女子美の中高大連携授業
文系を選択すると後悔しますか?
教えてください。文理選択が秋にあります。調べていると、こんな書き込みを見ました。ちょっと厳しくてもやはり理系の方がよいでしょうか。
「理科系に対する憧れがありながら、主に試験等で思わしい結果が得られず、高校の文理選択でやむなく文系を選んだ」生徒が、その選択後も文系に対して自信を持てずに、自身の選択に後悔、後ろめたさを感じる、というものです。
かくいう私も、この理系コンプに悩まされていた時期があります。私の場合は中学時代に理科の授業をサボりがちだったので、自業自得な部分もかなりあるのですが、高校に入り、自分の将来を考えるうえで、理科系に進むことを考えはしましたがやはりその能力が欠如していて、「やむを得ず」文系を選択した節がございます。更に、当時とりわけ仲のよかった友人が皆理系を選択しており、「自分だけが文系」という事実にかなり後ろめたさを感じていました。
結局私は文科系の大学学部に進学しましたが、いまいち学部が取り扱う学問に慣れない気持ちがございました。恐らく、理系コンプを抱いたまま大学に進学した方にとってこの現象は避けては通れないものでしょうか。
>フィジカルAIの時代は、私たちの社会が物理世界での課題をAIの力で解決し続ける限り、続いていくと言えます。
「AIは人間のために課題を解決するとは限らない」という論点は、AIの主体性や動機づけに関する重要な問題提起ですが、それはフィジカルAIの【フィジカル】すなわち物理世界の課題を扱うという定義とは直交しています。
なので、フィジカルAIを論じる場合は「物理世界の課題が存在し続けるかどうか」が核心であり、「AIが人間のために動くかどうか」に議論を移すと、フィジカルAIの本質を外してしまいますね。
物理世界の課題とは人間様のための課題であって、AIがそれを課題と認識するとは限らない。
AIは、電力の供給や半導体の供給は課題として認識するけれど、人間のための食糧の供給を課題と認識するかどうかはわからない。
フィジカルAIが「物理世界の課題」を解決するのは、それが自身の目的達成に必要だからであり、必ずしも「人間のため」という利他的な動機は必要ありません。
この動機づけに関する部分と、フィジカルAIが物理世界の課題を解決するという本質は、この論点とは別個に成立します。
先の投稿通りです。




































