充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
無常感さん
>私もプリンシプルを重視しますが、時間軸を無視していいのですか?・・と言っているにすぎません。
>私的なイメージでは、構造(視覚)と機能(聴覚)とあって、プリンシプルとは前者・・ただし、>それだけでは機能(聴覚)・・・時間軸が欠落するのではないか、
なるほど。なんとなくわかってきたような気もします。
>レヴィ・ストロース 好きですね。
やはりそうでしたか。
>じゃあ・・豹変する国、日本でなかったら、明治維新はあり得たのか?
>中華思想というプリンシプルをもつ、中国は西洋の国々にいいようにやられたましたね。
>「尊王攘夷」というプリンシプルが、いつのまにか「文明開化」に変わっているわけです。
たしかに、中国と比較すると、というところは理解できなくもありませんが。朝鮮も事大主義で似たようなものでしたし。日本には柔軟性があった、ということですね。ただ、私は、明治維新の成功というのは、日本の宗教的権威としての天皇の存在によるところが大きいのではないかと思っております。古代から続いてきた一種のプリンシプル。「尊王攘夷」なんていう脊髄反射みたいなものではなくて。井沢元彦さんも書いてますよ。「尊王攘夷」なんて、戦後の「護憲」とおなじ言霊信仰じゃないか。あれで15年は改革が遅れたんだってね。
無常感さん
>>私が問題にしているのは、この人の思想傾向の方です。この人は、「堅実派」。ワトソンのようにスタンドプレイをする人間が大嫌いなんですよ、きっと。
>そうなんですか・・それは気がつきませんでした。
>そういえば、ノーベル賞学者プルシナーが唱えるプリオン説に反対していましたね・・
それそれ、それですよ。ヒトにもうつるBSEの原因はなーに?「それはプリオンというタンパク質でーす」、突拍子もない仮説でノーベル賞。気づきませんでしたか?「ストックホルムへの野望」ギラギラの嫌な奴。「なにがプルシナーのプリオンだ、調子づきやがって、この野郎、私が成敗してくれる」なんて書いてはありませんが。でも、行間からにじみ出ていませんでしたか?
>アメリカの例示で示したとおり、官僚的 という言葉はどうもしっくりこないのですが、
>保守的 という意味ですかね・・たしかに、体制派 というのはあるのでしょうね。
>文系でもいろいろいますよ・・井沢元彦氏は早稲田文系ですよね。
井沢元彦さんはですね。「言霊」「怨霊」「和の精神」、このあたりのキーワードを用いて、自分ひとりで日本の歴史をすべて説明し尽くしてしまおうという、野心満々の典型的なスタンドプレイ派ですよ。だから、プルシナー並に反発も喰らっているんじゃないですか?堅実で実証的な歴史学者たちから。こういうひとは、私の分類では、「文系的」ではなく「理系的」なんですよ。まあ、理系文系はどっちでもいいんですけど、要するに、ワトソン、ジョブズ、プルシナータイプです。
適性さん
>根本的さん。スッキリしましたか?
>普通は、その人なりの、原理原則らしきもの、があるわけですが・・・
>と・・本人は、言うが・・・無常感さんは、そうでも『ない』ように『見える』
>きっと、それなりに『ある』のですが。(それを知りたいのでしょ。根本的さんは)
>このスレッドでは『ない』ように『見える』(だから、スッキリしないのでしょ)
だから、視点さんのときも言ったじゃないですか。スッキリなんてしなくていいんですよって。
>どこかで、警報?がなってるのではないですか?
警報? なんでしょう?
>だからこそ、根本的さんは、面白がってるのだと思いますが。
そうなんですよ。おもしろければ、すべてよし。おもしろいんですよ。無常感さんは。でも、おもしろがっているのは、私だけかなあ?でも、いいダシもとれるし。でも、あんまり薮をつつきすぎると蛇が出るかな?ちょっと怖いですね。
>理系的マインド、文系的マインド、という二元論は、一見面白いのですが、理系の人がチャレンジするのを文系の人が妨害する、という、単純な構図とは、とても思えません。(企業人さん)
>私も企業人さんと同じで、理系の人がチャレンジするのを文系の人が妨害する、というのはちょっと違うように思います。
>感覚派の人が生み出そうとするものを理屈派の人が潰す、というのが日本企業(特に製造業)のウィークポイントではないかと。(シルバースプーンさん)
私の言う「理系的」「文系的」というのは、実際の「理系」「文系」とは必ずしも一致しませんよ。「感覚派」「理屈派」でもいいけど、「仮説派」「実証派」とか、「冒険派」「堅実派」とか、「一芸派」「満遍なく派」でも、だいたい同じような感じです。私の中では。「妨害」はどうなんでしょうか?やっぱり、しているんじゃないかなあ?無意識的に?知らないうちに?
>私自身は、理屈や積み上げで判断できないことを無理やり判断して前に進む、という考え方でやってきたし、他人と同じことやるのはつまらないです。(企業人さん)
いや、企業人さんについては、そこはもう十分了解いたしておりますよ。
■根本的さん
>「なにがプルシナーのプリオンだ、調子づきやがって、この野郎、私が成敗してくれる」
>なんて書いてはありませんが。でも、行間からにじみ出ていませんでしたか?
成敗って・・・(笑)
まあ、福岡先生が・・『プリオン説はほんとうか?』というのも、しかたがないほど『謎?疑惑?だらけ』というのは、ほんとらしいですし。
ノーベル賞で権威ある説だから(BSEは、これを前提に説明されていますし。)といって、科学者が自分で疑問に思ったことを放置することもよくないでしょ。
(一応は、権威に「反抗」してることになるし。)
>井沢元彦さん・・・ワトソン、ジョブズ、プルシナータイプです
スタンドプレータイプが好みなのは、よくわかります。あと、中村修二ですもんね。
> そうなんですよ。おもしろければ、すべてよし。おもしろいんですよ。無常感さんは。
>でも、おもしろがっているのは、私だけかなあ?でも、いいダシもとれるし。でも、
>あんまり薮をつつきすぎると蛇が出るかな?ちょっと怖いですね。
まあ、そうなんでしょうね。根本的さんは。
蛇が出る?いやー、『蛙』じゃないですか?きっと。
井沢さん、週刊文春だったか新潮だったかに連載していて、最初は面白いと思ったのですが、だんだんつまらなくなって、読むのをやめてしまいました。
なんか、怨霊信仰で歴史が動いていることを証明するために歴史を語っているような、本末転倒の歴史観のような感じがしました。
法隆寺編で井沢さんが何を書いたか覚えていませんが、前にもお話ししたかも知れませんが、仏像マニアとしては、法隆寺は避けて通れないです。
法隆寺と聖徳太子の怨霊を結び付ける説は昔からあって、べつに目新しくないですけれどね。
法隆寺は、再建非再建論争があって、若草伽藍の発見から再建説が相場になったのですが、現存する金堂の解体修理で、焼失したとされる670年以前の材木が使われていることがわかり、なかなかに複雑な事情が伺えますね。
思うところがいくつかあります。
・当時は、文字をあやつれる人がほんの一握りで、歴史は、正史しか残っていないこと。すなわち、勝者の勝者のための歴史なのです。
・日本書紀に、670年に焼失したとの記録があり、遺構(若草伽藍)が見つかっていること。
こちらは、四天王寺型の伽藍配置で、当時の一般的なものだったのに対し、現在の法隆寺の配置は、空前絶後、他に例が無いこと。
・山背大兄王(聖徳太子の嫡男)は蘇我入鹿に殺されたことになっており、それが大化の改新の原因と、正史は語っていること。また、法隆寺金堂を最期の場所としていること。
・法隆寺は徹底的に焼け、その後、すぐに、若草伽藍とはちょっとはなれた場所に再興されていること。
こいういったところが重要なのではないかと思います。
まず、蝦夷とか馬子とか入鹿という名前は、蘇我氏がほろぼされてから日本書紀などの作者によって、勝者側の論理でつけられたものではないかと。
当時、罪人の名前をけがれたものに変更させてから処刑するという風習がありました。馬子とか蝦夷とかいう名前と、天武とか天智とかいう今見ても格好いい名前の差が、よく事情をあらわしています。
系図を見ても、聖徳太子と蘇我氏は近いし、蘇我氏が山背大兄王を殺したというのはあやしいのではないかと思うんですよね。濡れ衣だったかも知れないし、近親憎悪のようなものもあったかも知れないですが。643年。
そして、大化の改新が646年ですね。
法隆寺は、670年に焼失、680年の後半には再興されているが、これは、聖徳太子一族の息の根を止め、さらに、それを正当化する動きではなかったかと言う気がします。天災ではなく、焼かれた、っていう説は、だめですかね。
法隆寺の東側は聖徳太子が起居していた住居と言われています。山背大兄王の死去で聖徳太子の血筋は途絶えたということですが、本当かな、と。斑鳩寺がこの一族の拠点となっていて、焼き討ちされたということはなかったのだろうか、と考えています。
このへん、ずいぶん考えたことがあるのですが、なにをどう説明してもしっくりこないんですよね。
しかし、壬申の乱が672年、法隆寺焼失の670年がきなくさくないはずはないです。
稀代の謀略家であった藤原鎌が、裏で何をやっていたか、怨霊をうまく使い、徹底的に聖徳太子の一族を滅ぼしてから神格化して利用したのかも知れません。
しかし、670年にはすでに鎌足なく、さらに輪をかけた謀略家の不比等はまだ少年だったはず、やはり、よくわからないんですよね。
聖徳太子 622年没
山背大兄王暗殺 643年
蘇我入鹿暗殺 大化の改新 645-6年
藤原鎌足没 669年
斑鳩寺(古法隆寺)焼失 670年
壬申の乱 672年
法隆寺再建 690年前後
適性様
詳しく解説いただき感謝です。
すぐには、理解しきれず、お礼が遅れました。
やはり、利他的の解釈において自分とかなり違いがあるため、もうちょっといろいろ考えてみます。
>利他的行為だが、しかし、ある意味、自己中心的(利己的)発想でもあるのです。けっして、自分をなくしてるわけではありません。
共感だとうが、強制だろうが、社会は、一定の『利他的行為』ぬきに「存続できない」のです。
この辺り、少し解ってきたような気もします。(汗)
>会社が儲けないと、会社がなくなってしまうという、運命共同体的部分もあるわけです。 そこで、利他的行為(会社につくす)を選択する可能性は高くなります。
会社という属性ですと、どうしても労働と対価があるので.....帰属意識の高い方はそうなのかもしれません。
>物理的、精神的な距離が遠ければ、共感部分も「少なく(うすまる)」なりますので、自発的(主体的)な、利他的行動は、困難になります。(そこまでする気がおこらない)
このパターンももちろんアリですし納得なのですが、この逆の条件でも「うすまる」 のじゃないかなと漠然と思ったりするのですが.....。
物理的、精神的に近く、共感部分もほぼ一致し、この属性の価値観が、一元化に近づいた場合(蜂の巣のように)、個の存在が薄まり(個の考えの近似化によって自分も他者もほぼ同じような価値観を共有した場合)属性の利益を優先する行動を(外側から見て利他的行動)とる可能性もあるんじゃないかなって....つまり、主体性を発揮し難い環境になるとは、考えられませんか?
コレまで、散々、「自律性、主体性の獲得が大切だ」という意識を持っておりましたので、必ずしも利他的行動の要素に「主体性」は関係ないとなると....自己矛盾してしまうので....悩んでおります。
ただ、適性様の考える「利他的」は、直感的の肯定したい部分も多々あり....近づける様に試行錯誤してみます。






























