アートの才能を伸ばす女子教育
なんで早慶ばかり各界で活躍する人材が目立つのか?
カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した是枝裕和監督も、過去2回受賞した今村昌平監督も早稲田文学部出身と言う事を思い出しました。
文学の世界でも実業の世界でも政治の世界でもマスコミ業界も、
目立つのは早慶出身者ばかりじゃないですか。
こういうと「人数が多いから」とトンマな事を言い出す方が必ずおりますが、
早慶VS旧帝に置き換えても歴然とした差があります。
どうしてこういう事になるのでしょうか?
「東京六大学応援団連盟」では、たしかに応援団(部)は4年になると全員「幹部」として処遇される慣例のようだ。その意味では、お説のように年功制であるといえる。
しかしながら、体育会各部も試合でこそ有力下級生の登用はあるものの、それ以外の団体管理・運営面ではやはり、年功的に上級生が下級生を指揮命令・指導するとの構造があるまいか。実際に野球部でも、レギュラー選手として先発出場する下級生であってさえ、試合直前まで下級生としての務めを果たさねばならないとも聞く。他方で、公式戦においても、調子の上がらない4年生選手をずっと先発出場させ続ける例もある。一説には、翌春からのプロや社会人野球に向けての「就活」のため、ともいわれる(逆に言えば、すでに内定済みの学生はベンチに置いていてもよい)。その意味では、年功的に上級生中心に試合出場メンバーを組むとの発想や慣例は、部員らの部への信頼感を醸成し、そこに希望と安定感をもたらすものであるような気がする。
そして、高度経済成長期に財界が取り入れた日本型雇用慣行(終身雇用制(長期雇用制)、年功(賃金)制、企業別組合)も、そうした在り方の延長線上にあるものと考えられる。したがって、その是非はあろうが、これまではそれなりの説得力を以て、それが日本社会に容認されきたのであろう。だからこそまた、そうした価値観を体得した体育会学生らが、そうした企業から歓迎されたとも思われるのである。
なんだか、大学論、組織論、現代日本文化論、或いは現代日本社会論
みたいになってきましたねぇ(苦笑)。
私としては実力主義性質の強い体育会クラブに応援部(団)的年功序列要素が
あることを否定するものではありません。どちらの要素もあり、
どちらの要素が強いか否か、という問題なのではないか、と。
大体、むしろ世間一般のイメージは応援部(団)も体育会も全部一緒、
上下関係の厳しい年功序列型組織、ということになるでしょうし。
大学ごとによって、また、競技・種目によってもその度合いは変わります。
例えば早大野球部はまさに「野球道」を実践している感じです。
彼らの野球は球技ではなくもはや武道です(苦笑)。
対して慶応の野球部なんてスローガンが「エンジョイ・ベースボール」
ですから(苦笑)。
応援部(団)、だけではなく、体育会クラブの一年生も日々の雑用に追われ
つつ、将来の4年生幹部を夢見ていることは想像に難くありません。
そして、たとえレギュラーになれなくとも、たとえ主将、主務や副将などの
役職に就けなくとも、耐え抜いて4年間を全うできればそれはそれで
十分称賛に値することでありましょう。
上下関係を身に着けた体育会学生は企業に歓迎されるというお話も
ありましたが、さらに言えばそうした体育会出身の元学生が企業に
入ってから、上下関係、年功序列といったものを拡大再生産していく
のが日本の企業の一つの姿ですね。欧米人の企業家には意味不明でしょう。
ポイントはネット、就中、SNSの普及がそうした日本的応援部(団)・体
育会的上下関係にどれほどの影響を与えるか、ということです。
クラブの後輩を見ていると人間関係が明らかにかなりフラットに
なってきたと感じます。他の部の同期も同じような見解です。
間違いなくSNSの影響があるでしょう。
中根千枝が著した「タテ社会の人間関係」は現在でも十分に通用すると
思いますが、SNSのより一層の普及で、応援部(団)・体育会や
企業の風土・文化・体質も徐々に変容していくことでしょう。
昔あることで、元少年飛行兵の方々の団体たる「少飛会」の方と知己になったことがある。少年時代に御国に命を捧げるとの連帯感で培った彼等の友情は、いつまでも強固であった。また、それに遠く及ばぬものの、私自身も同期のみならず1年上級の先輩方との関係は続いている。残念なことに元主将は病で亡くなったが、元副将の方との交際は現在も続いている。あるとき急にまとまったカネが必要になったとき、何も言わずにすぐに用立ててくれたこともあった。今でも感謝している。青春時代のわずか数年間でしかなかったとはいえ、文字通りともに汗を流し、苦労し、同じ釜の飯を食ったとの経験は、ことほど左様にその後の人生にも影響を及ぼし続けるものなのか。卒業後〇十年経っても、会えばすぐにその当時に戻ってしまうのであるから。
同期の存在は本当に大切に思いますねぇ。
社会的にはまだまだ若造の部類に入る自分自身と
お説の、戦争を実際に潜り抜けられた方々とを同列に並べることは
さすがにあまりにも僭越すぎるように思えてできませんが(汗)。
一学年上と一学年下は同期を除いて一番身近な代であると同時に
厄介なライバル(候補)でもあったので結構複雑だったりします(苦笑)。































