充実した教育環境の日大付属高校
地方の学生が貧困を理由に不本意な地方国立に進学しているのは残念なことだ 地方国立を潰して都心の私大を無償化すればみんな喜ぶのではないか
地方国立の延命は国力衰退の象徴ですよね?
簡単に言うけれども、子供1人を東京で暮らさせる財力もなければ、親は簡単に東大にもハーバードにも行かせられない。
よくわからない国の外国人の学費と生活費をだしてまで東大に招待留学させるなら、地方の優秀な子にその席を譲ってあげてほしい。
また「外国人へ金を使うな」に短絡しているけれど、視野が狭いんですよね。
東大やハーバード級って、もはや国内秀才養成所ではなく、世界中から人材を集めることで価値を維持している側面が大きい。
実際、海外トップ大学ほど、優秀層へ巨額支援しながら、国際的人材ネットワークを作っている。
そこを理解せず、「まず日本人へ回せ」は、一見公平っぽく見えて、長期的には日本全体の競争力を削る発想。
しかも、本当に問題なのは外国人支援そのものより、日本側が地方秀才を十分支え切れていない構造の方。
そこを改善せず、外国人だけ叩いても、本質からズレたままなんですよね。
1980年代までは、国公立大学生は、一定の人数枠がありましたが、比較的低廉な学費と寮費により、貸与型等の奨学金を得て自活できる制度設計がなされていたと思います。それが、各地の高校生の進学可能性を高めていたことでしょう。それから約半世紀、先ずは、このようなカネ回りの復調を考えて貰いたいですね。
2人で一部屋で寮費が500円、光熱水費合わせても5000円以下でした。机、畳ベッド、クローゼットで小型冷蔵庫とトースターを置く程度のスペースぐらいしかない部屋でした。親の収入が奨学金対象外だったので2年しか入寮できませんでしたが、仕送りが10万だったので生活費捻出のためのバイトは不要でした。
今は1人部屋がメインで入寮は難しくなったと聞きます。
西千葉さんのお話、実はかなり重要な論点だと思うんですよね。
昔の国立大学って、単に学費が安いだけではなく、「地方の秀才が、自力で都市へ出て学べる導線」そのものだった。
寮も含めて、一種の知的インフラだったんですよね。
今日ちょうどマーク・ザッカーバーグの誕生日ですが、Facebookだって、結局はハーバードという「若い才能が寝食を共にしながら、異分野でぶつかる空間」から生まれている。
アメリカの強さって、単に大学ランキングではなく、大学そのものが“人材混交の巨大実験場”として機能している部分が大きい。
一方、日本はこの30年で、学生が安心して学び、挑戦し、没頭できる基盤を少しずつ削ってしまった。
だから今必要なのって、単なる学費論というより、「若い知性へ、どれだけ余白を与えられるか」なのかもしれませんね。





























