アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
レスし直しです。
無常感さん
>むしろ・・「少数のデキタ大人が、多数派のフザケタ大人を親にもつ子供を教育しても、ハイハイと言うことを聞きますか?」・・こっちの方が説得力がありませんか?
それがまさに私教育のみでは立ち行かないということです。
だから公教育を・・と言っているのです。
>学校ではありませんから、 一人一人の大人がきちんとした正しい生活をすればいいのですよ。
すれば・・ですね。
平和な世の中になればいいなーと願うのと同じです。
理想や起こり得ない仮定は、現実と異なります。
どうやって一人一人の大人がきちんとした正しい生活をするようにさせるのか?
無常感さんのお話に懐疑的になる理由はそれが示されていないからです。
>子供たちへ影響の大きいところ・・政治なんか、きちんとすべきでしょう。
フザケタ有権者によってきちんとした政治家が落選しフザケタ政治家が当選すれば、
フザケタ政治なるのも当たり前です。
既に有権者になったフザケタ大人を一人ひとり教育できるなら、すばらしいことです。でも不可能でしょ。
それよりも、フザケタ有権者にならないようにきちんと教育することはこの先可能ではありませんか?
しようと思えばできるが、しようと思わなければそうはならない。
フザケタ政治家も、権力を手放したくない官僚も、しようとは思わないのでしょう。
フザケタ大人が多い方が彼らにとっては都合がいいから。
だから今まで公教育は真剣に考えられてこなかったのではないか。
『公教育を真剣に考えましょう』という空気ができればいいですね。
>私は、規範になりえない「空気」で、本質的な解決になるとは思っていませんが、 糞親父さんがおっしゃるように、「空気」が大切・・という路線でいくなら、 『大人が真面目に取り組む社会の「空気」』 これが、子供の教育にとって重要なのではないですか。
実態のない空気は無きに等しいと思います。
先ず『子供の公教育をしっかりやる』これが将来的に『大人が真面目に取り組む社会の「空気」』を創る。
これなら実態が生まれます。
ここで少なくとも討論されている方々は、教育に関して人一倍大事に思っている方々ばかりです。問題は、まるっきり必要と思ってない場合です。私の友達にも言ったのですが、教師としてどうしたら良くなるのか、自分の何処がが悪いのか、この様に思える事自体、既にその人には問題はないのです。どの世界に身を置こうとも、意見がありぶつかり合う事は必要で、何もしなかったら、きっと何も良くならないと思います。とにかく、考え悩む事が必要で、結論の無い生活の一部を良くして行く為に、日々前向きに考えれば、いずれは良い方向に向かって広まって行く事だと思います。
凡才さん
おっしゃるとおりで、自分の頭で考え悩む・・これがある限りは、あまり心配ないと思います。
教育っとくると、すぐ学校・・となりますが、私は家庭ではないかと思うのですよ。
私は、息子の教育になかなか自信がもてませんが、だからといって、個人的には学校運営者に期待はしていません。
無常感さん
>私は、日本が、開戦する気満々だったは言っていないし、
>開戦回避の交渉をしていなかったとも言っていません。
>政府首脳が、ついぞ、水を差さなかった・・そういう空気だった・・と言っているわけです。
その空気が間違っていた、ということですよね?
交渉を続けていたことが水を差していたことであって、
あの時点で万策尽きたのねと思っていますが、
他にも策があったのでしょうか。
ご指摘のNHKスペシャルも見たと思いますが、
あのJapanデビューを見てから、NHKの見方が変わりましたので。
>「空気」だよりの日本社会を、私は、危なっかしいと考えます。
危なっかしかったとしても、それが日本です。
で、その中でどうしましょう。
宗教団体でもつくります?
ほとんどの日本人が信者になることよりも、
糞親父さんの方法が近道と思いますけど。
家庭はもうやっていますよね?
で、いまひとつの今があるんだと思います。
以前戦争を知っている世代が引退してから、
おかしくなってきたとおっしゃいましたよね?
過去の空気が間違っていたと言っている限り、
日本はこのまま低迷なら御の字かもしれないと思います。
狙われるものがお金だけでなく資源もとなると、
それこそ危なっかしいような気がします。
糞親父さん
>そのための環境整備をわたしたちはしているのでしょうか?
少なくとも私はしていません。
子どものしつけと、ここに書き込むことぐらいです。(汗)
さくらさん
>本質がみえるように各自がなるということは
>やっぱり、表面にでてきたことをそのまま鵜呑みにしては
>いけなくて、一旦自分で本当なのか?と
>純粋に疑ってみることなのかなあと思います。
そうですね。
誰かの本などを読んでいると、
ふとその人の意見に染まっていることを感じます。
そうなんだと、読んでわかった気になってしまいます。
私にはコラムやブログ程度がちょうどいい感じです。
それに本質までたどり着けません。
いろんな意見を比べることはできますけど、
どれが本当かわからなくなります。
想像はしても、確信は持てません。
無常感様
こんばんは。
自信がある事自体、おかしいですよ。それは、私の子供に対しても同じですし、私自身についても自信はなかなか持てないです。いつも試行錯誤しています。だから、いつでもその時の最善を考えるのですが、しばらくして見ると、いつも何らかの修正を加えてますし、急転回もしています。
無常感さん
凡才さんへお書きになったことへのヨコレスですがお許しを。
>おっしゃるとおりで、自分の頭で考え悩む・・これがある限りは、あまり心配ないと思います。
個人が最善を尽くしても、個人の手に及ばぬ原因で個人の大切なものが、事故、事件・・を原因に、一瞬にして奪われてしまう。
社会が不安定になるとその可能性が増します。忘れたころにドーンとやってくる。
身の回りで起こっていることがらは、わたしたちにそれを示し楽観的に考えるな、ということを伝えていると思います。
それを流すのか受け止めるのか、だと思います。
『自分の頭で考え悩むこれがある限りはあまり心配ないと思います。』・・・たとえば「受験」「就職」なのど極めて個人的なことならそう言えるかもしれません。他にも日常の他愛もないことならそれで通用しますね。
しかし、皆に共通する社会的なことを考えると、
『同じ世代のこどもたち同士が皆で積極的に一緒に考え悩む・・・これがある限りは、あまり心配ないと思います』ではないでしょうか(真似をしてすみません)。
それを学ぶことができる部活動や児童・生徒会活動等の団体活動の意義は非常に大きい。これは家庭ではできないことです。
>さすがに、ちょっと疲れてきたので、議論は休日まで中断させてください(笑)。
疲れさせて申し訳ございません。『会話』ですから互いに気の向くままにがよろしいかと。何か決まりがあるわけでもございませんし。礼に恐縮いたします。































