アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
さくらさん
う~ん・・神秘めいていますね・・
そうそう・・
この豆腐のおいしさって、豆本来の味わいが、ジワジワっとくる感じですよね。
ヨーグルト、そうなんですよね・・
私が飲むのは、必ず、朝 なんです。
なんだか、すごい、偶然ですね。
>本質がみえるように各自がなるということは
>やっぱり、表面にでてきたことをそのまま鵜呑みにしては
>いけなくて、一旦自分で本当なのか?と
>純粋に疑ってみることなのかなあと思います。
(さくら様)
>誰かの本などを読んでいると、
>ふとその人の意見に染まっていることを感じます。
>そうなんだと、読んでわかった気になってしまいます。
>それに本質までたどり着けません。
>いろんな意見を比べることはできますけど、
>どれが本当かわからなくなります。
>想像はしても、確信は持てません。
(弱点様)
おはようございます。
私は、自身の発言に対して「アバウトだ」、とよく言われるんです(苦笑)
きっと、書物やブログを読んでいて、「その気」になっているだけで、自分の言葉で語っていないのでしょう・・・、だから相手の心に響かないと言う事です。
「アバウト」だと仰った方は、私が自分の言葉にして語っていないことを、見抜いてらしたのだと思います。
こちらの皆様の言葉は、私の心にストンと落ちてきます。
皆様の気持ちがリアルに伝わってくるように思います。
それに比べて、いつも突然にこんな書き込みばかりですみません。
・・・同じアバウトなら高田純次さんのような、計算されたアバウトを目差したいかも(笑)
溜息さん
私もアバウト族ですよ~
いつも適当なケセラセラで、当たってないことを普段連発して
子供に冷めた目でみられたりしてます。
たとえば、溜息さんの心にストンと落ちることがあるとしたら
やはり、溜息さん自身にも自分の言葉で語ることができるからなんだと
思うのですよ。
そこに届いているのだから。
私は、かなりここで鍛えられました。
書くことっていいんですね。
しかも、日常ではないことを
そうすることによって自分で、一端深く掘り下げられるような気がします。
皆さん、迷い道をしながらやはりそうやって言葉をだしているのかなあと
思ったりします。
溜息さんもほら。肩の力を抜いて思ったことを
素直に書いていけば、それが自分の言葉になっているのではないかな。。
やはり、ああいうレベルの人はきちんとキャラ作りや計算をしていますよね。
長いこと芸人でやっていくには
出す引くができるんだろうななどと思います。
よく職場でも余興のうまい人っているじゃないですか
自分を捨てれるというか
そういう芸できる人に惹かれるんですけど。
どうもいらない中途半端な羞恥心が邪魔をして。。
さくらさん
>宗教なしにどういう根幹でそれを教えるのか(さくらさん)
宗教の種類の違いにかかわらず、宗教というものが人に提供するものは、「信じる対象」だと思います。「信じる対象」があり「信じる心」があることが宗教の根幹です。
しかしもっと身近なところに類似の構図が存在します。
子どもたちにとって、最初に出会う信じるべき対象は神様ではなく、母親です。
「信じる対象である母親」と「母親を信じるこども」が類似する構図です。
もちろん宗教的なことではなく、純粋に、こどもたちが母親を信頼するように育つにはどういうことに気を付けたらいいのか・・、そのために母親はどう在ればいいのか・・、さらに周りの養育者もどういうことに気をつけたらいいのか・・、それを市町村単位で様々な立場の人たちの協力を得て充実させることが具体策の1つだと思います。
「信じる心」を一生懸命に育めば、宗教に依らなくても根幹はできる、と思います。
過去レスで、信頼感さんをはじめ複数のかたがそういうお話をしておられ、それを聞いて、そう思うようになりました。
母親と養育者へのアプローチというのは、無常感さんが仰る「大人から」そのものですね。無常感さんが仰る「家庭教育」にも通じます。
双方の合流点はどうやら信頼感さんが仰る乳幼児期にあるようです。(弱点さん、つっこまないでね、わかってます(汗))
宗教のなかで人々の行動規範を文字で明確に示しているのはイスラームのみです。アッラー神がつくったとされる「きまり」をイスラームの人々は律儀に守っておられる。たとえ優れた規範があろうとも、その前に信じる心がなければ規範の存在は無いも同然。イスラームの人々は生まれた直後から、先ずは信じる心をしっかり学んで身につけるのでしょう。彼らにとって「信じる対象」はアッラーなのですが、日本ではそれが「母親」であっていい。母の母、母の母の母、・・・ご先祖様(溜息さん)と繋がります。
ちょっと前のレスを繰り返します。乳幼児期から義務教育時期にかけての子供たちの「飢え」が「空気」の変化の阻害要因であろうという思いに至っています。
その強力な阻害因子に抗すには、乳幼児期の子育て(信頼感さん他)、国語教育(量的さん他)への注力を鑑みるべきではないかと考えるようになりました。
なぜならば、子供たち「一人一人の」乳幼児期の信頼感獲得なくして、成長過程で彼らが互いに良い空気を創ることは可能なのか? 子供たちひとりひとりが「信頼感」を獲得できたとしても友人や家族との「会話と相互承認が十分できる、そのための」国語力(離陸さん、スループさん他)無くして、子供たちが刺激し合い協力し合って(弱点さん、シルバースプーンさん、高校生親さん、こんな意見もさん他)良い空気を創ることは可能なのか?という疑問があるからです。
信頼感さん他の仰る信頼感の獲得ができれば、幼児期以降には規範を教える(規範を学ぶ)ということになるのであろうと思いますが、イスラームのようなキツイ規範を設定したところで守れるはずがありません。では、どのような規範が必要なのでしょうか。以前、視点さんがご紹介くださった、『約束守れ、時間を守れ、嘘をつくな、言い訳するな』のようなシンプルかつ的を得て、時代や地域に左右されないもの(動機さん、根本的さん)だろうと思います。『正々堂々』とか。このあたりは活発な会話があっていいと思います。
正々堂々・・と言えば。
民主・自民・公明の原発村議員がフザケタ官僚と協働して、たった3日で原発関連修正法案を通してしまいましたね。
原発監視委員会の答申まであと2週間というタイミングで、強行可決。
これにより、40年+20年と原発寿命は延び、恐ろしいことに、法案付帯事項によって40年という要の縛りも、すぐさま修正できる。
完全に「骨抜き」です。
国民の合意もなにもなく、原発村にプラスになるように、陰でコソコソ決めていく。
これは原発の是非の話とは別の問題です。
『約束守れ、時間を守れ、嘘をつくな、言い訳するな』の完全無視、これでいいのか(一目連さん、馬の骨さん)?
約束(原発事故の検証終了と復興が済むまでは再稼働しない)を破り、時間(原発使用限度を40年とする)を破り、嘘(原発監視委員会はじゃ何のためにあるのか?)をつきまくり、言い訳し放題(付帯事項で骨抜きにする)・・・このような官僚文学を育成するような国語力ではなく、正しく在る(適性さん)ための国語力を、こどもたちに教える必要があると思います。
さくら様
私はどうも気持ちが下降気味の時に、こちらに伺いたくなるようです。
優しい言葉をかけてほしいのでしょうか・・・
でも、こちらはメンタル部分を聞いてもらえる駆け込み寺などではなくて、皆様の意見交換の場としてスレを立てられたのですから、
スレヌシ様に子供のような甘えたことを言ってしまい、ちょっと・・・かなり恥ずかしいです(笑)。
掲示板という文字だけの世界で、自分の考えや思いを伝えるのって本当に難しいです。私の文章力の無さも、もちろんあるのでしょうが、
相手の顔が見えない分、自分の主張ばかりが先立ってしまい、思いが空回りばかりしているのかもしれません。
良くない傾向です。対策としては、仰るとおり、一度肩の力を抜いてもっと素直に書いてみることにします。
>書くことっていいんですね。
しかも、日常ではないことを
そうすることによって自分で、一端深く掘り下げられるような気がします。
ほんまに、そうやと思います。
又背中を押してもらえました。さくら様ってええわ~ ♡
さくらさん
>そんな時は、確信というより現実をそのままストレートに伝えている
>と感じます。
いろいろな方から、その人が見た事実を教えていただけるところが、
掲示板の良さですよね。
>以前は、教育勅語という話もあがっていましたね。
宗教色を入れないように苦労されたそうですよ。
少しアレンジしたらいいと思うのですが、抵抗がある人も多いのでしょうね。
だったら、もう少し遡って、諸藩から教材を集めて作り上げたらどうでしょう。
以前老眼さんが会津藩のものを紹介してくださいました。
教育勅語だって、そういうものを総合した結果でしょうから、
結局似たようなものになると思います。
あるべき理想は、日本はもちろん、世界共通なんだと思います。
話は変わりますが、私も元オウム広報担当者が出演した番組を見ました。
オウムの後ろに潜むものの気配に寒けがしました。
利用できる集団を常に探しているのでしょうか。
勝者の歴史に引きずられて、隙だらけなのでしょうね。
溜息さん
>「アバウト」だと仰った方は、私が自分の言葉にして語っていないことを、見抜いてらしたのだと思います。
いえいえ、みんなアバウトですよ。
そう言われた方もそう。
アバウトじゃないのは、自分の実体験を語るときだけじゃないですか?
気にすることなんてありません。
溜息さんはすごいです。根気がありますよね。
話には全然ついていけません。これではいけませんね。(反省)
無常感さん
>国民の空気は、なぜ戦争をしないのだ!と息巻いていた・・開戦の責任は国民にもあります。
>政府首脳は、この国民の感情におされて、「この戦争は勝ち目はないので、開戦しません」とは、言えない空気だったのですよ。
>勝てないと分かっていながら、言えなかった、誰かが言うと思っていたのに、
>ついぞ、誰も言わなかった・・それが、真相ではないかと思います。
国民のムードに押されて言えなかったって、あの当時それがあり得ますか?
相手の要求を受け入れた後の未来はないと、
当時の世界情勢から読んだからかなと思うのですが。
何百年も植民地として搾取され続けているアジアを見てきたわけですから。
>日本社会のあちこちで、いまでも、ありそうなことですね。
国民の空気に押されるなら、
今なぜ再稼働もするし、増税もするのでしょうか。
日本社会のあちこちで、いまでも、あってほしいぐらいですけど。
馬の骨さんが「昔の陸軍、今は原子力村」とおっしゃいました。
確かに似ているところもあるのかもしれません。
でも、似て非なるものでもあると思います。
今は一体どこを見ているのかわからないような状態に見えます。































