充実した教育環境の日大付属高校
神奈川学園の真実
横浜駅西口近くの女子校に娘が通ってます。
先日の11/12(金)、この学校で中学一年生の今年2回目の遠足が行われました。
(学校は「1日研修」と称してますが。)
行き先は、葛西臨海公園、第五福竜丸展示館、そして葛西熱帯植物園でした。
行程は、以下の通りです。
午前は、葛西西臨海公園にある水族館で過ごす。
午後は、第五福竜丸展示館1時間、植物園1時間滞在。
私が面白いと思ったのは、第五福竜丸展示館の扱いです。
朝8時40分に学校を出発して、16時30分横浜駅西口解散と、丸一日使っての行事ですが、
その内第五福竜丸展示館にいたのは、午後のたった1時間。
ところが、去年の遠足の様子を伝える保護者限定のHPの記事を読んでみると、
この行事の目玉は、「第五福竜丸展示館の見学」なのです・・・。
何しろHPのトップは、第五福竜丸の写真で、他の写真も第五福竜丸中心。
恒例の生徒の感想文も掲載されている5名中4名までが、第五福竜丸の事を
取り上げてます。
去年の記事を事前に読んでいた私は、実際のところどんな「平和教育」を
やらかすのか?大変興味がありましたが、当初の予想とは全く逆な意味で、
困惑してしまいました。
遠足の実態は、水族館、植物園の見学がメインで、福竜丸はおまけでした。
どうもこの学校の平和学習は、チグハグです。
「とにかく平和教育やってます!」と誰かにアピールしたいかのようです。
実に不思議な学校です。
本日、娘は6年間お世話になったこの学校を卒業いたしました。
在校生の保護者の方にはネタバレになるので
(ぜひ、卒業式を新鮮な気持ちで味わってほしいので)
詳しくはあえて書きません。
ただ、本当に素晴らしい卒業式でした。
もちろん6年間には、いろいろなことがあり、
先生への不満やら、友達とのトラブルやら、
「大丈夫か?これ?」なんて話も沢山ありました。
それらを全て美化してしまうつもりはありませんが、
別れを心から惜しんでいる子どもたち、
別れは寂しいけど、新しい一歩を踏み出す生徒を祝福しようとしている先生方、
そんな姿を見るにつけ、
ただただ、この学校にお世話になってよかったと思えた次第です。
確かに、日の丸も君が代もありませんでしたね(笑)
でも、純粋に子どもの門出を祝うという気持ちで卒業式に参列していただければ、
そんな机上の議論は全く無意味であることは分かっていただけると思います。
こちらのスレ主さま、
お嬢様がこちらをご卒業されるときには、ぜひ卒業式に足をお運びください。
そのときに、もう一度ご感想を聞かせていただければ幸いです。
>【2037849】 投稿者: ふふ (ID:iteofP/l0XA)
私は、まったく関係ない。
根拠無い邪推はやめることだ。
なお、この学校にはさる保守政党所属代議士のお嬢さまもお二方在校している。
もちろん、自らの政治的信条をもって、ご息女が学ぶ私学の教育に口出さないという
節度をお持ちのようだ(当然だ)。
横浜駅西口近くの女子校の平和教育の問題点について
引き続きここに書き込んでいきたいと思います。
映画「はだしのゲン」の作者がこの作品の残酷シーンについて
子供たちにトラウマを植え付けるためだとの趣旨を自伝に書いていることを
以前紹介しました。
みなさん、トラウマの意味をご存しですよね。
一応確認の意味で改めてここに書きます。
トラウマとは、心的外傷=心の傷 を意味します。
つまり、「はだしのゲン」の残酷シーンは子供の心に傷を付けることを目的に描かれているのです。
普通、どこの学校でも、どこの家庭でも、「人を傷つけてはいけない。」と教えていると思います。
無論その「傷」は、体への傷だけでなく、心への傷も含みます。
これ、常識ですよね?!
さらに言えば、この学校の校訓は「心の平和」です。
しかし、残念ながら、この学校では、教師自らが子供の心に傷を付ける教育を
行っています。「心の平和」お唄う一方で生徒の心を傷づける教育を行っている。
心の校訓はどうなってしまったのでしょうか?
創設者の思いは、今この学校の教師たちに受け継がれていないのでしょうか?
子供の心を傷つけなければ、平和教育はできないのでしょうか?
私の「レベル」発言に対する批判について。
レベル分けに嫌悪感を覚える人は、逆にレベルを凄く気にしているのだと思います。
その気持は分からなくはないです。
しかし、残念ながら人はレベル分けされ、他者と比較され、
時には、人をレベル分けし、自分と比較します。
子供たちは、学校の成績で、塾の偏差値でレベル分けされ比較されます。
私学側も同様に、大学の合格者数や、偏差値でレベル分けされます。
私の娘は、残念ながら、小6最後の段階では、横浜駅西口近くの女子校に入れるレベルの
学力しかありませんでした。
塾の友達は、もっと偏差値の高い学校に合格してそちらに行ってしまいました。
ここでは、色々とこの学校を弁護する声がありますが、
世間一般のこの学校の評価(レベル)は、偏差値相応です。
知り合いから「どこの学校に通っているの?」と聞かれて、
学校名を言っても、相手はピンと来ない事が多いです。
世間や、娘の友達たちから見れべば、この学校はその程度のレベルですし、
娘はそれをよく自覚しています。
と同時に、その事をあまり気にしていません。
なぜなら、「今は低レベルでも、頑張れば将来上のレベルに上がれる。」と娘は思っているからです。
「レベルが低いと言われたら、レベルを上げる努力すれば良い」と私が普段から娘に言っているからです。
多くの家庭で、親御さんが同様のことを、子供たちに話していると思います。
一方、レベルを気にし過ぎる人、反発する人は、レベル分けが固定化され、
そこから抜け出せないと勝手に思い込んでいるのだと思います。
しかし、レベルは、努力すれば上げる事ができます。
無論、この学校の平和教育も同じです。
スレ主さまは、
娘さんの入学したこの学校が、
●一般に言われているところの偏差値が低い。
●学校名を言っても、誰にも分かってもらえない。
(もしくは、恥ずかしくて学校名を言えない)
というコンプレックスをお持ちで、その不満の捌け口を
「平和教育云々」にぶつけていらっしゃるように見受けられますが?
「学歴社会」という観点からみれば、
高校なんて単なる通過点です。
おかげさまでウチの娘は今年、
「名前を堂々と言える、いわゆる有名大学」
に入学できました。
娘が入学したときの偏差値は、今の偏差値よりだいぶ下です。
学校で特別詰め込み教育をされたわけではありません。
(しかも、数年間土曜日は正規授業がありませんでした。)
しかし、今年の進学実績は例年になくすばらしいものがあります。
部活を最後まで続けたお子さんも、「いい大学」にたくさん入っています。
娘さんの高校生活が充実し、
大学受験がうまくいきますよう、お祈り申し上げます。
中一の父親さんと同学年に通う娘がいますが、’平和教育’に疑問があるのですか?
日の丸、君が代がない入学式は今や当たり前ですけれどね。
そんなにご不満で学校を他人に言えないレベルだと思われているのならば 高校は外部受験されることをお奨めします。
この学校を卒業したものです。
感想文について
卒業した今だからわかるようにもなったのですが、
感想文は「いい意見を述べる」というよりも「自分の考えをまとめる」練習だったのかなと思います。
たしかに私も中学生のころまではとりあえず話の筋をなぞってひとことふたこと「○○だっとおもいました」で終わらせてました。
しかし高校に入ったころから正直に「意味わからなかった。」「寝てた☆ 内容ちょっとしか覚えてないww」など(バカ)正直に書いてました。
だからといってどうこう言われるということもありませんでしたし、
目つけられてる感もありませんでした(私が鈍かっただけか?)
ただ、自分のやりたいこと、進路が明確になってから物事をより深く考えるようになりました。
社会にある問題には明確な答えなんてない。だから答えのあるものより深く考えなくてはならない。
そう思えるようになってから感想文も変わりました。
話の筋をなぞるのではなく、自分が深く興味をもったところにポイントをしぼり、それに対して自分はどう考えるのか。なぜそう考えるのか。
そういう風に「自分で考え、まとめる力をつけている」のがあの多量な感想文なのかなと思います。
「目をつけられる」から本心を書かなかった娘さん。
「見たくなかった」「憂鬱で気分が悪くなる」のですよね。
ではなぜそうなのか。考えてみてください。
無責任に自分の感じたことを書くのではなく、その背景にある自分の考えをしっかり書いていれば大丈夫です。
カナガクがどうしてもいやなら他のところに行くのもぜんぜんありです!
私の学年は中学入学時から高校入学時までに5人以上はいなくなってます
高校で進路をかえた友達も文化祭のときに遊びにきて、カナガクにいたときよりも青春している感がありました(笑)
どのみち自分で決める人生です。
お父様ではなく、娘さん自分で決めてください。
【2111955】 投稿者: 女子中学生の父親 (ID:RDoYeZ5qeQM)11年 04月 29日 10:31
おかしな平和教育を続けている横浜駅西口近くの女子校について
書いてきたわけですが。
建学の校訓が受け継がれない低レベルの学校は、知らぬふり。
学校親派の方々は、この件に反論なし。
ならば、学校の非を認めるのかと言うとそれもない。
そして、問題点を指摘した私には、相も変ず、何とかの一つ覚えで、
「学校やめろ、公立へ行け」のコメントです。
まあ、反論できない、しかも「学校が絶対!」と思考停止している学校親派の方々には、
この後も私に出て行けと連呼するしかやれることは無いでしょう。
彼らを見ていると「原発は安全!」と強弁していた原発推進派の人たちと何処か似てると思いませんか?
原発推進派は、「もっと大きな津波が来る可能性がある」と言う自分たちに
都合の悪い忠告には、目を閉じ、耳を塞いでいました。
結果は、みなさんご存知の通りの有様です。
学校が、原発のようにならないといいのですがね。
PDCAサイクルと言う言葉を、みなさんは知ってますか?
これは、「Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の
4 段階を繰り返すことによって、業務を継続的に改善する。」
と言うもので、ビジネスでは常識です。
ビジネスと学校教育は別だ!等と戯言を言う人が出てきそうですが、
このサイクルは、学校教育にも当てはまります。
計画は、教育カリキュラムや時間割等を作ること
実行は、実際に授業をすること
評価は、期末テストや、生徒、父母の声を聞くこと
改善は、評価の結果を元にカリキュラムや時間割の見直しをすること
このPDCAサイクルを今回問題になっているこの学校の平和教育に当てはめると、
前半の「Plan(計画)→ Do(実行)」は実施されているが、
後半の「 Check(評価)→ Act(改善)」がダメダメと言うことですね。
「子供の心を傷つける」と言う評価に対して、適切な改善が行われない。
後半がダメなので、どんなに素晴らしい計画=教育理念(平和への思い)も
無意味(場合によっては有害)な絵に書いた餅になってしまうのです。
それにしても、笑えるのは、学校のHP>学校案内>ご挨拶の冒頭が
「心の平和」なことです。
子供の心に傷(トラウマ)を付ける行為をしておいて何を言うのか!
と言う感じです。
































