充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
無常感さん
>養老孟司さんが書いてますよね、「話せば分かる」なんて大嘘だと。
これを読んだ時、この前提を確認しているかどうかで
随分変わってくるものだと。
自分自身の深淵も人はすべて把握しているとはいえないと
心理学で読みましたが、相手をすべてわかるなんて思うことは
傲慢であるんだなと。
養老さん、「バカな大人にならない脳」っていうのもすごく面白くて
読んだ後すっきりするんですよね。
無常感さん
>昇華できていなければ、ほとんど絶望的ですね。
自分自身の部分は昇華できても子どものことになると
親ってなかなか難しいこともあるのでしょうね。
未来夫は、「子どもがやる気をもってやるだけ、それがなかったらそれまで」
なんて俯瞰しています。
>いろいろな意見があるのだなあ・・それを知るため。
意見を変えなくても他人の意見を知るだけで、それだけで十分意味があります。
そのための掲示板だと、私は思います。(無常感さん)
そうですよね。
ディベートのクラスで、アラブ人、イタリア人、スイス人、韓国人、
日本人、スペイン人と国籍の違う人が
ひとつのテーマで討論するというのも経験しましたが
ひとりひとりのアイディンティティが違うので
ものすごく刺激になるんです。
脳が活性化しているのがわかるくらい。
地域・時代さんへ
北杜夫が亡くなりました。「どくとるマンボウ青春期」読まれたことありますか?
私は浪人時代に初めて手にし前半の旧制高校の疾風怒濤に笑い、後半の憂愁に閉ざされた青春時代の彷徨に自分を重ねました。
これは旧制高校の寮生活とはいかなるものだったかを伝えると同時に「父と子」の物語でもあり偉大な父への反抗とオマージュでもあります。
とくに印象に残ったのは山形に疎開しているときに茂吉の作歌の様を描写しているくだりです。散歩に出た茂吉が突然立ち止まったかしゃがんでもぐもぐと歌作を始めてしまう。しばらくその様子を見ていた息子は・・・・・飽きて虫取りを初めかなり先まで行ってから戻ってくる。
・・・・・・・・・すると驚いたことに茂吉はまだそのままの姿で苦吟している。
典型的な理科少年が旧制高校の寮生活で読書に目覚め、哲学、文学などを読み漁るうちに父親の歌集に接し衝撃を受ける。
父への反抗がやがて憧憬や尊敬に変わっていく。男の子が本当に父親の真価が分かるまでには長い年月がかかります。
この本は私の後年に大きな影響を与えています。自分が親になったらこうしたいという場面が出てきます。
あまりに勉強しない息子をどやしつけに来た父親に息子は「僕は今こんな本を読んでいるのです」とちょっと旧制高校生のいきがりでリルケ?の評伝を見せる。
ところが茂吉は最初ぱらぱらと見ていたがやがて座ってそのまま本格的に読み始めてしまった。しばらくして読み終わると「毛唐にもなかなか偉いのがいる」とつぶやいた。自分は辞書を引き引きやっと読むドイツ語を父親は・・・・・・・・・・。
こういう父親でありたい・・・・・・・・・と当時思ったものです。
読後、北さんに手紙を書くとはがき一枚に小さい字で2~3行の返信が来ました。
それは私の宝物です。
余談ですけどね、
幼稚園や保育園で先生が本を読んでくれるとき、日本では多くの場合、
子供がきちんと椅子に座って話を聞くように指示されるでしょ。
アメリカの幼稚園はね、普通は、床すわりで車座になって、好きな格好で聞くの。
ある子は胡坐、ある子は寝転がって…みたいな。
好きなスタイルで聞けばいい。姿勢を正せ、頬杖はダメとは言われない。
だからどうって話じゃないけど、フト思い出したので。
あっ、とはいえ、どこでも立ち歩きは歓迎されませんよ。
ただそれも個性ということで、受け入れられるわけですが。
日本に限らずどこでも、幼児といえども最低限の指示行動はできないと、
練習させないとダメなんじゃないの。
一日のうち、仮に30分×2回くらいそんな時間があっても、
将来指示待ち人間になってしまうとは思えません。
幼児だったら10分くらいで集中力が切れてしまう子がいても、仕方ない。
成長待つのみ。
1分ももたない子がいつなら、それは微妙だけど。
無常感さん
連投してしまいます。
>公立では何もしてくれなかった、だから自分は大学受験に失敗したのだ、
きちんと教えてくれたら、大学受験には失敗しなかったはずだ といったトラウマがあったら、
公立出身者でも、公立大嫌い、受験私学大好き になってもおかしくはない。
こういう場合確かにあるでしょうね。
私は、どちらも経験しています。
私学も公立も
で感想は、どちらでもあっていたらいい。
ということなんです。
子どもが中学受験の時
いろいろまわったけれど
いいなと思われる私学はなかった。
国立がいいなと思いました。
(距離的に問題があったのですけど)
いろんな価値観がありますよね。
■無常感さん
>じゃあ、なぜ会話をするかというと、いろいろな意見があるのだなあ・・それを知るため。
>意見を変えなくても他人の意見を知るだけで、それだけで十分意味があります。
>そのための掲示板だと、私は思います。
りっぱだね。
まあ、ここでは、りっぱな無常感さんだが・・・
昨日「私にとっては」STALKERと、たいして変わらんと気づき・・
なんで、無常感さんが「りっぱ」なこと言うと、「私だけ」ぞっとするのかわかって
スッキリしたよ。。
最近、寒くなったのに、「ぞく」とかしたくないなー。
会話ね。・・・・・・・してないなー。
他人の意見を知るだけ・・・他人の意見を潰すのが趣味だったようなー。(私はそれを批判してたんだけどね。)
こうやって、綺麗に整えた、意見をかいてるのだけど。
同じ人間が、急に、考えてることが、まったく変わったりするの?
私にとっては、おんなじ人なんだが・・・あれは別人だったのかなー。
(私なら、別人に間違われたりしたら、別人だっていうけどなー)
会話から、よろしくね。
■老眼さん
>適性さん
>こういう思考は,前に元塾講さんに注意された,我田引水なんでしょうかね・・・
>久々,その元塾講さんのお話もお聞きしたいですね。
>普通のおばちゃんさんも。
フィルター(好み価値観?)は、もうこれは、絶対にあるのです。
それを、「強制」にならないように、自制はするのでしょうけど・・・・
どうしても、親は、自分のフィルターで、子育てをしてるのです。
頭がよくっても、犯罪者や、ストーカーになってもらっちゃこまるし。
そうならないように、「誘導」はしますよね。
そういう、環境があれば、遠ざけたりね。
そこは、親の利益でもあるし、子供の利益でもある。比較的単純です。これぐらいは。
教育は、他の面もあるけど、単純に、「勉強(受験勉強に限らず)」に関して。
親にとって「勉強ができること」は大切だというフィルターを持っていれば。
「勉強ができること」は親の利益でもあるし、子供の利益でもある。と考えられる。
自然と環境も整える。
(※勉強さえできれば・・とは別だからね)
親にとって「勉強ができること」は大切だというフィルターが「なければ。」
「勉強ができること」は親の利益でも、子供の利益でも「ない」。
他の親の好みのフィルターで誘導するか。
それもないなら、放置?なのか。
子供が、勉強が好きで、出来た場合でも、それを、特に、喜ぶことはない。
勉強の環境がとくに、改善されることはない。
(むかーしの、女の人は、勉強できたからって・・ということもあったでしょし)
子供にとって、どっちがいいのか、そりゃわからないですけど。
それは、親の考え一つだから、子供には、なかなか変えようがない。
親は選べないのだから運命ですよね。(老眼さんは、子供が選んだという考えだけど(笑)それも運命)
基本的に、他人が、親のフィルターを変えることはできないし、権利もない。
視点さんは、視点さんのフィルターで、子育てするし。それは、尊重する。
私が出来るのは、いろんな人の、フィルターを感じて、いいと思えば、自分のフィルターのバリエーションを増やしたり、修正したりするぐらいでしょ。
でも、それは、基本的には、自分の子にしか、適用できないけどね。
信頼感様
>この表現、「親にとっての願いは、子供にとっての願いとは限らない」って変換できませんか?
もちろんできます。同じことです。
子どもがちゃんと信頼されていると感じ取れたならば、
かなえられなくても、親の願いを忘れないと思います。
山中教授の臨床医云々のお話みたいに。
やはり育ててもらった恩は大きいと思うのです。
だからこそ親はそこに付け込んで、子どもに甘えてはいけないと思います。
>これは、「親にとっての支え」ですか、それとも「子供にとっての支え」・・・。
>それぞれ意味合いが違うもので、どっちだろう・・親にとってかしら。
子どもにとっての心の支えです。
私、子ども目線でしか考えられないんですよね。信頼感様もかしら?
親ですから、もちろん親の願いもあるし、思い切り優先させたいのですが、
元子どもとして、それができません。
信頼感さんが主張される部分、以前似たような話題になったことがあります。
そのとき子をメインに母、男性、会社、いろいろな目線で意見を言いましたが、
反発されただけでした。
女の足を引っ張る女がいるから変わらないみたいな感じかなと理解しました。
私も女なので、そんなわけはないと言っても、分かってはもらえません。
信頼感さんの「注釈は無視される」は、誰にでも起こっているのでしょう。
もちろん私も信頼感さんも、みんなにです。
共感できるどうか、好き嫌い、その他もろもろ先入観によるいたずらなのでしょう。
相手によってセクハラ基準が変わる女心と似ているかもしれません。
動機様
北杜夫が亡くなりました。「どくとるマンボウ青春期」読まれたことありますか?
↑
残念ながら、ないんですよ。。
動機様のノスタルジーを感じさせてくれるんでしょうね。今度読んでみますね。
私、大学の2年位までは文庫本読みまくりました。一日2~3冊×365日位読んでたかも。
お金がそんなにないから文庫本ばっかり。
読書とDVD(昔はビデオか、(笑))は私の暇な時間の余暇の友達でしたね。
確かに浪人時代は本当に物事を考えましたよね。
私も、なんか色々深く考えましたよ~。
動機様は東京→東京の大学ですよね。
私なんかは、大阪→東京ですので、もうね、上京した時は完全なおのぼりさん状態。
笑える話なのですが、新宿のルミネのアーケード街ありましたよね、最初、あそこで感動してたんですよ(笑)。
夜にキラキラしたあのアーケード街を見て、やっぱり東京は違うな~って、自分のこれからを夢見る事が出来ました。
また、量的様と同じように、そういった事を許してくれた両親に感謝しています。
昔はネットがなくて情報が少ない。これって、感動も大きい気がします。
読後、北さんに手紙を書くとはがき一枚に小さい字で2~3行の返信が来ました。
それは私の宝物です。
↑
私も、昔大好きな漫画家さんにファンレターを出して、サイン入りのはがきが来た時はものすごく嬉しかった。
だから、自分にファンレターが来た時は、ものすごく嬉しくてね。(狭い業界なんで、そんなに数はないですよ)
夢は現実になりますよ。自分の好きな事を頑張ってやり続けて下さい。って。
これは、私の分野を目指す若者全てに当てはまらないかもしれない。
でも、私は彼等に言います。
「夢を見て、その夢に突き進んでいけば、いつか必ず夢は叶います」って。
それでダメでもね、やってあきらめがつくのと、あの時頑張っていれば、、と思うのとでは、その後が違ってくると思うのです。






























