アートの才能を伸ばす女子教育
日東駒専の滑り止めは地方旧帝?偏差値の暴力
これが現実なのか?
そんなことよりどこでもいいので論文書いて雑誌に載せることです。能力があるというのはそう言うことで試験を優秀な結果で通りました、レベルの高い学校に在籍しています、ではないのです。
もちろん優秀な学生はそれができるのでいい学校にはそういう人がおおいのも確かですが。
偏差値の高い大学に入る学力は足りなかったかもしれないが、大学で何を学び(学ばなくてもかもだが)、卒業後に何を学ぶか。
学力は比較に過ぎません。私は高校教諭ですが、大学関係なく実力ある人、たくさんいます。片方で学力が高くてもズレてる人もいる(なんか自分ができると思っているからリフレクションがない。何人か思いつく)。
大学、は関係ないと思いますね。「あいつがあれを持ってたら」(RC)と言いたいところです。
日東駒専がいけないような書き方ですね。
まずは、何を学びたいか将来なにになりたいかが決まっていれば、〇〇学部と決め頑張ればよい、一浪ありきでは駄目だし、新しくできたわけのわからない学部学科は避けるべき。
ただ大学に入ればとの考えはやめたほうがよい。
浪人して大卒と社会人をやりながら大卒資格を取るのを比べると、学問に対しての真剣度は後者の方が高く評価されそうだけどなぁ。
医師や弁護士を目指すなら別だけど、浪人するぐらいなら働いた方が良いんじゃないの?
そんなんで人生詰むならこれから先の人生至る所で詰みまくるぞ。高校中退だろうが、どの大学行こうが、専門学校行こうが、1番輝いてる人はやはりやりたい事突き進んでる人、輝かなくてもしっかり仕事して自分で稼げりゃ良い。
90年前半の大学バブル時代、県立トップ県立高校の生徒ですら日東駒専に落ちる者が多く出た。一浪して日東駒専、いや大東亜ですら一浪が当たり前にいた。実際、その大東亜の私の専攻では7割が一浪、何とジローまでいた。
しかし令和の今、皆普通に生活、元気なようで詰んでくくった同級生の話なんかはまだ聞かない。





























