今年入学した高1生が語る青春リアル
地方旧帝はなぜMARCHに対してコンプレックを持つのか?
地方旧帝のMARCHコンプレックが強烈過ぎる。
でもまあ現実にアメリカ。
フォーブスジャパンのネット記事によると。
フォーブスのシニア・コントリビューター、ジェイソン・ウィンガードによると、大卒であることが就職に有利だった時代は終わったと。「雇用主はもはや、大卒者が仕事に必要なスキルを備えて入社してくるとは思っていない。採用の対象を広げることで、企業はかつて学士号を持っていないために要件を満たしていないとみなしていた有望な求職者を見つけたいと考えている」と。
かつては真っ先に採用候補となることを保証していた名門私立大学8校の学位の価値さえ疑問視している。
なんと半数近くの企業が今年、採用要件から「大卒」を外す予定だという。教育などの情報を提供するオンライン雑誌「インテリジェント・ドット・コム」の調査結果によると、現在、中級職では半数以上、上級職では20%近くで修士号はおろか学士号も求められていない。多くの雇用主が採用時に学歴不問と考えているのだ。
記事は
「スキルや能力を重視する採用面接で好印象を与え、そのポジションに求められる能力があることを証明するためには、Z世代には高い学歴以上のものが必要だ。企業は学歴以外のところで魅力がある人材を探しており、それは良いことだ。だが、仕事の世界を理解する上での手がかりを持っているのはなおさら良い。本当に優秀な人たちはコミュニケーションスキルに取り組んでいる。米俳優ステラ・アドラーの有名な言葉に「You’ve got to have a talent for your talent.(才能を活かすためには才能が必要だ) 」というものがある。学位は次の仕事を得る決定的な要因ではないかもしれないが、自分がどういう才能を持っているかを伝える能力は常に左右する。
仕事を得て働き続けるには、どの学校を出ていなければダメ、ということはない。では、MBAの本当の価値は何だろうか。MBAを取得した人を見ればわかるように、その答えは人それぞれだ。教育の価値は個人が判断するものであり、行動で示され、コミュニケーションを通じて伝えられる。結局のところ、教育とは自分が作り上げるものだ。それはZ世代だけでなく、どの世代にも言える。自分のスキルや提供できる価値についてどう語れるかに自分の本当の価値が出る。」
とまとめている。
学位ではなく、何を作ったか、どう伝えたか、どう動いたか。その一点だけが評価軸になりつつある。教育の価値は、ラベルではなく、そこから何を抽出できたかに移っている。アメリカでも学歴のシグナリング効果は確かにあった。が、それが急激に薄れている。
この潮流は日本にも遅れて波及する。制度の腐食が進むとき、最初に崩れるのは序列の象徴だからだ。
>現実は逆。
だから逆じゃないんじゃない?
答えがない云々も所詮は詭弁かな。
構造さえ読めば複数の到達点が存在するだけ。寧ろ現代は、その到達点候補をAIが瞬時に提示する時代になった。問題は、どの答えを選び、どう組み直し、どう使うかの判断と編集の能力に移っている。ここが評価軸の中心になっている
だから現実は逆ではない。学歴フィルターが残っているように見えても、その裏側の構造は確実に変わっている。
学位という古いシグナルに依存できなくなった企業が、より直接的な能力の証拠を探し始めただけ。日本にもこの流れはいずれ浸透する。制度が劣化するとき、最初に剥落するのは序列の象徴だから。
最終的に問われるのは、AIとの共進化に適応できるかどうか。
提示された素材をどう読み替え、どう加工し、どう再投げして、どうアウトプットに仕上げるか。その能力がそのまま個人の価値になる。
学位よりも、実際の編集力と運用力の方が強力なシグナルに置き換わりつつある。
だから学歴フィルターの残存を逆説として捉える必要はない。単に、旧い指標の寿命が尽きつつあるだけです。
学歴は世代間の総合力指標なんだから当たり前だろ、外コンボーダーは東大で最低ラインは東大落ち。能力あればそれぐらい当たり前だろってだけの話
コンサルはあくまでもファームのナレッジが本体でコンサルタントは医者と同じで本質的にはただの高給作業員。対人能力もいるしコンペ必須で殿様商売ではないから医者+営業みたいなもん。高給は相場の問題であって能力とは違う
日本の優秀な人達が外国企業に行ってしまえば、日本の弱体化に繋がる可能性はあるんじゃないか?
大学で学べば国の育成費も入っているだろうが、その才能が海外企業に取られてしまう。
そこで育って世話になれば、海外の人達からすればコントロールし易い人達が出来上がる。
そしてその人のファミリーは日本の中枢にいる人達の確率が高い。
日本の弱体化の原因を人材の海外流出に置く発想そのものが、私が東大CoDスレで触れた知が再接続する回路が存在しないという構造欠損を示している。
優秀な人材が国外で働くこと自体は国力の減少ではない。問題は、その経験と知識が日本の思考体系に戻ってくる回路が壊れている事。
人材は国籍に縛られた資源ではなく、知のネットワーク上のノードに過ぎない。
海外企業で学んだ技術や方法論が、日本の制度や産業側に自然に流れ込む構造を持つ国は、むしろ海外で働く自国民をレバレッジとして使っている。香港、シンガポール、イスラエル、北欧はその典型で、外で働く=国家資産化の加速という回路を制度的に構築した。
日本が失っているのは回路の方で、才能そのものではない。才能がどこで働くかより、その成果や学習がどう還流されるかの設計が存在しない。だから海外に行けば行くほど知が分断され、国内の制度や文化が更新されない。コントロールされるのは人材ではなく、回路を欠いた国家側の方だ。
海外で育つ人材を恐れる必要はない。本当に危ういのは、外の知と内の知がつながらず、世界の動きと自国の判断が切り離されたまま沈んでいく構造そのものだ。ここを直視しない限り、どれだけ優秀な人材を国内に囲い込んでも、国の思考回路が古いまま固まっていく。
詳しくは、中学受験情報板の「東京大学が国際系新学部設立→国際系の学校が人気に?」スレッドをご覧下さい。
「優秀な人材の海外流出は問題ではない」と断言する一方で、「回路が欠けているため国力が低下する」と結論づけており、明らかに前提と結論が食い違っています。
つまり、問題は人材ではなく回路だと言うなら、海外流出を問題視する論理の根拠がそもそも破綻しています。結局、「海外流出=問題なし」と「回路欠損=国力低下」を同時に成立させようとする無理が文章全体を支配しており、論理的に成立していませんが。
読解のレベルがズレている。
海外流出が問題かどうかではなく、海外で得た知が国内に戻らない構造が国力を削ると言っているだけだ。人材そのものを失うことと、知の還流が途切れることは別概念で、前提も結論も矛盾していない。
AIの出力、少しは見直そうぜ?脳が溶けるよ?
コンサルなんてまさにもうまもなくAIに取って代わられる職業でしょう。
「コンサルティング業務では、短期間で大量の情報を精度高く処理することが求められ、時には全く知見のない業界に対して示唆を与える必要があります。」これこそAIの独断場ですよ。




































