アートの才能を伸ばす女子教育
一般入試募集人数の減少にともなう一般入試偏差値の意味について (例:早稲田のケース) 学生数が多い大
早稲田大学 一般入試(3教科)募集人員 推移
政経 法 商 一文 教育 社学 二文 人科
1990年 1060名 1100名 1000名 840名 1000名 540名 480名 420名
1992年 920名 950名 ● 900名 970名 650名 ● 380名
2004年 500名 350名 500名 640名 700名 500名 450名 330名
2008年 450名 300名 460名 440名 700名 500名 500名 360名
増減 ▲610名 ▲800名 ▲540名 ▲400名 ▲300名 ▲40名 +20名 ▲60名
90年比 (58%減) (73%減) (54%減) (48%減) (30%減) (7%減) (4%増) (14%減)
募集人数を減らせば当然偏差値は上がりますが学生数が多い大学だとその手法は限界がくるのではないでしょうか?
膨大な問題を素早く問題を読んで思考し、ポイントを掴み、最適な解答を選ぶ。
記憶だけでOKじゃだめ。情報処理のスピード、資料などを見て素早くポイントを掴む力などが求められている。
そういう意味では国語以外の科目も国語力が以前より求められていて、国語苦手な人には大変なテストだと思う。
英語は長文。社会は、あらゆる資料。地理や公共では、先生と生徒の対話から統計地図画像、歴史には今までの古文の史料まで。国語も、論説や物語、古文漢文に加え、実用的な「使用説明書」とか。数学理科も、説明文が長い。試験時間増えても大問増えて余裕なし。情報増えて科目も増。
要するに、全教科科目が、情報処理能力テスト。対策、、、普段から本を読め、とは言ってます(家庭の文化的な環境の差が出るかな、、)。知識の細かさは要求されないので、頭の回転速い人は今まで以上に高得点可能かも。上位と下位の格差が広がります。
相変わらず「入試センター」の肥大化と問題の難化が止まらない。生徒や教師の負担は増えるばかりです。そもそも共通テストは1979年から始まりました。新制度がはじまるとなれば親も生徒も不安になる、とうぜん塾や予備校など受験産業が儲かるというのが新制度入試導入の最大の狙いだったのでしょう。だから1978年は受験生が制度が変わらないうちに大学に入ろうってことで現役指向が強く、浪人を避ける傾向がありました。それまで私立も国立も本試験1本勝負で国立は一期校二期校と2回受験のチャンスがあり受験生の負担はラクでした。文部省(文科省)は当時から受験生に痛みを伴う改革を繰り返す習性がありました。それは今も変わらない
共テ式のマーク模試がすごかった。
集合が朝8時、終了が夜の8時、みたいな感じ。
自分の時の記憶は遥か彼方だけど、
5教科受けてもこんなにきつくはなかったはず。
もうすぐ本番だけど、環境でつぶれないよう頑張ってほしい。
嘗て勤務校で英語の個別入試問題をさんざん作成しました。
40年ほど前は個々の単語やアクセントなどの発音問題から文法語法、こまごました問題から中文、長文問題に至るまでを作成したものですが、その年度ごとに文科省から各大学宛に問題の講評が来て、入試問題の傾向を統率してきたようです。
マルティプル・チョイスの問題は検定試験も含めて英語学習に弊害があると思います。TOEICで高得点をとっても英語コミュニケーションが必ずしも良くないという例も見かけます。ただ英語力の客観的指標としては仕方ないともいえます。
長文読解とリスニングが中心になったのは文科省の統率の結果であり、個々の大学の英語担当教員から見れば、アクセントや音素の発音などが軽視されて増々英語力が落ちています。
いっそのこと、共通テストを高校卒業の条件にすればいいと思います。
例えば60%以上で合格として高校卒業資格を与え、得点に応じてABCのように評価すれば、高校生もしっかり勉強するようになるでしょう。
工業高校や商業高校などの実業高校も、数学Aなどの基礎的な教科は利用できるのではないでしょうか。
工業高校から大学の工学部への推薦入試にも使えると思います。
































