神田女学園で私の「好き」を見つける
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
>医療の現場に立つとよく分かるけど、大学の偏差値序列と、実際にいい臨床医になれるかどうかはほぼ別軸の話です。
他のスレによると特別なスキームを使用した不動産投資が8割とか。
不動産業が主なのに医療現場にも立っているとは?
旭中央病院と君津中央病院、どちらも臨床研修医が全国から集まる病院として有名ですね。
旭中央は千葉医の医局との結びつきが強く、症例数の多さと総合診療力の高さで研修医からの評価が高い。
君津中央も同様に、地域の中核病院として高度医療を提供しながら教育体制を整えている病院として知られています。
旭中央・君津中央のような病院が地域医療と研修医教育の両方を担っているという構図、まさに千葉医が支えてきた地域医療体制の厚みを示す好例だと思います。
帝京大病院の件、正確には「撤退」というよりは移転ですね。
市原市姉崎にある帝京大学ちば総合医療センターは老朽化を理由に市原市ちはら台地区への移転を決めていて、2029年頃の開院を予定しています。
ただ、姉崎地区は総合病院の空白地帯だったところに市が誘致してできた経緯があるので、地元では移転後の医療体制の空白を懸念する声が出ています。実質的には姉崎地区からの撤退に近い影響が出る、という西千葉さんの理解で合っていると思います。
現場感覚として言うと、旭中央・君津中央のように地域に根差して総合診療力を蓄積してきた病院と、大学病院が経営判断で移転・撤退する病院とでは、地域医療への長期的な安定度がまったく違う。
旧医専系大学が地域に残してきた医療インフラの厚みは、こういう経営判断一つで揺らぐ大学病院よりも、地に足がついている印象があります。
補足解説を有難うございました。姉崎は沿岸工場の操業縮小や大型スーパー撤退が重なっています。どうやらアクアライン効果は充分に及んでおらず、病院も市内外房圏域への移動ですね。しかし移転先も、京葉線通勤快速の廃止の影響は、これからという所でしょう。以前は、慶應義塾大への通学も、それほどの負担感は無かったようですが。
姉崎の状況、京葉線の通勤快速廃止の影響も含めて、西千葉さんのご指摘、その通りだと思います。
2024年3月のダイヤ改正で蘇我〜新木場間ノンストップだった通勤快速が全廃されて、蘇我~東京間の所要時間は約20分延びたそうですね。
内房線・外房線沿線の自治体からは撤回を求める要望書が相次いで、千葉県知事も抗議したほどの反発が起きたと。慶應を含む都内通学・通勤の心理的距離は、この改正で確実に伸びていますね。
移転先のちはら台についても懸念は同じ方向を向いていると思います。ちはら台は姉崎よりさらに内陸で、京葉線からもアクアラインからも離れる立地。
新病院開院が2029年頃予定とのことですが、通勤快速廃止の影響が定着した後の医療従事者確保という意味では、姉崎からの移転が二重にハンデを背負う形になりかねないなと危惧します。
沿岸工場の縮小、大型スーパー撤退、通勤快速廃止、病院移転。これが同時多発的に起きているのは、単発の出来事の積み重ねというより、内房エリア全体の「東京からの心理的距離」が構造的に開いていっている一つの症状群として見た方が実態に近い気がしますね。
一つ一つは個別の経営判断・行政判断でも、重なれば地域の体力そのものを削っていく。。。姉崎はその縮図を見せられている気がします。
東大の国際卓越研究大学の認定は厳しくなった。君が望んだとおり東大は認定されないだろう。
他方、すでに東北大、東科大、京大は認定されている。
もうすでに決まったことについて、東大と国際卓越研究大学を結果で見てみようと言っているにすぎない。
東大が国際卓越研究大学に教育や研究等につき抜かされるようになるのではないかと言っているだけだ。
偏差値の上下動を持ち出しているけど、これも同じ穴に落ちている。
東大・一橋・横国が下落、千葉大・都立大が上昇。これは事実として受け止めるとしても、そこから「東大と国卓は今後どうなるか関心が高いでしょ」という結論に持っていく発想そのものが、受験偏差値の順位変動を人生の一大事のように扱う受験ジャンキー特有の視座の低さでしょ。
偏差値の数ポイントの上下、中高一貫校の顔ぶれの入れ替わり、これは受験市場の内部で起きている需給の変動に過ぎない。大学の統治構造が変質するかどうか、学問の自由が守られるかどうかという話と、偏差値ランキングの順位入れ替えを同じ土俵で語っている時点で、あなたにとって大学とは「偏差値表の中の記号」でしかないことがわかる。
「関心が高いでしょ」と他人を巻き込もうとしているのもズレている。統治構造の議論をしている人間にとって、東大の偏差値が何位かは論点ですらない。偏差値の変動を追いかけることに人生の関心の重心を置いている人間だけが、この話を偏差値表の続きとして読んでしまう。
中学受験の話も国卓の話も、あなたのフィルターを通すとすべて「順位表のどこが動いたか」に矮小化される。それがあなたの限界。
社会人として社会に居場所がなく、受験板が安住の地で、受験以外に何一つ語れないジャンキーの正体でしょうね。






























