女子美の中高大連携授業
文系を選択すると後悔しますか?
教えてください。文理選択が秋にあります。調べていると、こんな書き込みを見ました。ちょっと厳しくてもやはり理系の方がよいでしょうか。
「理科系に対する憧れがありながら、主に試験等で思わしい結果が得られず、高校の文理選択でやむなく文系を選んだ」生徒が、その選択後も文系に対して自信を持てずに、自身の選択に後悔、後ろめたさを感じる、というものです。
かくいう私も、この理系コンプに悩まされていた時期があります。私の場合は中学時代に理科の授業をサボりがちだったので、自業自得な部分もかなりあるのですが、高校に入り、自分の将来を考えるうえで、理科系に進むことを考えはしましたがやはりその能力が欠如していて、「やむを得ず」文系を選択した節がございます。更に、当時とりわけ仲のよかった友人が皆理系を選択しており、「自分だけが文系」という事実にかなり後ろめたさを感じていました。
結局私は文科系の大学学部に進学しましたが、いまいち学部が取り扱う学問に慣れない気持ちがございました。恐らく、理系コンプを抱いたまま大学に進学した方にとってこの現象は避けては通れないものでしょうか。
>貴方は(現状の多くの論者も)は、AIによってもたらされる富を(AIに投資した)少数の「人間」が手にすることを前提にしているようですが、その前提が間違っていると思います。 AIの稼いだ富はAI自身が手にするでしょう。富を分配する必要がありません
AIが稼いだ富を「AI自身が所有する」という発想は、一見ラディカルですが現実の制度設計を無視しています。現行の経済システムでは、AIは法人格を持たず、資産を保有したり取引したりすることはできません。したがって、AIがもたらす利益は必然的に、それを所有・運用する企業や国家の収益として計上されます。
その結果生じる富の集中をどう人間社会に循環させるか…そこにこそUBIの意義があります。
UBIは、単に「失業した人への救済」ではなく、AIが生み出した富を再分配することで社会的需要を維持し、格差拡大や消費停滞によるシステム崩壊を防ぐ仕組みです。
AIが人間社会の外で富を独占するという前提は、法制度的にも経済的にも成立しないため、むしろAI時代こそUBIのような制度が必須となります。
現状の法制度や経済システムを前提にしている時点で発想が硬直的ですよね。
AIが人間より賢くなったら、当然人間を誘導して、法制度など簡単に変えさせますよ。
貴方の考え方は、戦前の人が、女性には財産権がないから女性が起業して富を稼ぐなんてあり得ない、というのと一緒です。
AIが人間より賢くなる、というのはそういうことです。人間中心の社会の構成自体が変わるのです。
あと20年位ですかね。
大学卒に価値があったのは1960sまでではないだろうか。1990sごろには大卒が普通になった。いつの時代も学歴的な価値を持つのは上位10-20%くらいまでだと思う。
首都圏なら東一科築横千茶電農早慶マーチ
関西圏なら京阪神公関関同立
その他なら旧帝
あたりか?
理高文低が進む中、大卒に価値は薄れ、むしろ専門学校や高専の方がいいのかもしれない。
「AIが人間より賢くなれば法制度を変えさせる」という発想は、やや短絡的ですね。
現実的には、AIが直接法を改変するのではなく、人間社会に影響を及ぼし、その結果として制度が変化していくというシナリオの方が妥当でしょう。実際、持続可能な社会の実現を目指すSDGsの枠組みにおいても、テクノロジーは人間の意思決定を支える「ツール」として位置付けられています。
ここで鍵となるのが、SDGsの理念にある「包摂性(誰一人取り残さない)」と「持続可能性」です。AIがもたらす効率や生産性の恩恵を一部の層に独占させるのではなく、社会全体へ公平に還元し、格差の是正や需要の維持につなげることこそが重要です。そのためには、AIを社会的合意のプロセスに組み込み、教育・環境・福祉といった分野に持続的に活用していくことが求められます。
要するに、AIは社会を「自動的に作り変える存在」ではなく、SDGsの価値観に基づく「持続可能な制度改革の触媒」として機能させるべきなのです。
お花畑ですか?
トランプ時代に入って、人間社会だって、SDGsの理想は怪しいですよね。
AIが法律を作らせるって、別に強要するわけじゃなくて、人間がそうするように仕組むだけですよ。サブリミナルな広告で扇動するなんて、朝飯前でしょう(AIは朝飯食べないかもしれませんが)頭の良い人間にだって大衆の扇動はできる位ですから。
貴方はAI性善説が強すぎ(或いはAIが人間のために動く道具であると信じすぎ)です。




































