アートの才能を伸ばす女子教育
国立大附属は「誰でも入れる学校に」有識者会議
文部科学省で、「国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議」が開催されています。
国立大附属については、筑駒、学芸大附属、筑波大付属を念頭に、「特定の層しか入れない学校」と批判され、共働き家庭なども含めて、だれもが入れる学校にしなければならないとの提言がありました。
現状の国立大附属は「受験校」であるとして、本来の国立大附属の役割とは異なることから、改革が進みそうです。
進学校としての役割は、私立学校や都立学校が担うことになり、国立大附属は、進学校というイメージは消えていくかもしれませんね。
「うちの子、ケアレスミスが多くって」というのはエデュでも永遠になくならない定番の書き込みだね。
もちろん、「ケアレスミスなんてない。大部分はただのミス、力不足に過ぎない」というのが正しい。
10回やって7回間違えているようではミス以前の無知としか言いようがない。
といったことを愛を持って指摘したら「評論家」呼ばわりだからね。
私もJQさんに完全に同意だな。
井伏鱒二の短編で、作家として有名になった後で帰省したときのお母様とのやり取りの描写があった。
「ますじ」と呼びかけたはいいが言うことに詰まって「おまえもものを書いているようだが間違えないように字引を使わなきゃだめだぞ」という趣旨の訓戒をたれるという場面。広島弁の何ともいえない空気感が伝わらなくて申し訳ないが。
だいたい多くの人が(「大学」での知人や先輩も含めて)間違いに突っ込みを入れないのは、どうせたいしたことを言っていないのでろくに聞いていないという結果に過ぎない。
何か書いてあるのかなと思って読んでみると問題外のでたらめしかない。
司法受験落第生なら「起案」というものをご存知だろう。
「判決だって結論ありきなのだから一般条項で片付けがちである」というこれまた恥ずかしい大嘘を書いていたが、妥当な結論があるときほど形式的な根拠は重要なので、一般条項ではない条文や確立した判例法を示せないような「起案」はだいたい落第評価になる。
そこまでも辿りつけないレベルではわからなくてもしょうがないが。
>互いに最低限の敬意の存在が大前提であると考える。
>議論の質とは無関係な属性をあげつらう暴言ではなかろうか。
>説得力はもとより、品位の有無さえ疑わせかねないものだ。
れーにんは、気に入らないことを書かれたからって(削除されたけど)、書き込み停止になったスレで私をブス呼ばわりしたよね。
自分の書いたことは棚上げなの?
呆れちゃう。
>れーにんは、気に入らないことを書かれたからって(削除されたけど)、書き込み停止になったスレで私をブス呼ばわりしたよね。
呼び捨てか。
しかも、私のHNは、「玲仁」である。
きちんと表記しなさい。
ところで、標記につきお答えする。
その前に、私を指して「ゲス」と罵倒したのは君の方だ。
よもや、お忘れではあるまいな。
少なくとも、私の方からから他人様にそのような表現を用いることは絶対にない。
専守防衛である。
>JQ (ID:/YCyjs84Eck) 君へ
この際、再度君にも申し述べる。
君にはまったく反省の念がないようだ。
繰り返すが、他人をして「爺さん」「終活しろ」としばしば罵倒する君に呆れる思いだ。それは、お互いの意見の相違以前の問題のはずだ。違うか?
私は批判や異論であっても、真摯なものには誠意をもって対応する。
だが、それに値しないような中傷屋は無視をしたい。
換言すれば、いくら挑発しようと私からの意見無き輩は、その視点から相手にする価値なしとの断を下されたものだと考えてもらってよい。
ゆえに、あの評論屋さんからの駄文も無視をする。誤解なきように。
君とは建設的な意見交換ができると楽しみにしていたが、残念である。





























