今年入学した高1生が語る青春リアル
地方旧帝はなぜMARCHに対してコンプレックを持つのか?
地方旧帝のMARCHコンプレックが強烈過ぎる。
その見方は一理ありますが、少し表層的です。
ACNに東大新卒が入ること自体が無駄なのではなく、ACNが東大新卒を必要とする仕事をどれだけ用意できているか、そこが本質です。実際には、配属される多くの業務は学歴で差が出る領域ではなく、代替可能性の高い実装や運用寄りの仕事が中心になっている。
だから起きているのは、学歴の無駄遣いというより、能力の使いどころが制度側に用意されていないというミスマッチです。私大中途でも十分回る仕事に、東大新卒が吸収されていく。その構造自体が、コンサルという職能が細っている証拠でもある。
東大新卒がACNに行くのが勿体ないのではない。東大新卒を活かせないポジションしか大量に用意できなくなっていることの方が、よほど問題だと思います。
そこを分けて考えないと話が雑になります。
頭の回転が速いことと、経営者と同じ思考ができることは別物です。これは事実。ただし、それは早慶に限った話ではなく、東大でも地方国立でも同じです。学歴は思考の到達点ではなく、思考の初期条件にすぎません。
経営者的思考は、意思決定の責任、資源制約、失敗の引き受けを経験して初めて形成される。講義や試験で身につくものではない。だから学生時点で同列に並べて比較すること自体が無意味です。
一方で、頭の回転が速い集団にいるメリットは明確です。議論の密度が上がり、判断のスピードが上がり、雑な論理がすぐに露呈する。その環境に長く身を置けるかどうかが、後の伸び代を分ける。それだけの話です。
経営者を神格化しすぎてもいけない。現実の経営者の多くは、最初から卓越した思考を持っていたわけではなく、環境と経験で鍛えられている。学生にその完成形を求めるのは、比較の軸がずれています。
結局、大学名で経営者思考が測れるか、という問い自体が的外れです。測れるのはせいぜい、思考が鍛えられる環境に近いかどうか。それ以上でも以下でもありません。
傾向としては事実ですね。
外資金融は依然として高収益ですが、採用人数が少なく、30代以降のキャリアの不確実性も認識されるようになりました。一方でコンサルは採用規模が大きく、事業会社や官庁への出口も見えやすい。
人気の差は、金融とコンサルの優劣というより、リスク許容度とキャリア設計の違いをどう見るかの問題でしょう。
その並べ方自体が、実業とコンサルの関係を誤解しています。
ユニクロも資生堂もドコモもホンダも、価値を生んでいるのは現場の設計と実装です。商品開発、製造、物流、販売、品質管理。ここが壊れたら、どれだけコンサルを入れても何も残らない。
コンサルが意味を持つのは、実業側に判断力と実行力が残っている時だけです。課題を言語化し、選択肢を整理し、意思決定を早める。その補助輪として機能する。主役ではありません。
問題視されている虚業化は別の話です。
実装能力のない組織が、判断まで外注し、責任も外に出し、成果物がスライドだけになる状態。ここではコンサルが増えるほど、実業は弱ります。
つまり、コンサルがいなければ成り立たない実業など存在しません。
成り立たなくなった実業が、コンサルに依存するだけです。
実業が強い国では、コンサルは黒子です。
実業が弱った国では、コンサルが前に出て虚業に見える。
そう見えている時点で、問題はすでにコンサル以前にあります。
この切り分けをせずに名前だけ並べるのは、議論ではなく印象操作に近いですね。




































