女子美の中高大連携授業
女子にとって丁度良い大学
レベル高すぎて男や仕事に対して理想が高くなりすぎるのも困る、低すぎて縁談や就職で不利になるのも避けたい。
女子にとって理想の丁度良い大学はどこだと思いますか?
> これからは男女が半々いる日本では、同じ位の比率で管理職にもつく時代になるでしょう。
ここから先は女性の意識が変わらないと無理。専業主婦願望や結婚相手に年収1000万円超の男性を求めているようではまだ先。高い収入やステータスのある女子が、下方婚をしても何も違和感のない環境にならないとね。
どうすればよいか。ただ観念論的に念仏を唱えていただけで、人間の意識が変わるものでないことは当然である。それは今般のスポーツ界での女性差別問題が、最高幹部に女性が就任し、理事者にも女性が多く加わったとの社会的実在でもって実践的に改善されつつあることからも明らかである。
そこでマルクスはそれを見事に解き明かした。
「人類はその生活の社会的生産において、彼等の意志とは係わりのない、特定の必然的な関係―彼等の物質的生産力の一定の発展段階に照応する生産関係を結ぶ。この生産関係の総体は、社会の経済的構造、真実の土台をなすもので、この土台の上に、法制上および政治上の上部構造が聳え立ち、一定の社会的意識形態がそれに照応している。物質的生活の生産様式が、社会的、政治的および精神的生活過程一般を条件づける。『人間の意識が彼等の存在を決定するのではなく、むしろ反対に、人間の社会的存在が彼等の意識を決定するのである』_『』は引用者」(『経済学批判』序文)
「平等だ」と何度夢想しようと、それだけで不平等の現実は1㎝も変わるものではないのである。
>時間をかけて少しずつ変えていくしかない。強制して急激に変えれば社会に歪ができるだけ。
そうして、常に理論・理念と実践とを切り離し、あるがままなる現実のほかに何らかの「真の存在」を設定しようというものが、プラトン以来の観念論の歴史であり、欺瞞的常とう手段でもあった。
他方、われわれはどこまでもそれを実践と切り離さない。むしろ、認識そのものが実践の中から生まれてくるのである。とくに女性の権利に関しては、ただ形式的な自由権や平等権を念仏の如く唱えてもー「フランス人権宣言」や「米国独立宣言」あってさえ、そのフランスですら日帝同様に先の大戦終了まで女性に対する参政権がなかった―その限界を露呈していたのである。
したがって、世の中を進歩させる源泉は「実践」、たとえば「世界の女性の憲法」といわれる『女子差別撤廃条約』の1985年日本批准が大きな影響を及ぼしたのであった。そうした運命の秘密をはっきりと自覚し、それをして自己の生存の目的―自分が人生の主人公であり、人間らしい生活を為すこと―実現のために意識的に適用・実践するのでなければ、女性はいつまでも「女性として生を受けたことを後悔する」人生の奴隷であり続けることだろう。
正直年収1000万の男性との結婚が成就しても裕福な暮らしができるとは
思えません。
うちがそうですが子供は一人なので一人分の学費、住宅ローンで結構
なくなります。
なので車は中古国産車、服はユニクロでも少し高く感じる。
食事も輸入肉は食べないけど和牛はなかなか口に入りません。
娘はそんな暮らしぶりを見てるから1000万の男性じゃ納得できないから
自分で稼ぐしかないかと諦めています。本当は専業主婦になりたいのにね。
> 他方、われわれはどこまでもそれを実践と切り離さない。むしろ、認識そのものが実践の中から生まれてくるのである。
現場を動かしたことがないのかな。理想を掲げそれに近づけようと努力はするけど、現実とのギャップが大きい場合は、段階的に一歩ずつ進めていくものだよ。




































