充実した教育環境の日大付属高校
附高復活の方策は?
完全中高一貫にして筑駒のようにする。
だがこれをやるには各附属中学の定員を減らす必要がある。全員同じカリキュラムで同じ校舎でやるには数校の中学を統廃合するしかない。各中学の反対でこんなことできないんでしょうね。
附高の凋落はこのままでは止らない。益々日比谷、翠嵐に差を付けられる。
附高がしっかりしないと附中のレベルも下がり、途中で抜ける生徒も止らない。
数多居るOB,OGは現状を何とかしようと動かないのだろうか?
全然普通に支持されていると思いますけどね(笑)
寒いから上から何か羽織ったり、若いんだし多少の着崩しは
当然するだろうし、校門で監視するような学校でなければ
ブレザーにしようが何だろうが別に変らんでしょ。
附属幼稚園からウルトラ内部で普通に東大に行く人もいれば
高校から来たけど、他にもいろいろ興味がでてすこしハードルさげて
早慶とかに進む人もいれば、人それぞれ、そこが特徴ですしね。
お笑いのなんとかさんもそんな感じって言ってたし。
まあ東大がゴールな人は、より有利な条件を求めて
違う学校に行ったってところなんでしょうけど、
ゴールは人それぞれだしね。
医学部以外の理系は、極端な話
割とどこに行っても変わらないと思う。
本気にならないといけないのは入学後ですからね。
大学院に進むのには予備校も模試もないからね笑
話は戻るけど、愛着があるから制服は変わらないでしょうけど
服や着こなしが変わって進学実績が変わるんなら
どこもみんなそうするでしょう、
その帰結が爽やかブレザーなんだったら、まあお気楽ですね。
フレックスパルさんは、着崩しの実態がどんなに酷いか、あまりご存知ないのだろう。
実際に見たら、「全然普通に支持されている」等とは到底思えないはずだ。
>服や着こなしが変わって進学実績が変わる
からこそ、中堅高校では、制服モデルチェンジに熱心で、「新しい制服」を受験生にアピールし受験生獲得に苦心している。
そういう中で、70年前とほぼ同じ古臭い学附の制服は、全く受験生にアピールしない。昔は、紺の詰め襟やセーラーを着たくて学附を志望した生徒もいたらしいが、今は果たして?
そして、酷い着崩しが街ゆく市民や中学生に学附のネガティブイメージを掻き立てていることは、言わずもがな。
そして、実際に着るとやはり窮屈なので、翠嵐や日比谷では着用禁止が校則に明示されているパーカーが、学附では大活躍、着崩しの主要なツールになっている。
学生服の下に着て前ボタン全開したり、上に着て制服そのものを隠したり。パーカーだけで制服の上着を着てこない生徒も。
あと、襟章外しも横行。
これらは、生徒が制服や襟章に誇りを抱いているなら、絶対しない行為だ。
>寒いから上から何か羽織ったり、若いんだし多少の着崩しは当然する
というレベルではなく、「目立つ制服」をできるだけ隠したい――凋落してきた学附に、そしてその制服にコンプを抱いているからこそ出る感情だ。
合格実績と、着崩しはあまり関係ないのでは?
子供は東大合格者が多かった頃の在校生でしたが、その頃も着崩している生徒は多かったと思います。
当時は髪の色を染めている子もいたり、かなりフリーダムだったと記憶しています。
個人的には、制服には意味がないと思っていて(制服のない学校出身だったので)、制服は自由服の一種ぐらいのイメージでした。
正直どうでもいい話だと思っていました。
子供の方は、あくまでも反抗的な意図があって着崩していたようですが。
それによって、学校のイメージが悪くなるのもいいのではないかと。
東大に行った子供も、母校の東大合格者が減った云々のようなニュースにはまったく興味がなく、「国立は研究校なのだから、出来ない生徒を集めるとか、校則を守れない生徒を集めるとか、普通の学校ではやらないことをやればいい」と言っていたほどです。
私も同意見です。
国立附属は、他の学校には出来ないことをどんどんやってもらうのがいいと思います。それでこそ研究校、実験校の意味があると思いますので。
まともな、しっかりした学校づくり、受験実績を重視するのは、公立や私立に任せておけばよいのでは?
良く知ってるつもり、ではありますよ。
来週も行きますし。
着崩しや髪染め、ピアス、例えば学校での成績と何の関係もないですね。
そして、すくなくとも制服に文句があって嫌だ、廃止したいという話は
昔一度だけそういう流れがあったそうですが、逆に言えばその魅力で
勝手に消えてなくなって現在に至る、という話ですね。
普通に見ても、どこの生徒さんかわからない、現代の標準学生服みたいな
ブレザーの制服と明らかに違う制服、というのはどちらかといえば
誇りと伝統、みたいなものに結びつくでしょうね。
附属高校らしさを追求するので方向性は間違ってないと思いますよ。
他と同じような高校になって、みんなブレザー、予備校みたいな授業
になっていったとして何が良いんですか?全く分かりません。
俺附高関係者だけど、なんで生徒達は学ラン嫌い、セーラー服嫌いだから着崩して、それが地域の人に嫌な印象を与えてるみたいな考えになるんか、よぅわからん。みんなそういう着崩しを楽しんでいるし着崩しがダメという校則はない。着崩しが地域の人に注意されたなんてことも聞いたことない。
附高の中の状況なんも知らんくせして翠嵐日比谷上げ附高下げする理由を教えてくれ。
あとどうでもいいけど今年の東大推薦で附高2人受かったって情報があった。真偽は不明だけどサンデー毎日の合格者は82人しか載ってなくて9人所在割れてないからわんちゃんある。いなかったらごめん。
ここは、附高復活について語るスレでしたね。
個人的にはさんのおっしゃる「反抗的な意図があって(制服を)着崩していた」。制服着崩しによって「学校のイメージが悪くなるのもいい」…
これは、まさに附高の現状ですね。
そして「まともな、しっかりした学校づくり、受験実績重視」なんていらない…
なら、要するに現状追認しているにすぎません。あるいは現状を更に悪化させるだけ。これなら附高復活の方策とは言えません。
たしかに、1990年代あたりにも制服着崩しはあったでしょう。例えば男子ならほぼ全員襟は開けましたが、ボタンは第一までほぼ全員はめていました。その頃は皆制服に誇りを持っていたので、現在のような前ボタン全開ということはなく、着崩しにも、息苦しさから逃れたいからホックだけ外すとか、時にはお子様の様に服装強制への反抗心の表明とか、節度や理由があったのです。
現在はどうでしょうか? そういう節度や理由はありますか?
jetさんが、生徒は「着崩しを楽しんでいる」とおっしゃる通り、生徒個人の「楽しみ」だけのために着崩しをしているのです。「イメージが悪くなるのもいい」と容認する人がいても、そのイメージダウンは附高全体に降りかかるのです。「楽しみ」のために附高のマイナスイメージを振りまくのは止めて頂きたいものです。「着崩しが地域の人に注意されたなんてことも聞いたことない」とのこと、そりゃそうでしょう。地域の人は別に附高の生活指導要員ではありませんから、注意する義務なんてありません。ただ、着崩しを軽蔑の視線で顔をしかめ黙って見ているだけでしょう。そういう冷たい視線から、附高の社会的評価が高まり復活することはあり得ません。それでももし着崩しが注意されることがあれば、その方は附高の将来にまだ期待しているのだと思って、感謝すべきです。本当は、先生がやるべきことですが。
とにかく、附高には制服があるのですから、それを附高復活の重要な手がかりのアイテムとして活用すべきです。そこでどうすればよいか。
いま、考え時ですね。
>これなら附高復活の方策とは言えません。
復活させたいと思っている人は多くないのでは?
つまり、制服を附高復活の手がかりに!さん 自体がマイノリティかも。
何故、復活させたいのかも疑問。
論理的に説明できないでしょ?
単なる、感情論だから。





























