在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
西大和入試はなぜ偏差値順に合格しないのか
一般に塾偏差値と合格率は相関関係がある
洛南女子、四天王寺医の場合、
偏差値70以上ならほぼ合格で、65以下ならほぼ不合格。
しかし、西大和女子の場合、
70以上でも不合格が普通にあり、65以下でもぼちぼち合格者がいる。
さらに母数の多い西大和男子の場合、
某N塾男子実績 塾平均偏差値別合格率
60-65 受験者数 27 合格者数 13
55-60 受験者数 8 合格者数 4
どちらも5割で大差なし。
原因として、国語、算数の問題数が少なく、配点の高い問題が多く、博打性が高い。(難関大学の数学みたい?)
受験者レベルに問題があっていない。
受験者が多く、記号問題が多いので、実力がなくても正解してしまう?
西大和入試はなぜ偏差値順に合格しないのでしょうか?
他スレ情報より
>能開女子クラス別合格者内訳(上位から?)
αクラス 西大和 1人 洛南 1人
女子最難関クラス 西大和 15人 洛南 5人
四天王寺クラス 西大和 2人
星光西大和クラス(男女混合) 西大和 5人
だそうですよ。
そのようなことになると、
能開の西大和の偏差値は作為的に上げているということになってしまいますね。
洛南女子 偏差値67 合格者7 (総合格者数72)
西大和女子 偏差値67 合格者23 (総合格者数41+α) うち21世紀7
四天王寺 偏差値66 合格者10 (総合格者数75)
「歴史は語る」さんの書き込みの通り、東大寺や洛南も10年前は「新参者」として執拗に叩かれていた、という事ですね。
面白いです!
同じ人が、叩いていたのは別格・灘とかの関連ではなく、当時は、東大寺や洛南より実績のあったのに今はランキングから完全な姿を消している学校関係者かも、と投稿しているのがもっと面白いですね。
浜は、灘の数を増やすために、80年代末に大阪進出を計画、実現した。大阪の優秀層を集めながら一方で星光の数を出すことを考えるようになった。その中でそれらの併願校として奈良の東大寺、西大和、帝塚山が利用され、浜、希戦争の中でこれらの数を出すためにフル受験パターンを推奨してきた。
東大寺や西大和、帝塚山にしめる大阪出身者が増えることになった。
大阪在住者で灘、甲陽をめざして通うつもりの者は、東大寺や西大和に通うことに負担を感じない。いくら近くて便利でも地元の中学には通わない。
灘、甲陽不合格で、東大寺、西大和に合格したが、通いにくいから行かない、という矛盾したことを言うもの大阪在住者にはあまりいない。
そこで灘、甲陽に届かず、星光を合格した場合に、東大寺>星光>西大和の関係から、近い星光を蹴って西大和には行かないという理屈はありえる。
でも星光と東大寺では、近いから星光にする、という者は当時はいた。
10年前の東大寺と洛南が「新参者」と叩かれていたわけではなく、
10年前に、「40年前の東大寺と洛南はダメダメだったよね」という無意味な叩き合いをしてただけですよね。面白いです。さん、そんなに面白いかな?
10年前じたいは、東大寺も洛南も、押しも押されもせぬ最難関ですよね。洛南女子は頂点だし。
50年以上前、前身の金鐘学園と東寺高校時代に底辺だった、って持ち出されて叩かれてたのがそんなに面白い話かな。今でもたまにいるよ、灘なんか神戸高校の滑り止めだったって言い出す老人。
西大和のことでさえ、創立当初は不良が他校とケンカしてたような学校だったと、今わざわざ出してきて叩く人はいませんよね。そんなのよくある話だし。
>大まかにはお説の通りかもしれませんが、さすがに手塚山は灘の併願校であった過去はないかと。当時の西大和は中学受験での併願校ではありませんし。
違うよ。当時は奈良の日程が前だから、帝塚山、西大和、東大寺、は併願セットで受けたんだよ。
西大和は、当時から、併願校です。




































