在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
なぜ勉強するの?
子どもに「なぜ勉強しないといけないの?」と訊かれたらなんと答えますか?
なぜ盗んではいけないの?
なぜ殺人を犯してはいけないの?
いろいろ答えにくい質問がありますよね。
チコちゃんじゃないけど、一度ちゃんと考えをまとめておくことって必要なんじゃないかと思って。
よろしければお付き合いください。
>国公立の子はその点、苦手にも逃げずに立ち向かった子なんだよね。こっちの方が逆境に強い。優秀な子でも苦手科目ゼロなんて子、いないから。
国立の子はオールマイティーに全科目で得点が取れるタイプ。
国立でも地方国立から東大までピンキリです。
私立は国立残念な子もいますし、全科目でなくても優秀な子がいます。
思い出したようにこの疑問の解答を探していました。メルシーさんのおっしゃる通り、自身で知識を得て事象に対して正しい判断を行うため勉強を行うのだと思います。現在のところこれ以上府に落ちる説明に出会いません。子供にはあまり言えませんが、確か永井均は「騙されないため」的な記述をしていたと思います。
子どもに教えます。
匿名掲示板に書き込みする時、勉強した人は次の恥ずかしいことをしない人になれます。
・誤字だらけの文を平気で書かない。
・文章を読むのが苦手なので、自分のコンプレックスに抵触する単語を抜き出して、一行でカキコして反論したつもりになる。
・同じく、相手の人格攻撃で反論したつもりになって、ひらがな2文字のHNで何度でも現れる。
・スポーツ新聞をコピペして、数文字でけしからないと憤激して見せる。
・都心に数百坪の豪邸を所有すると称して海外旅行はハワイしか知らない。
・年収数千万円だが学歴、教養に関わる記述は全くなく、子供は私立小学に通わせると東大にエスカレーター進学できると言い張る。
ご健闘を祈ります。
ここにはいろんな回答が出てきて全然違うものも相反するものもありながら、自分が同意できるかは置いて置いてもどれも参考になるなあと思いつつ眺めていました。
今まで さんの「自身で知識を得て事象に対して正しい判断を行うため」「騙されないため」のキーワード、私も実は深く共感する部分があります。特にコロナ禍特に序盤で行われたマスク配布などの政府の対策については、それを痛感させらせました。その是非は言える立場にはありませんが、「朝三暮四」でキャッキャ喜んでるお猿さん扱いを国からされてるみたいで、私は不快でした。
「自身で知識を得て事象に対して正しい判断を行うため」は、他に責任転嫁して不満を溜めないためにも大切だと考えています。
うちの子はもう中学生なので、その思いは子どもにも話して子どもの見解も聞いてみたりしています。
特定の相手に向けて
>一行でカキコして反論したつもりになる。
ご自身も含み、と言うのは大変感慨深いですね。
勉強をする理由が、「6つの残念な人にならない」という事で納得でき、学習のモチベーターになる、素直なお子さんをお持ちとは。
羨ましいですね。
学習継続のモチベーション維持に苦しんだ私には、到底至れない境地でした。
実に羨ましい。
その元の文章、消されていますね。
元トヨタの人事、今役員の方のお話というコメントで、細かい属性、エピソードで、ここによくいる自称医師や経営者の類いと違い、リアルだと思いましたね。消されたのもそこが理由かな?
公立大卒を私立より重用したという内容は、本当だったら大問題でしょうが、過去の話で、今は携わっていないという注釈付きなのが真実っぽいです。
私立卒としては反論したくなりますが、科目の多さを逃げて来たと言うのは現実、多くの私立生に該当するでしょうね。あと、問題解決力でなく、今は表面化していない問題を探り出す力が問われ、その困難な問題解決に逃げないメンタリティが要求されるという様な内容はとても腑に落ちるものでした。書き主さま、再度書き込んでくれませんかね?
>自身で知識を得て事象に対して正しい判断を行うため勉強を行うのだと思います。
オウム真理教の幹部は皆いわゆる学歴エリート達です。
勉強という点ではおそらく人一倍努力を積んできた筈です。
にも関わらず、人道に反する教義に傾倒し、道を踏み外した。つまりは学習が正しい判断をするためと言うのは、正しく無いという事です。
悪人だって勉強をします。詐欺師の知識、学力は相当に高い。これも必ずしも学習が正義や正しい判断を生まない傍証です。
>確か永井均は「騙されないため」
いえ。
騙す側はその上を行く思考で、人を騙すのです。なまじ知識が、彼らのトリックのトリガーになる事さえあります。
つまり、学習は必ずしも「正しい判断をするため」のものでも、騙されない為にするものでもない、と思いますがいかがですか?
正しい判断の後押しになったり、騙さない為に役立つ事はあると思います。が、目的化したり手段になると本質からズレている気がします。
オウム真理教の幹部についての話ですが、作家の佐藤優さんが「彼らは優秀だったが優秀さの分野(というか知識?)が偏りすぎてバランスと言う意味で非常に脆弱だった。だから普通の常識人だったら疑うであろう怪しい教義にあっさり取り込まれて信じ込んでしまった。」というようなことを言っていました。アンチもいるであろう方なのできっと反論も出ましょうが、私はなるほどなと腑に落ちたところはあります。
今まで さんの投稿は「騙されないためにすること」でこの部分は私もとても共感し、同時に「人間の本能」として学ぶことへの欲求(強いてやらせる勉強とは別と言われるかもしれませんね)があるという他の方の考えにもまた共感を覚えてもいます。
どうでしょう さんは、それは本質からズレるの先にどういう考えをお持ちなのか、とても興味があったりします。




































