇』でサントリー学芸賞を受賞した古川教授は、没後20年以上を経過し昭和天皇に関わる研究が冷静に出来る環境になった、と私に述べた。
だが、市井では必ずしもそうでもないように感じられる。
しかし、タブー視は、その存在の肯定的部分すら日陰においてしまうものである。
活発な論議が期待される。
たとえば、女子御三家の一つとして知られる名門校『女子学院』の元理事長であり、高名なキリスト者の大島孝一先生は、かつてある書籍で次のように述べていた。
「天皇の戦争責任を追及すること、あるいは追及しないまでも、そのことを問題とすること自体が、口にしにくい、いわばタブーに満ちたものであるのは、一体どういうことであろうか。それは、天皇という存在自体疑似宗教そのものであるばかりでなく、多くの日本人の意識の底に天皇が身内のように住みついているのである。それは、親や先輩を非難することが許されない以上に、このことに触れることを好まない本能が働いているのである。」
>また、皇位継承問題においては、私は連続説あるいは断絶説の両面から論じてきている。例の如く一方的なデマ・キャンペーン。しかし、私の述べる憲法論の多くは学会の多数説を構成するものだ。もっと勉強してもらいたい。
能書きが多過ぎる 笑
デタラメばかり言っていないで、
憲法学者の誰が象徴天皇制を否定しているのか早く書け。
前から言っているだろう。
笑
「世襲」そのものが、日本国憲法の精神と相反するものである。
個人の自由や能力、自由闊達な精神の発露とは無縁な要素であるからだ。
徳川の封建的身分制社会を終息させた明治憲法でも、近代平等思想の要請はみたし得なかった。
たとえば、天皇・皇族・華族・士族および平民との身分の別があった。
華族以上には身分的特権が認められていた。
男女の平等も認められていなかった。女子には選挙権すらなかった。
この他にも、社会生活上さまざまの差別が行われていた。
現行憲法14条の法の下の平等は、まず国家権力による差別的取扱いからの自由を目指した。
しかし、その精神は民法90条等の一般規定を介して我われの私生活に関わる私人間効力にも及ぶのである。
天皇制であろうと、男女差別であろうと本質は同じだ。
要は、個人の出生そのものに価値を与え、法的あるいは事実上の特権を付与するものであるからである。
到底容認できるものではない。
>投稿者:二俣川 (ID:6xt24Znwja.)
投稿日時:15年 10月 07日 08:03
またまた、違う話が始まった 笑
お前の珍論などどうでもよいから、
早く、憲法学者の象徴天皇制否定論を出せ。
笑
皆さんは茶道のお茶会に出られた事はありますか?
一度みていただきたい。
春と秋に、京都の各寺院で各大学茶道部による茶会が催されます。
秋茶会も今頃かな?
随分昔の記憶で申し訳ないのですが、午後からなら一般も入れると思います。
お茶会は日本の様々な文化が一堂に集まったもの。
長く伝えられた文化を一度に体感する事が出来ると思います。




































