アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
老眼さん
お気持ちはよく分かりますが、ちょっと話が違うと思うのですよ。
別スレを作って出ていったのは、教育論が違うからではありません。考え方など違っていていいし、まとめる必要はありません。
私が苦言を呈したのは、多勢に無勢で個人攻撃をするという「私」に対する態度・・【私立中学の価値】・・まさにテーマそのものです。
この問いに対して回答せずに、別スレを作って出ていったわけだから、「排他性」・・これが答えなんでしょう。スレ主のコメントにそれがよく現れています。
排他性・・私学で特別な教育を受けて大学受験を有利にしたい、これと同じです。
まあ、別に構わないのですが、それは私教育です、当たり前のことを言っています。
老眼さんのイメージは、こういった話とは別建てで、子ども達の教育論を語ろうとなさっていますね。それもひとつの考え方ですが、私は違うのですね。
私は、子ども以前に、大人の教育はどうなのよ?・・と思っているわけです。
このスレが、「大人の学校」なんですよ。
あらためて、教育論は必要ありません。
いじめを注意したら、当校拒否が起きた。
子ども達の世界で起きていることと同じです。
補足ですが・・
公教育では、少数意見を排除してはいけません・・ぜひ、このスレで再確認してください。
私教育は実は排他性はokなんですよ。
だったら、私学助成を受けたら、おかしいということです。
排他性があるから、コストが下がるのは当たり前です。
まあ、出入り自由の掲示板では、排他性はアウトですけどね。
私学の教育に排他性があるかどうかといえば、
それが排他性といえるかどうかは、わかりませんけれど
こんなことがありました。
ある外国人の子供さんが通った幼稚園で問題が起きました。
問題を起こしたのは、その外国人の子供ではありません。
その問題が大きくなった時
幼稚園側は、話し合いの機会はもったけれど
最終的な結論は、「嫌なら辞めていただいてもいい」ということでした。
私学はそういうことだと思います。
なので、私学を追放?されると(義務教育課程なら)
公教育に行くわけですよね。
ですので、公教育の場というのは学業だけでない
本当にさまざまな問題が存在していて
それでも教育をおこなっている場所で
だから不毛だと言われる内申制度なんかを作ったわけなんでしょうね。
面白い考えですねさん
日本じゃ息苦しい、ちょっとでて解放されたいと思って
留学したけれど、解放どころかしみじみ自分は日本人だったと確認しました。
やはり、他国に住めるというのは自国がよっぽど住みにくいか
愛する人が外国人だったりしないととてもハードルを越えられそうにないです。
>もう一つだけお考えをお聞きしたいのですが。(再び次元の低い話で恐縮です)
いえいえ、基本的な質問こそが重要で難しいのですよ(笑)。
枝葉末節に目を奪われると、ただの言葉遊びになり、本当に大事なことを見失ってしまいます。
>この「社会で活躍し、実際に価値を生み出す」という部分です。
>これは具体的には、例えば、
>①社会人になり納税をした段階で最低限「価値はある」と評価されるものでしょうか?
>②その社会的価値が高い・低いというのは、誰がどう評価するものでしょうか。
>③その社会的価値は普遍的なものでしょうか? あるいは変わっていくものでしょうか?
「誰かの役に立つ」、「社会のためになる」、そういうことが社会的に価値を生み出すということです。
納税して初めて・・・というわけではありません。
ボランティアでもいいわけです。
だから、犯罪等、社会のためにならないことをする人は、東大卒であろうが、その価値はゼロどころかマイナスです。
社会的価値が高い低いについては、様々な基準があり得ます。
別に医者がラーメン屋より高いというわけでもありません。
だから1人1人が判断すればいいことですし、私もそれをランク付けすることに興味はありません。
ただ、期待される社会的役割というものがあります。
医学部に入学したのであれば、医者として活躍することが期待される。
学者になったのであれば、研究者として知のフロンティアを広げることが期待される。
手術ができない外科医とか、学生に授業するだけの学者は、期待されている役割を果たしていませんね。
>ずっとロムしてきまして、視点さんはいつも結果を出さなければ意味がないという
>類のことをおっしゃっていたように思います。そして、そのゴールが「社会的価値」
>だったように理解しておりますが、合っていますでしょうか。
ゴールというとちょっとニュアンスが違いますが、「目指すべきところ」は社会的に価値を生み出すということです。
受験なんてものはその手段。
それが目的になっていると大学までの人になってしまいます。
死ぬまでにゴールなんてものがあるのかはわかりません(笑)。
本来、自分は将来〇〇方面で活躍したい。そのためには△△大学の□□学部で学びたい。
という思考過程が必要なのですね。
その〇〇方面で活躍したいという志が決まるのは、脳外科医の福島先生のように高校3年の時かもしれないし、3浪して日大に進んで天皇陛下を執刀した天野先生のように浪人時代かもしれない。
それが、中学合格と同時に(もしかしたら小学生から?)、目指すは東大理Ⅲや京大医学部。
そのためには鉄緑って、大学受験が人生の目的になっている典型ですね。
本末転倒というやつです。





























