アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
>もし、内田先生の言うとおりの「変化」があっても、外からは、あまり、よくわからないでしょうね。
適性さんの推測通りなら、そういうことになりますね。
でも、それだと、外からは 検証をできないことになりますね、おっさんはそれでいいと考えてるのかなぁ~。
横から失礼。
>>中学受験で偏差値至上という価値観に洗脳された集団が偏差値日本一を目指しているのです。
>>医者になりたくで理3や京医をめざしているわけではなく、合格と同時に目的を失います。
>>彼等は「最優秀」という肩書きが欲しいだけなんだから、東大合格上位100人にメダルで
>>もだしてあげてください。
私だったら、子供にこう言いますね。「理3のトップ入学者は何人も知ってるけど、総じて肩書きが欲しいタイプでもないし、そもそも全科目そつなく勉強する理3入学者が最優秀ってこともないので、この意見はもともと前提が間違っている。」
>その前後から、日本を含めた世界は、劇的に変わってきちゃってるんですよ? ・・・はいその通りです。
>知的レベルを高めるという意味でも、比較の対象が違ってきちゃってるんですよ? ・・・国内から世界的に、ということですね、これもその通りです。
>つまりこれからの子育てを考えると、自分達が育ってきた過程を参考にするのはいいけれど、 同じではいけないのではないか。・・・はい、そういう考えもあると思います。しかし、異なることの創案の前に、参考にすべき過去の過程にもう一度目を向ける必要もあると思います。そこにこだわる理由は、ただ1点、教育の幹で大事なところは時代を含めて外部環境に左右されるものではないはずだ、とわたしは思うからです。それを支える事実は、受けた教育が過去のものであっても劇的な変化のさなか今現在世界的な活躍をされているヒトが実在することです。
>個々の能力が劣り、しかも卓越した能力をもつ集団も不在となれば、 国際社会で生き抜いていけない、国そのものが大きく沈んでしまうのではないか。・・・その懸念は皆様の何人かにも共通のものだと思います。
>世の中、いろいろな人がいたほうがいいよね~。 ・・・少なくとも、これが企業人さんの主旨ではないと思います。 企業人さんの想いとは無関係にあたりまえのことではありますが。
>もう少し、わかりやすく、お願いしたい。違和感とかいわれても・・ね。
内田さんが呪いと称した言葉とは何なのでしょう。
「し ね」とか「きえろ」とか、そういう個人に向けた類のものなのではないかと思うのですが。
例がいつも子どもの暴言でお答えに困るのですが、
何にしても、まず暴言はよくないよと言うでしょう。
でも、なぜその暴言が出たのかは考えたり聞いたりしますよ。過程は聞かないのですか?
聞いた上で、今後どう対応したらいいかを話します。
それは暴言、あなたはいつもそうと子どもに怒ったって、暴言がなくなるわけではないでしょう。
こんな掲示板の話では、どう感じるか多数決を採ることもできないのに、
これは呪い、これは批判と一体誰がどうやって判断するのでしょうか。
>という子供に、弱点さんは、なんて言うの?「その一言」だけでいいよ。他はいらないから。
他人に一言だけ要求して、他は要らない。
人を甘い母親認定(うれしい人いるのかな?)してくださる。
これは私、個人に向けられたものですよね?
なぜ私は適性さんの支配下に置かれているのだろうかと、ただ不思議に思います。
企業人さん
ご関心なければスル―なさってください。
すでにわかっている問答ばかりしてしまい恐縮しております。
自分の気持ちだけが自分を動かす、この事実を3つの問いかけを介して企業人さんから改めて教えていただきました。
中国などと、同じテーブルに着くためには、
「自分の気持ちだけが自分を動かす」 この姿を 強く 持続して ごく自然に 発信している 子供(ヒト)を
見つけて 企業人さんの教育構想につなげるか
ではないかと思います
子供(ヒト)とカッコでヒトと書きましたのは
これからの人ばかりではなく、大卒や院卒のなかに 少し遅れはしたものの
いまようやく 自分の気持ちに揺り動かされて 自分を極限まで動かしてはいるものの
時期のずれから 世に埋もれている 兵 も いるでしょうから
>>戦うことを進められました? 御察しのとおり 勧め の間違いです
>何にしても、まず暴言はよくないよと言うでしょう。
では、あれは、暴言という前提ですね。
>でも、なぜその暴言が出たのかは考えたり聞いたりしますよ。過程は聞かないのですか?
>聞いた上で、今後どう対応したらいいかを話します。
一度、視点さんに、聞いてください。聞けるなら。
>これは呪い、これは批判と一体誰がどうやって判断するのでしょうか。
はー・・私立中学行ってるだけで
「あんたらの子は、社会で使えない、自己利益しか考えないやつだ、金で学歴かいやがって」
ってなこと、いわれても
「これは暴言か批判か、一体誰がどうやって判断するのでだろう」って考えないといけないのか。
へー。無理。
一応、私の判断基準を・・・批判 と 呪い のね。(内田先生のとあわせて)
批判ってのは、批判の対象の『具体的な「発言、行動」』について、その、行動はおかしいとか、その発言は矛盾がある。とかでしょ。
政府が悪い のではなく、政府の「原発対応の○○」が悪いとかね。
基本的に「呪い」は、「呪い」の対象である『存在』について、批判する。
「○○中学の学生である」ことを批判する。なにか、発言したわけでもなく、悪いことをしたわけでもなく。
弱点さんの判断基準は知らないけどね。
>では、あれは、暴言という前提ですね。
子どもが暴言を言った例にお答えしたのですが、なぜそういう強引な論法になるのでしょうか?
集団に対する批判って、単にそういう人が目につくというものでしょう。
○○中学の学生であっても、自分は批判された内容とは違う生き方をすればいいのです。
公立中に対する批評なんて、ガラが悪いだ、レベルが低いだと散々なことを言われています。
当然そうじゃない子もたくさん通っていますが、傷ついたと激しく怒っている人を見たことがありません。
全員に言っているわけではないことは、当たり前だからないじゃないですか?
人の口は塞げない。大事なのは批判された人が「そんなことはないよ」と言える生き方かなと。
そう言える割合が増えれば、自然とそんな批判は消えていきますよね。
そのとき残るのは、がっかりではなく、よかったじゃないのかしら。
どうでもいいものに対して批判なんてしないでしょう。































