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【802839】京大か早慶か

投稿者: 大学   (ID:5rjGC4KzJoo) 投稿日時:2008年 01月 05日 03:50

京大へ入るなら早慶へ行ったほうが、社会では通用するとよく聞きますが、皆さんはどのように思われますか。(理系・文系で違いはあると思いますが)

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  1. 【6504491】 投稿者: せっかくだが、自民党のそれは  (ID:sOnDhZC2Gbg) 投稿日時:2021年 10月 02日 15:39

    百年河清を俟つ、ごときものである。またケインズも、今後少なくとも100年間は「公平なものは不正であり、不正なものは公平であると偽らなければならない」と語っている。貪欲や高利や警戒心は、今なお資本主義の神でなければならないから(『ケインズ全集』第9巻)、と。ケインズは率直に、「正義」は資本主義の発達に不向きなことを自覚していたのであった。

    なお以下、ご参考まで
    「>その場合は、基本的には、政権交代が可能な政党を支持するのが基本と思います。

    労働者や労働組合は、自らの地位向上に理解ある党を支持すべきであり、たとえ多数派であろうとも使用者側の利益代表たる党派を支持することは、まさに「豚が肉屋を支持する」ごとき、自殺行為である。

    なぜなら、資本主義社会における労働関係とは、労働力という商品の売買の関係として形成されるからだ。その結果、一般の商品売買と同様に当事者をして「売り手(労働者)」と「買い手(使用者)」との対立関係を所与の前提にする。しかしながら、近代法は人格の平等を実現するための意思の自由を建前としつつ、経済的支配関係によりそうした自由な契約を媒介にした労働関係の形成が困難ゆえに、私法的な生活関係を具体的・経済的平等実現のために公法的な権力秩序に組み入れようと法制度上での手当てを図る。その際の議会にて、両者の価値観が対立せざるを得なくなるからである。

    もちろん、使用者側の利益代表たる党派も労働者に一定の譲歩を為すこともあり得る(アベ政権より前の自民党政権のように)。それは使用者があまりに搾取に狂奔すると、次第に労働力の摩滅現象が露わになるからである。それは資本の総体=総資本の立場からは放置しえない現象である。そこで、過酷な労働条件を若干緩和することによって労働者にアメを与え、それによって労働力摩滅現象を防止せしめんとする。いわゆる救貧政策であり、多数派から喧伝される「福祉国家」構想なるものも、そうした意図を隠蔽する欺瞞性有するものだ。

    もっともアベ政権においては、そうした先輩たちの苦心も何ら省みず、民主党政権が進めた派遣法の改良や無期労働者の有期化といった労働者側に立った良策をことごとく覆し、破壊してしまった。その結果が、低待遇の非正規労働者の増大であり、OECD加盟国中最悪レベルの社会的・経済的格差ある社会との冷酷な現実である。まもなく年末がやってくる。労働者の半数に至らんとする非正規労働者=賃プロらにとって、重苦しい時期がまたやってくる(他方、『連合』傘下の大企業労働者には、楽しみな「賞与」があろう※。

    ※年度ベースでの下期で、自動車やスマホら製造業を中心に空前の利益を上げた使用者(=純利益26%増)からの、おこぼれ頂戴である。でも、待てよ。期間工や臨時工の人々に対しては?」

  2. 【6504590】 投稿者: 共産は正義?  (ID:yqv.livrNJg) 投稿日時:2021年 10月 02日 16:50

    >ケインズは率直に、「正義」は資本主義の発達に不向きなことを自覚していたのであった。

    あなたは共産主義が正義だといいたいのかね?
    共産党はどこの国も独裁、長期政権。
    一度やったらやめられない稼業だという事。
    特に日本のように政権獲得がかなわない民主国家では「反対、反対」と騒いでいれば良いだけ。
    ブレイン・ウォッシュドの共産党員以外の日本人で共産党を支持しようなどと考えているような人はどうかしている。
    しかも、一般社会で仕事をしたこともなく、キャリアの大半を党員として上納金でやってきた上級国民が生活者の目線でとか庶民に寄り添う政治とか言っちゃうのだからね。
    それはひょっとしてギャグなのかと。

  3. 【6505008】 投稿者: お答えしよう  (ID:sOnDhZC2Gbg) 投稿日時:2021年 10月 03日 00:59

    私は、あのケインズも貪欲や不正こそが経済を発展させるエネルギー源であり、正義は資本主義の発達に向かないことを自覚していた、との事実を指摘したものだ。現実に彼自身も株取引で利益を上げていたのであるから。

    以下、ご説明しよう。
    アリストテレスやキリスト教に見られる如く、商取引は常に軽蔑や批判の対象になってきた。そうした市場に対する否定的評価につき、たとえばマクス・ウェーバーがそれをプロテスタンティズムの倫理で説明し、その克服を試みた。問題は、不等価交換すなわち「安く買って高く売る」「カネを貸して利子をとる」という資本主義に不可欠な商取引をどうとらえるのか、ということであった。

    しかしながら、市場が生産過程を内部化した近代的産業資本は、等価交換の形式を採る。産業資本は安く買ったものを高く売るのではなく、等価交換で買い入れた生産設備や材料、さらに労働力等で新製品を製造、等価交換で販売する。したがって、そこには上述の意味での不正義は存在しないことになる。こうして資本主義は倫理的に正当化される。もっとも資本主義は、人類の共同的生活様式を分解し、人類の欲望(見栄、金銭欲、利己心など)を無限に解放することによっていわば「原罪」を抱えたうえで出発するものだ。その結果、たしかに人類の物質的生活を豊かにはしたものの、さまざまな否定的現象をもたらしたともいえる。

  4. 【6505990】 投稿者: 修正資本主義  (ID:oC5l8QmyuT2) 投稿日時:2021年 10月 03日 19:17

    確かに行き過ぎた資本主義は是正されねばならないが、それはケインズなどの修正資本主義の範囲で十分
    共産主義や社会主義はそれこそ絵空事に近いシンギュラリティでも起きたら、そのとき初めて出番がある
    現在の共産党を見て、支持できる部分があると思うほうがおかしい
    今も昔も総括の嵐が吹き荒れる暴力革命の政治団体であって、それ以上でも以下でもない
    そしてそんなところと手を組む時点で立憲民主党には失望以外の何も無い

  5. 【6506667】 投稿者: 共産圏に住めばわかります  (ID:KfboS4bOOU2) 投稿日時:2021年 10月 04日 16:43

    共産圏に2年ほど住んでいたことがあります。

    共産党こそ、ヒエラルキーの厳しい団体です。
    資本主義が持つ者と持たざる者のヒエラルキーだとすると、共産党や共産党の目指す社会は、コネのヒエラルキーになります。

    一部の党幹部以外は、人間を大切にすることはない。
    個性も重視されることはない。
    評価されるのは、党幹部の言うことを一言一句たがわずに言えるかどうかだけです。

    あとは労組の人の扱い方を見ていても、人間を頭数としてとらえます。人格を認めていない。
    与党を数の横暴だと非難しておきながら、自分たちが人を頭数としか見ていません。

  6. 【6506910】 投稿者: ふーん  (ID:y28Hwl72C6A) 投稿日時:2021年 10月 04日 20:26

    石炭火力発電から出るCO2を減らせれば、石炭火力発電はまだ使える。

    >三井物産は4日、オーストラリアでアンモニアの製造に乗り出すと発表した。日本の石炭火力発電所の燃料として利用するため、2028年の生産開始を目指す。燃やしても二酸化炭素(CO2)を出さないアンモニアを石炭に混ぜて燃やすことで、発電所が排出するCO2を減らし、脱炭素につなげる。

  7. 【6506941】 投稿者: ふーん  (ID:y28Hwl72C6A) 投稿日時:2021年 10月 04日 20:52

    やっぱり、東大は頭良いわ。

  8. 【6507035】 投稿者: 社会主義は可能  (ID:sOnDhZC2Gbg) 投稿日時:2021年 10月 04日 21:53

    そもそも資本主義化における完全競争などあり得ず、それは必ず独占を生む。そのことをスミス、リカード、ミルらは理解し、資本主義化の利潤の減少や消滅を予想していた。しかし、それでも市場経済が成り立っているのは、錯誤や虚偽、手抜き工事や派遣労働者ら非正規の低賃金労働の利用=搾取によるものだ。

    その意味で、新古典派経済学の祖たるワルラスの一般均衡理論は、皮肉なことに社会主義の計画経済の理論的基礎になり得るものだといえる。需要と供給との関係で価格が決まるとの教科書的説明には、あたかも一同が一か所に会同して交渉するかのイメージがある。しかしながら、それは当然に虚構に過ぎない。そこで、国家が商品の需要と供給を調査し、そのうえで価格を決定すれば市場なき社会主義化であっても価格決定は可能になる。

    もっとも、それは各自に安定した暮らしを保障するものの、他方で現在の富裕層が享受するような贅沢を困難にするのかもしれない。しかしその代わりに、多くが暗い惨めな物質的奴隷の連鎖から解放される。

    丁度衣替えの時期となった。我々は暑ければ薄着になり、寒ければ厚着となる。環境に合わせて柔軟に生き抜いてきた。さすれば、一生涯の安心との引換での多少の不便もけっして苦にはなるまい。いまでも庶民は、経済力なきゆえに不便な生活を強いられているのであるから。

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