女子美の中高大連携授業
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
根本的様
なんで仕事が忙しくないのに、子供の事で忙しいんでしょうか。
また、夏に海外逃亡してしまいそうな私です。
ところで、フィクションとは、国後ですか、会いに行く事ですか。
別に私もうそは言っていないですよ。
永田町から山2つ超えたところで働いていますし、関連はあるかもしれないですね。
じゃい子さん
私の視座で答えさせていただきます。
教育に関する格差拡大は、他層間の比較では、それぞれの層の個々人が現状をありのままを受け止める状況が今も昔もあるが故に、将来も深刻なものにはならないと思います。(外部から深刻に見えても内部の人間はケロッとしている)。一方、同層間とくに教育に熱心な家庭の層では、さらにその層の中での格差拡大が生じていますが、これは私個人にとっては「大問題」です。どう足掻いても埋められないものがある。「親(私)の資質」です。私は音楽、古典、芸術など文化的素養はすべてペケ、ネイテイブと議論できる語学力もペケ、何か1つぐらいはあるだろうと探っても何一つ誇れるものなど出てきません。教養の高い親をみて育つ子供と、私のような無教養の親に育てられるの子供とでは、小中高で雲泥の差がつくことは、企業人さんや量的さんその他の方々をよくご存知の皆様には容易に想像していただけると思います。で、私はどうするのか。今更自分を変えることはできませんから、子供には教養を身につけさせることを考える。そこで、これまで書いてきたことになるわけです。意識して世代を通してコツコツ進めば何とかなる、ひ孫世代くらいには何とかしたい、とは思ってます。学校間格差ということについては、個人でどうこうできるものではありませんので、自分の視点にはありません。教師の処遇を最大級に引き上げることによって良い教師の確保を最優先に進めない限り解決しないのではないかという意見を持ってはいますが。
賃金格差についてです。これも普段の私の視点にはないことですが、可分所得格差拡大がもたらす2次的影響、たとえば子供と接する時間が短縮する親の増加、子供が感じ取る劣等感、子供の進路選択肢の狭小化などがさらに将来の格差を生む元になるのは必至ですから、可分所得の最低ラインをどこに設定するのかは注目すべき点かと思います。いずれにしましても、その日に食べるパンをもたない子供たちと私たちの格差からすれば取るに足らないことではありますが。
老眼様
コンピューターや語学と同じで、自分が出来なくとも、うまく達人を利用すればよいだけの話です。
語学がうまく行かない場合、有能な通訳が居れば、すむ事ですし、コンピューターは、リカバリーは
プロに任せ、使うほうに徹すれば良い事ですし、子供の教育もお金がかからず、達人に極意を教えてもらう
事は、容易です。
あまりにも、お金がかかるお稽古事に人が集まり、達人がいるところには、全然人が来ないなんて事は、
ざらにあります。
うまく利用すれば良いだけです。
>なお、大学院重点化や博士課程、ポスドク拡大のモチベーションは、米国からの批判、基礎研究ただ乗り論、をかわしたいという政府の意向と、定員削減で労働力不足に悩んでいた大学側の、短期的利害が一致して推進された政策と考えております。
なるほど。そういうことなんですか。
こういった事情を知って進路選択するならまだしも、
国がテコ入れするからと言って、表面的なところだけ見ていると危ないのですね。
子どもには純粋に好きな道を進んでほしいですが、
部分を知り、全体を見通していかないと、どこにたどりつくのやら…。
ポスドクにしても非正規教員の問題にしても、
まじめに勉学に励んでいる人がいつまでも日の目を見ないのだとしたら
人材もいなくなりますよね。
研究、教育は国の要だと思いますが、
都合に合わせて人を使いまわしているのでは
腰を据えて仕事に没頭しようという意欲も薄れてしまいますね。
>安藤さん、ちょっと前まで東大で教授されてましたよね。
>安藤さんから学びたいという意志で東大を目指す
>というのは、視点さんとしてはどう思います?
いいんじゃないですか。
安藤さんが東大から他の大学にうつったときに、東大でなくその大学を目指すなら本物でしょう。
学校の教育内容がすばらしいなんてどうでもいいことだよね。
東大や京大で日本最高レベルの教育を受けていたであろう建築家が独学の安藤忠雄に及ばないわけだし。
手とり足とりの過保護な環境競うより、安藤さんのように自分で学べる力をつけることが大切。




































