在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
晃華学園小学校内での体罰について
暁星小学校の掲示板に、この小学校が体罰を容認していることを問題にするスレッドが立っています。
晃華学園小学校は、マリア会という同じカトリック修道会が経営する、暁星小学校の姉妹校です。
すると、晃華学園小学校でも、同じように体罰が容認されているのでしょうか?
学校現場での体罰は法律で厳に禁止されています。これに対し、いかなる言い訳も許されません。
世論の関心が高まっている桜宮高校の場合は、大阪市立だったので橋下市長が介入して、体罰を禁止する方向にむかっています。
しかし、私立の場合は、教育委員会の管轄外のため、体罰があっても監督官庁がなく、事実上野放し状態となります。
この学校を志望するかどうか考えている保護者にとって、これは、決して見過ごせない極めて重要な問題です。
晃華学園小学校の中での、体罰や児童虐待について、情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、どなたでも、ぜひお寄せ下さい。
いやならやめろってさ、とりあえず入学案内のどこを見ても「必要あらば手をあげますよ」なんて書いてないんだけど。
それに、加配をつければ学校は対策しつくしたことにもならんでしょうに。
荒れてる原因を家庭と学校が探ろうとする努力はあったの?学校は手を尽くした。だからあれは家庭のせいだって
その家庭がわが子の荒れを理解してるかどうかは知らないけど、反対に、その家庭だって悩んでる可能性だってあるわけでしょう。
何を知って「家庭が悪い」と言っているのかが意味不明。
分かっているのは「体罰があったこと」「臨時保護者会が開かれて学校側から説明があったこと」
入学を考えている人が知りたいのは「まだ体罰があるのかどうか」
それ以外の「家庭に問題がある」「学校は手を尽くしてる」というのは憶測以外の何者にもならんでしょう。
嫌ならやめろって、そんな態度だから今の現状があるんじゃないの?定員充足はあと何年もつかね。楽しみ。
そのお子さんに入学許可を出し、晃華に受け入れたのは前校長と学園長なのですから、その児童や保護者を
批判するというのは校長を批判するに等しいというのは私立の親なら分かりますよね。
周囲が「あの親子はおかしい。転校すべき」と思っていても、全ての決定権は校長にあります。
学校は第二の家庭、という建学精神にもあるように、問題を抱えた児童をもキリストの愛で赦し、家庭的な雰囲気の中で
皆で支える必要があります。それでこそカトリック学校です。
体罰教師は校長のご判断で晃華を去ることになってしまいましたが、今回のお子さんの件は「迷惑だから去れ」などと
周囲の保護者が騒ぎ立てる問題ではないでしょう。
こういう事態は初めてではありません。昔からありましたよ。さすがに体罰は行き過ぎだとは思いますが。
学校側は説明責任を一応果たしたわけですから、あとは校長のご判断に従うのみです。
前校長が入学試験で件の児童を見て
「この子には神からの宝物が宿っている!」
と直感したから晃華ファミリーに迎え入れたのよ。
親の知性品格ともに優れていたからファミリーの一員になったの。
そこが納得できないなら、前校長に再びご登壇いただいて
「この児童と親の中に、いかにして
神からの宝物を見出だしたか」を語ってもらうしかないわ。
弱者(在学中に病気やハンディキャップが出てしまった児童を含む)に対する
学園側の対応が問われますね。
たたいて怒鳴って「公立へ行け」と追い出せば済む問題?
たとえ転校を勧めるとしても、禁止されている体罰を加えてしまった後では、
事はそう簡単には運ばないのでは。訴えられても仕方ないレベル。
ハンディキャップのある子(あるかも知れない子)を
クラス全員の前でたたいたなんて、あまりにも酷い。
感情論はともかく、なりゆきによっては法的介入が必要になるでしょうね。
問題は体罰があったかどうかではなく、
自分こそが正しいと主張されたいがための書き込みではないですか?
それほどまでにご自分が正しいとの自信があるのなら、
このような匿名掲示板にこそこそと書き込むのではなく、
堂々とされていればよろしい。
それから、障碍者の受け入れについて、誤解があるようなので
訂正させていただきますが、この学校は過去に障碍のある方も受け入れています。
障碍のある生徒さんも、特別扱いはされず、
さりとて、皆さんと同じカリキュラムを受けられるのは、
学校と保護者の方の、相互理解と協力なくしては、不可能ですから、
すべての障碍のある方が受け入れ可能、という訳では
ないと思います。(特別支援を前提とした学校ではないため)
信者である必要はありませんが、宗教心といいますか、
謙虚さ、人間を超えた存在への畏怖心、というものを
理解されない方は、ご縁がない方がお互いの為です。
体罰があったことが最大の問題です。
ハンディキャップが疑われる子をたたいたり怒鳴ったり
親の躾が悪いんだから去れ、と責め立てるなんて
キリスト教の愛の精神からかけ離れています。
ご縁があって入学してきた児童を、第二の家庭である学校は
全力でケアしなければなりません。




































