女子美の中高大連携授業
順天堂大学付属宝仙中学校・高等学校
順天堂大学と宝仙学園が系属校協定を結ぶそうです。今後の動向が気になります。
同じ学校であっても毎学年、顔ぶれで雰囲気も変わります。
環境といじめの空気を生み出す役者が揃った時に極端な事案が発生するのだと思うので、この件もそんな一つだったのでしょうから、それ以外の学年の生徒や関係者には気の毒としか言いようは無いですね。
潜在的に、学校に生徒を露骨に成績で差別したり、場合によっては日常的にそのような考えを教師や学校が口にしていたり、そんな空気は無かったのか?
SNSなどに残っている過去の痕跡からそんな空気が垣間見れます。
所詮はネットの書き込みなので真実は分かりませんけどね。
私立は公立と違って教師の異動がありませんし、雇用の都合から、そういう空気が変わるのには時間がかかります。
この学校が掲げている教育を具現化出来るような生徒さんも少なからず入学していたからそれなりに成果も出始めていたのでしょうけど、そういう受験生の足が遠のくと今後は厳しいですね。
桐朋や学附のように校風や学校の理念を支持する層が一定数居るような学校でも厳しい状況になっていますからね。
いじめは、鬱積したフラストレーションの捌け口として、少しでもスキのある生徒を標的にすることで起こるものと考えた場合に、学校教職員や生徒にそのようなストレスを慢性的に与え続ける環境になっていないかというのがポイントのように思います。
資質豊かな生徒を安定して集めることが出来て、学校側が圧をかけなくても安定して高い進学実績を出し続ける良いサイクルで学校運営が回っているような超進学校はいじめが起きにくいと結び付ければ「偏差値が高い方が」という理屈もある意味は正しいですが、偏差値高くても内情として余裕がなく、学校として期待する水準にない生徒を虐げたりするようなムードがあればリスクは上がるのでは無いかと思います。
「先取り学習」とはただ授業の進みが速いだけでほとんが落ちこぼし、ついて行くために中学入学早々から通塾。付いて来ている生徒にはチヤホヤしつつその他には叱咤し圧かけるみたいな空気が定常化していればストレスになるだろうし、構内カーストのようなムードも醸成される懸念もあります。
教職員側も学校経営から理不尽は圧を掛けられていればキツく当たることもあるでしょう。
鬱積していれば、いじめに発展するのはちょっとしたトリガーで起こり得る話だと思います。
見るべきはそういうところなのかなと思います。
その後をまた同じ週刊誌があげているけど、サラッと読んだ感じ、別に変わり映えしない記事だけど…
学校から説明は「記事と事実は異なる」で、強いていうと「HPに掲載する」って言いながら未だに発表ないのと、「学校から該当家庭にはコンタクトしているが捕まらない」くらいだね。
まあ、これ以上の盛り上がりは期待できないかな…
まあ、やっぱり無理がありますね。
懲罰的な処置ではなく…って、中3の1月に他校に行けって、普通に放棄だと思いますけどね。
うまくまとめようとして墓穴掘ってるというか。
まあ両成敗な対応がなかった時点で永久にまとまらないでしょう。
受験するか否かはそれぞれの家庭の判断。
仮に一億歩譲って学園の説明する内容が100%事実だったとしても
いじめ対応を間違ってるね。
普段から校内外で性的な問題を起こしてきた。
一方的ないじめではなく本人も手を出していた。
そういう子がいじめ被害を訴えるなんてのは
学校現場ではよくある話。
そもそもなぜ子供が問題行動を起こすのか?
報道では修学旅行と同時期に家庭は別の問題を抱えていた。
そのような家庭環境で、実は幼少期から満たされない思いがあった可能性はないのか?
一般論だけど、子供は構ってほしい、心配してほしいから周りに迷惑をかけるんだよ。
だから中2の頃にいじめられたと言っている時期から、
副担任とか学年主任がこの子の話をよく聞いて、本人が安心して
生活できるくらい受け止めて、構ってあげた上で
ダメなことはダメだよと言ってあげるべきだった。
その点で、報じられているような対応はたぶんA君も何かやらかして怒られたんだけど、
怒り方がダメだね。ちゃんと傾聴せずに決めつけてるから反省もしてないし、
本人の心の奥底の不安や寂しさ、物足りなさにまで手を差し伸べていない。
普段の生徒指導が雑であることは記事からも読み取れる。
この件について誰が悪いとは言わないが、指導の質が低い中で起きるべくして起きた事案であることは間違いない。
その点で、報じられているような対応はたぶんA君も何かやらかして怒られたんだけど、怒り方がダメだね。ちゃんと傾聴せずに決めつけてるから反省もしてないし、本人の心の奥底の不安や寂しさ、物足りなさにまで手を差し伸べていない。
貴方の主張は前半は支持します。生徒の考え方を傾聴することは大事です。この学校は体裁を気にして生徒に寄り添っているようには見えません。来年、志願者は激減すると想像します。我が子をここに預けたいという保護者は少ないかと想像します。
一方で後半は違うかなと思います。本人の心の寂しさや不安、物足りなさにまで寄り添う役割は学校でなく、家庭が担うべきです。家庭が現実的に破綻している世帯も多いですが、その代替機能を全て学校に求めるのは無理というものです。教師も人間。仕事として教育に携わっています。時間も有限、能力も有限。そして見るべき生徒は1人ではありません。担任であれば数十人です。公立私立含めて、学校教師への過度な期待が教師をおかしくしています。なにもかも学校に期待しすぎない事が大事です。




































