アートの才能を伸ばす女子教育
東大は、更に首都圏出身者の割合が上がる
コロナ騒ぎで地方からの首都圏への受験生が減る。
現在、東大は地方出身者が約1000名。
その約1000名分が首都圏の子供に置き換わる可能性が・・
とすれば、来年の受験生は大チャンス!
開成筑駒を蹴って、日比谷に行く子が意外と多いんです。だから、東大合格が増えてる。
我が子は、そこまでじゃないので、慶女行ったところ、高校受験組は、日比谷蹴りが多い。
開成筑駒の子の賢さを知っていて、自分との知性に対する真摯さや性質の違いを達観してる…。
賢い子を試験で集めれば自然にこうなる
日比谷の強みはシンプルに東京にあることだよ。受験生の母数が多いと紛れは少なくなるし底のレベルが上がるからね、特にトップと2番手以下は必ず大きな差が出る。勘違いしている人が多いけど大学も高校もアスリートもトップチームの凄さは頂点のレベル差じゃなくて中位~下位層のレベル差なんだよ
かつては(かなり昔)は東大合格者数は日比谷、西、戸山など都立高校が競っていた時代があった。日比谷は190人位だったと覚えている。当時は浪人が当り前だった。その後、学校群制度の導入により、2~3年のうちに国立、私立の後塵を拝するようになった。
東京都
1967年から1981年に実施。東京都は、学校群制度を導入して群内各校の学力を均等に合格者を割り振るため、日比谷をはじめ西、戸山、新宿、小石川、両国、小山台、上野などの名門都立高校の東大をはじめとする難関大学への進学実績が低下し、特に日比谷では急速かつ極端に落ち込んだ。名門都立高校と同じ学校群を構成した青山、富士、国立などは進学実績が急速に上昇した。この制度導入以降、都立高校全体の難関大学進学実績は長期低落した
1967年に15歳だと1952年生まれで、団塊世代の大学受験(大学進学者数は短大を入れても40万人台で、大学進学率15%~20%)の少し後ですね、東京の学校群制度の導入
団塊世代と団塊ジュニアの間の谷間の今現在70~55歳辺りの出生数160万人台が対象で、1981年に15歳だと1966年生まれで団塊ジュニア世代へは適応されていないのかな、計算上
元々、東京は戦前からの私立高校が多く機に乗じて、中学受験というスタイルを作り上げた
あとは学校群制度を始めた理由の一つに住所を偽っての越境入学で当時の都立高校を受験して入学が横行していたのも、制度導入へと後押ししたと聞いたことがある
____________________
どこの道府県も公立高校は団塊ジュニアの人数に合わせて新設したところは多い、そこは東京も含めて下位から統廃合されて行くと予測されます
70代の高齢者が騙る昭和の中頃の受験の日本昔話って、何でしょうね?
東京都も含めてピーク時に団塊ジュニア世代200万人の高校進学に備えて1970年代に多くの公立高校を新設したのは何処の道府県も同じ
教員採用も教員養成にもニーズが多かった時代
その過程で各都道府県で公立高校の受験制度や学区域等々は様々に制度変更が為されてきたと思われる、私立中高も交えてね
6年後から高校入学者数が減少は判っているので、どこも再編に向けて決定していく
意外と戦前の旧制中学や高等女学校だった高校は根強く残りそうな気配
調べてみました!
第一学区(千代田区、港区、品川区、大田区)
11群 日比谷、九段、三田
12群 赤坂、城南、八潮
13群 大崎、南、雪谷
14群 小山台、田園調布
15群 大森、羽田
91群 一橋、忍岡、竹台
第二学区(新宿区、渋谷区、目黒区、世田谷区)
21群 新宿、駒場
22群 戸山、青山
23群 広尾、都立大学附属、目黒
24群 桜町、玉川、深沢
25群 千歳、千歳丘、松原、明正
92群 赤城台、文京、向丘
第三学区(中野区、杉並区、練馬区)
31群 武蔵丘、鷺宮、練馬
32群 西、富士
33群 豊多摩、杉並、荻窪
34群 大泉、石神井、井草
第四学区(文京区、豊島区、板橋区、北区)
41群 小石川、竹早
42群 北園、豊島、板橋
43群 大山、北野、志村
44群 北、城北
92群 文京、向丘、赤城台
____________________
都立高校って多いんだね、更に東側と西側の方も別にあるし
恐らくですが、戦前の旧制中学のナンバースクールだけが復活したのではないでしょうか?
・旧制中学時代からの伝統校
・旧制の戦前の高等女学校を沿革に持つ高校
・全くの戦後の新設の公立高校
大体が沿革によって学力的なランキングに区分けされる傾向はあるかと





























