充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
採用担当さん
>どうなんでしょう?
特定の銀行のものではございません。
じゃあ・・持株会社でグループ採用担当・・という感じですかね。
詮索するつもりなど、まったくありませんので、念のため。
これからはあなたがたの時代なので、ぜひ、がんばってください。
量的さま
お久しぶりです。コメント興味深く拝見しました。
小澤さんの棒については、おっしゃることは、ことごとく当たっていると思います。
私は、小澤さんの限界は、彼の、全部の楽器に自分の要求する音を出させる、精巧な機械に仕上げようとする、という姿勢に加え、語学、というのがあるように思います。どの曲のどの部分、というのを指摘できないのですが、あきらかに、フレージングが独特と感じる瞬間があるのは、彼が日本を意識したから、のみならず、ヨーロッパのいろいろな言語を完全には習得していない、ということもあるように思います。
(これ、実は、半分受け売りで、友人で、ヨーロッパ某国の歌劇場で長く歌っているのが居て、何度か小澤さんの棒でも歌っていて、いろいろ話しているうちに、そういうことかな、と合意したものです。もちろん、プログラムに名前が載るか載らないか、というレベルの歌手ですが、長年腰を据えて活動し、ポジションを得ているのは立派だと思っています。)
そういう人が、伝統の殿堂のような、ウィーンの音楽監督になったのに、びっくりしました。でも、小澤さん、不完全燃焼だったんじゃないか、と思いますね。いかな小澤さんでも、ウィーンの響きにはそう簡単に手をつけられないだろうし。
例の村上さんとの対談では、自分の立場はウィーンフィルの人事や運営には影響力が無い、あくまで歌劇場で、そのかわり歌手を選ぶのには心血を注いだ、というようなことが書いてありました。
N響との演奏は、私はまったく聴いておりませんが、一度だけで、それも記念演奏会で終わってしまったということは、そういうことなんだろうと思います。いろいろな言動と彼の音楽から、彼のほうがN響に心を開くとは私には思えないので。
ただ、危険を避けながら世の中を渡る、という、ある意味必須の才能にはめぐまれた人なので、NHK全体や日本の音楽界との関係から、一度は振っておかないと、と思ったのでしょう。
下世話な話ですが、現在、指揮者とオーケストラの団員は、えらく、それは何桁も、収入が異なるわけです。それで、たとえば、コッホ(往年のベルリンフィルトップのオーボイスト)と、カラヤンと、どっちがすぐれた芸術家か、というと、よくわからないところがある。
べつにコッホの契約条件を知っているわけではないし、ある意味、破格だっただろうとは思いますが。。。。。
そういう微妙な空気をどのように自分の味方につけていくか、という手法も、楽団員や聴衆の志向と関係しながら、だんだん変わっていくのでしょう。
小澤さんの愛車は、けっこうワイルドなオフロード仕様なのですが、ずっと、自宅の定位置から動いていません。この前は、母校の成城学園の合唱団を振ったようですが、健康状態はいぜん厳しいようです。
採用担当さんがおっしゃっている、知ってから批判したほうがいいということ、そう思います。
無常感さんと視点さんのやり取りを読んでいて力が抜けてしまったのですが、
やっぱり、中学受験、中高一貫校のことをご存じないのだなと。
それに加えて、現在の公立小・中・高のこともきっとあまりご存じないのだろうということです。
動機さんもそうだと思うのですが、基準は「自分たちが通っていた頃の公立」なのだなあと。
それはそれでいいのですが、相手を批判するとなると違ってきますよね。
無常感さんのお子さんが志望しているのは、大学受験まで対策してくれる学校ですよね。
批判されている学校は、昔の公立と同様、大学受験対策はしてくれないところが多いように思います。
つまり、学校のタイプが違うということ。
私学の場合、内部者としてこんな仕組みだったと詳細がわかるのはその一校のことです。
まあ、内部者だって自分の学校に「小4から塾漬け」の子どもが何人いて、
「東大、京大、医学部合格といった個人的欲望を満たすために子弟を入学させる」家庭が
どのくらいあるかなんてことはわからないと思いますが。
それに、私の子のひとりも高校受験で私学ですけれど、中学受験とは違うし中高一貫教育とは違います。
ですから、無常感さんが中学受験や中高一貫校のことを批判することはやはりできないでしょう。
高校受験も奥様に任されていたんですよね。
今の高校受験はけっこう複雑化、多様化していますよ。
ご自分であちこち出向いて情報収集しないと、どういう状況でどういう問題があるのかはわからないと思います。
当然、現実的な問題把握がなければ、批判もなく、解決もないということです。
無常感さんは、採用担当さんがどのような立場の方か気にされていますね。
内部者でなければ批判に値せず、と思ってらっしゃるなら、
無常感さんから、批判されている中学受験生、中高一貫生、そういう子のいる親の気持ちも
同様に理解されたほうがいいと思います。
90%脱線ですので、他の方でご興味ない方はスルー下さい。
適性さん、
こんにちは。お久しぶりです。書き込みしたくなるようなレスをつけて頂いて、・・すみませんです。相変わらず、乱文ですがご容赦下さい。まったり書かせていただきます。
・・・ベルリンフィルの大進も大したひとですね。番組見てそう思いました。
談志さんは、”自分の芸”と”自分の生き方全体”の評価軸をよく考えていた人だと思います。談志さんの、お題から、ちょっとまったり脱線してみます。
適性さんの「落語家は うまい落語家、達者な落語家、そして、おもしろい落語家に分けられるそうですね。 」に触発されて思うに、
おそらく、生き方の評価軸とは、たぶん、(1)自分個人としての評価軸 (2)他からの評価で、後者は、身近なひと(家族など)、聴衆、そして、記者・マスコミ、同業者などのコミュニティ(一門の長/協会の会長) という区分けでイメージして見ると、談志さんは、いずれの軸も考え抜いた人だと思います。<そしてこの(1)と(2)を「落語家としての自分」という狭いフィールドだけでなく考えたから、国会議員はじめ様々なことをされたのだと思います。>
マスコミと戦い抜くということは難しいですが最後まで貫いていますし、弟子や周りの人にも、枠を越えた芸や生き方を期待したのだと思います。
とはいえ、談志さんの高座を聞くと、良い芸が出来た達成感の瞬間の次に、かれの心の底の苦悩・不満足感、違和感といった瞬間が背中合わせであったりするのを感じます。。わたしはそこが少し辛いです。
こしらさんをなぜ、評価するかというと、適性さんの書かれた評価軸では、うまい落語家ではなく、面白い落語家です。プロ、アマという垣根を意識無意識に越える芸で高座に上がれる希有の人ですね。立川流以外では存在出来ない落語家であることは間違いないですが、その目線の良さ、ポテンシャルで誰もかなわないと思います。滑稽話がわざとらしくない落語家としては、立川こしらさんは良いです。
偶々、小田急線沿線の成城ホールで ほぼ月刊「一之輔・こしら日本の話芸」が継続していて、わたしも8割方聞いていますが、2つ目の
落語家さん2名で、二人会をやる価値がある二人ですが、(と言っている間に2名とも真打ちに抜擢されましたね)私が金払って聴きにいこうと思う、ワクワク感は7割方こしらサンの側にあります。一之輔さんも好きですが。
さきほどの、「自分の評価軸」「他者からの評価軸」というのを、もうちょっと掘り下げれば、後者は、「社会貢献」という言葉に近い訳ですが、今の時代、ますます「自分の評価軸」という方が相対的に大事ですね。それは歴史上、恵まれた時代にしか目指すことが出来ないことで、大げさに言えば、多少なり{文化の爛熟」の土壌があるときにしかできないと思います。
中国で言えば唐の時代、北宋が滅ぼされた後の南宋の時代、フランス革命前後のドイツ・オーストリア(ちょうどモーツァルトが無くなった1791年、あるいは交響曲3番でナポレオンへの献呈を取り消したり、ハイリゲンゲンシュタットの遺書の頃の壮年期のベートーベン)ほどの外圧の緊張感がある時代では今はありませんが、経済がこれほどグローバルにリンクして、リーマンショック・欧州危機、以来の強烈な不安感がある中では、人々も少し枠を越えた物を求めていると思います。日本も1970年代以降はそういう時代だと思います。
別の例では、松本人志の番組が正月にありました。彼は、桂枝雀の落語の大ファンで、毎日枝雀落語の93演目をシャッフルして今は聞いていると番組で言っていましたね。若い時に、親父につれていかれて、いちどはまり、それからきかなくなって、また40過ぎて聞く、というのも理由があると思っています。松本人志さんの映画「大日本人」の突き抜けた表現力、独特の間、テンポ感に一脈通じます。
佐渡裕さんも、情熱のタクトで、番組の中で、普段クラシックでなく桂枝雀さんはじめ上方落語を聞いていると言っていました。佐渡裕さんの自然さ、独自さというのは、よどみなく磨かれたハイレベルの瞬間に介在する「間」とのバランスをとことん求めたところがあります。
これらの芸は退廃ではなく、人間のこころに聞き耳をたてる新たなアプローチで、聴衆から見るとなにか共通性をイメージするものなのだと思います。
わたしは、適性さんがそこに気づかれているからこそ、このスレでのクラシックの話題の中に落語の話が入るのだと思いますし、佐渡裕さん、松本人志さんが芸を語ると、そこに通じる桂枝雀さんが不意にでてくるのだと思います。・・意識・無意識はあるにしても、大きな理由があることだと思います。
ところで、申し訳に中高生の話題に戻らせていただくと、わたしはこどもを今、落語には連れて行きません。皆さんは連れて行きますか。
”落語適齢期第一段階”はほぼ過ぎたところですので。
中高生という意味で、これまでに意識して聞かせたのは、思い出すところでは下記でした。(どっかに書いたかもしれませんが)
キャラの立った話というのは、わたしのキーワードですのでそれで選んだものです。(小三治さん以外はDVDか録画)
小三治の「らくだ」
喬太郎の「錦木検校」「白日の約束」
桂三枝「仁義なき校争」
桂枝雀「ひとり酒盛」
花緑さん、志の輔さん、独演会に行ったことがありますが、演目を今は忘れました。笠碁、紺屋高尾あたりだったような気がします。こしらさんは、機会が合えば、聴きにいきたいと思っています。
<適性さんWrote>
談志がしんだ。というニュースは、しょうがありませんが残念でした・・・彼が残した、弟子は、たいしたもんですね。
落語家は うまい落語家、達者な落語家、そして、おもしろい落語家に分けられるそうですね。
その1つだけでも難しいのかもしれません。 ・・・以前書かれた 「こしら」 は キャラの立った、おもしろ落語家 らしいですね。。
無常感さん、返信ありがとうございます。
無常感さんは
「私学」に対する助成金には賛成されていて、
「受験私学」に対する助成金に反対されています。
であれば、「私学」と「受験私学」を分ける境界線はどこか、
を明確にされなければ主張の真意が伝わりません。
これまでその線引きは
>大学受験を売り物にしている 私立中高一貫私学への私学助成 はどうなのか?(レス【2281278】)
>東大、京大合格者数上位10校に入っているような私学 は、「私学助成」の趣旨からすれば
>その対象になるのはいかがなものか?・・と申しているだけです。
(レス【2281930】)
と発言されています。
前者、「大学受験を売り物にしている」って何だろう?
「大学受験の実績を学校の宣伝活動に使用している」ってことか。
合格者数をHPに載せるだけでダメなのか。
それとも広報媒体に何ポイント以上の文字で書けばダメ、などとするのか。
後者、「東大、京大合格者数上位10校に入っているような」って何だろう?
10位に入った時点でアウトなのか?
11位から10位になったとたん助成金が止められたら、現場は混乱するだろうな。
いや、「ような」だから「上位の」程度の意味なのか。
であれば、どこからが上位なのか。
無常感さんは「教育行政への批判」と書かれていますが、
このような曖昧な定義が行政に通用しないのは自明でしょう。
ですので、
無常感さんの「教育行政への批判」の本気度が私には感じられない。
むしろ、定義を曖昧にすることによって
「大学受験に実績のある私学(及びその保護者)全般」を否定的に語る、
という意図を感じるわけです。
以下、長くなりますが
引用させていただいた無常感さんのレス全文です。
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【2281278】 投稿者: 無常感(ID:bmVKzSbHExE)投稿日時:11年 10月 01日 08:08
中間決算で超多忙で・・・いやはや。
ところで、しばらく見ない間に、すごいレスの量ですね・・
根本的さん
>無常感さんは、私学助成廃止=賛成、私学廃止=賛成?
みなさんもここまで書かれておられるので、ご返答しますが、
私の意見は、私学助成廃止=反対(※)、私学廃止=反対・・です。
ただし・・(※)は、前提条件があります。
私学助成合憲と解釈する「多数説」によれば、その背景には、
憲法第26条「ひとしく教育を受ける権利」を保障するため・・という理論的根拠があります。
だから、同法第89条の「公の支配」に関して、「教育」に関しては甘く解釈できるとするのですね。
公立の供給力だけでは、幼稚園が足りない、高校が足りない
→ 国民の「教育の機会均等」を達成するために、私学の 幼稚園、高校 に経済的支援を行う。
私学助成の趣旨は「多数説」によればそういうことであって、私はこの見解を支持します。
そこで、思い浮かぶ論点があるのですが・・
大学受験を売り物にしている 私立中高一貫私学への私学助成 はどうなのか?
「多数説」に沿った私学助成の趣旨から言って、これは おかしい と思っています。
また、私学の存在自体は、日本は自由主義国家だから否定されてはいけません・・私はそう思います。
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【2281930】 投稿者: 無常感(ID:bmVKzSbHExE)投稿日時:11年 10月 01日 22:22
地域、時代さん
>・・ところが、その後に、受験中高一貫私学が急成長してきたわけですね。
>いまや、東大、京大合格者数上位10校の8~9割は、私学の名前となっています。
↑
>結局、「自分の尺度で気にいらない学校に私学助成は必要ない」
>と言う事なのですね。
冷静になって、読んで欲しいのですが、
「自分の尺度で気にいらない」と言っているのではなく、
東大、京大合格者数上位10校に入っているような私学 は、「私学助成」の趣旨からすれば
その対象になるのはいかがなものか?・・と申しているだけです。
公立一貫は良いことだ さん、
多分、これまでにお話したことは無かったかと思います。
どこにいても、努力をつづけられるか、
が本質ではないのではないかと思い初めています。
教育内容とか、私立中学の提供する価値については依然として
かなり興味があります。
逆に、私立か、公立か、とかあまり今は興味がなくなりました。
本質でない気がしますので。
最後にたまに脱線したようなことを書くかもしれません。
・・どうぞ、よろしくお願いします。
判断さん
実際に体験、経験しないと批判は出来ない・・ということですが、
じゃあ、判断さんは政府、政治などといったものを、批判することはないのですか?
あるでしょう・・政府の対応が悪い、政治が停滞している・・こういった批判を国民は普通にやっています。
・・でも、国民は政府の仕事、政治を直接的に、行っているわけではありませんよね。
その点について、判断さんはどう理解されていますか?
繰り返しますが、私が批判しているのは、学校、個人(私学関係者)ではなくて「教育行政」なのです。
私は批判してもOKだと思う・・その理由を何だと思われますか?
また、判断さんの倫理だと、私は京大卒業生なので、京大の批判は出来るが、
東大の批判は出来ない・・こうなりますが、どうですか?
また、もし判断さんが両校の卒業生ではないと仮定したら、
両校の在学経験が無い・・・知らないのだから、東大京大の批判は一切してはダメですね・・そうなのですか?
私は、違うと思いますよ・・判断さんのご意見は、いかがですか?






























