在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
愛光 県内枠なくなります。
本日、愛光のオープンスクールに出席した者です。来年度から 県内枠120名がなくなるそうです。県内受験生にはどの様な影響が出るか少し不安です。
日能研では、東京・大阪会場と本校会場の偏差値を別々に表示しています。R4(合格可能性80%ライン)偏差値は 最も目にする数値ですが、東京・大阪会場が 63に対して、本校会場は 56となっています。現在では 7ポイントの差が付いているのです。
首都圏や関西圏では 完全中高一貫制を取る学校が多いため、中学受験の競争も激化しやすい傾向があります。たとえば、麻布、武蔵、栄光学園、甲陽学院、洛星、大阪星光学院・・・・こういった学校への入学を希望する場合、一度きりの中学受験で結果を出さないといけないため、12歳という年齢に見合わない程の努力を強いられることもあるでしょう。別の見方をすれば、本人が潜在的に示す意欲や資質、能力とは関係なく、単に知識太りしたに過ぎない児童を増殖させる悪影響もあるのです。受験テクニックの習得を過大に評価すれば、人間の発達過程や 学びの本質を疎かにした教育論が幅を効かせることになってしまいます。こういったことにも注意を向ける必要があるのです。高偏差値に拘る気質の裏側には、好ましくない副作用のあることも、しっかり認識しておきましょう。都市圏で有名な学校に 高い偏差値が付き易いのも、ある種の“かさ上げ”効果に負う部分が多いのです。小学3~4年生から熱心に進学塾へ通って 65の偏差値を獲得する層も居れば、小学5~6年生から準備を始めて 60の偏差値になる層も居る・・・・。これが中学受験の実態であり、地域間格差の出やすいのも受験文化の違いをよく反映していると感じています。要するに、全国規模で見た12歳段階での偏差値はあまり当てにならないのだと言えます。ラ・サールや久留米大附設、東海と言った学校の偏差値が、首都圏の学校と比較して 相対的に低めに出ているのも、そういった事情を反映するものでしょう。いわんや四国の学校をや・・・なのです。
言うまでもなく、中等教育の本分は、生徒たちの自立を支援していくことにあります。学校側には この6年間をどのようにサポートするのかを示す務めがあり、生徒募集に当たっては、どのような入学生を求めるのかをメッセージする必要がでてきます。単に偏差値60以下の児童は入学させたくないと思えば、そのような入試を実施すればよいし、多少スタートが遅かった子でも やる気をあるリーダーを育てたいと考えるならば、それに見合った選抜をすればよいでしょう。
最も危険なのは、学校側が中等教育の本分を蔑ろにして、外面を装うことだと思います。偏差値云々は、どのような受験者層に支持されるのかを知る手掛かりにはなりますが・・・・。学校教育の中身をどのように充実させるかとは、直接関係のない話です。偏差値で輪切りされない特徴を出して欲しいと願うのも、それに通じています。寮制度をどのように運用するかもそうです。たとえば 中年世代にとっては、ボールディングスクールに相当する学校として、ラ・サールや愛光の名前が挙がるのが常でした。今日、時代遅れの旧いやり方で 教育的な意義が薄いものと評価されるのならば、きちんと周知したうえで舵取りを図ればよいでしょう。学校側がなし崩しにせず、目指す教育をやり抜く覚悟が必要なのです。
また 進学塾の関係者で、「学校の教育の中身には興味がない、どんな偏差値が付くかが 学校の価値を決めている」と考える人はどれくらい居るのでしょうか?前受け校を 偏差値と日程の都合で選ぶということは間々あるでしょうが、実際に入学する学校を 偏差値頼みで決めるかしら・・・・。中高の6年間を過ごす学校ですよ。簡単に入ったり辞めたりできないことを考えれば、塾や予備校を選ぶより慎重になるのが通常でしょう。これに応える仕組みがなければ、どの道入学する学校として選ばれることはないのだと思います。
旧い時代であっても、灘や甲陽学院、洛星、ラ・サール、久留米大附設、広島学院の併願校となっているのは周知の事実でした。しかも簡単に情報が入手できない時代・・・・。それでも覚悟して入学してくる者が大勢いたということです。単なる懐古趣味を言っているのではありません。問われているのは、「これからどのような教育の場を作っていこうとしていますか?」ということです。
学校の性格付けが周知され、それに適った卒業生の活躍が広く認められるようになって、はじめてブランド云々の話がでてくるのです。進学塾が付ける中学受験の偏差値によって、直ぐに評価が乱高下してしまう類いの話ではないと考えています。高偏差値自慢をしたくて 学校に入学するわけではないので、まるで性格の違う話だと感じているのです。
『愛光学園50年史;1953ー2002』の中に、寮の意義を評価した箇所があります。引用しておきます。
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P.283ー284
【寮の意義を再確認】
寮の増設に次ぐ増設は、財政面ではなく管理の面からも教師たちの負担を大きくした。地元生の増加を図ったのも、寮体制を一定の水準にとどめたいとする意図によるものだった。
しかし教師たちは、寮生と接する過程で寮の存在を再評価することになる。寮生たちが自宅から離れて集団生活することは、さまざまな葛藤、摩擦を経験することであり、そこから生まれる自立心は学校教育では得られない貴重な何物かがあると認識を共有するようになった。事実、客観的にみて寮生の多くは自立心を養われている、との見方が強まった。
これらのことから教師の間に、「寮を学園の特色としてよいのではないか」ーとの共通認識が生まれ、それは入寮希望者の全員収容、ひいては全国からの志願者を受け入れるとの学園の方針へ導くことになった。
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今日 中高一貫教育を行うのは、私立に限られたものではありません。公立校でも有力な中等教育学校があるのは周知の事実ですし、なかには寮設備を備える学校さえあります。また 首都圏や関西圏の私立校では、複数回受験する機会が設けられたり、コース制度の募集をするのが一般的になっています。5~6校受験するというのは 普通のことで、「合格=入学」とはならず、合格発表後に選択肢が残るケースも珍しくありません。
大切なことは、「入学したい学校」の有力な候補に挙げられることだと考えています。「何となく名前は知られるけれど、入学するのは躊躇する」という位置付けならば、中長期的には入学生の確保が難しくなり、凋落に向かうでしょう。偏差値がそこそこ高く、大学進学成績もそこそこ良いというだけではね。それは週刊誌を見れば直ぐに分かることですし・・・・。これまで縁がないと諦められていた層にも、きちんと特徴が認められる広報活動が要りそうです。募集人員200名の学校なので、一般受けなんてしなくて構わないですよ。使える資産は 何でも活用するという積極性や貪欲さは必要だと感じています。とにかく良い方向へ進むことを願っています。




































