アートの才能を伸ばす女子教育
中学受験に大きな影響あり!地方創世って?
内閣官房の地方創世により教育が大きく歪められていると思います。
早稲田は2年間で合格者数半分に…。
本当に地方創世って教育を歪めるほどのスピードで行わないといけないものでしょうか?
東京都は2月に反対の緊急提言を出しましたが、本日の国会でも強行していくことを明言した政府。
教育の観点から合格者数を減らすならわかるけれど、「地方創世のため」で跡付けの理由というのはおかしいと思います。
中学受験はこれから早慶附属校を中心に、附属校の人気が大幅に高まるでしょうが、将来の日本にとって大きなマイナスとなると感じます。
>地方から首都圏への学生の流入が減っているといっても、逆方向がほとんどないのですから集中するいっぽうです。減らすのはもちろんのこと、逆方向を生み出すのが政府が求めていることだと思います。
それは就職先の問題でしょう。
地方大への進学が進む根拠がないまま始められており、「流れを生み出す」は当初からの懸念通り既に絵に描いた餅ですよね。
効果が無いにも関わらず、教育としての大きなマイナスに目を瞑る合理性はありません。
地方出身者すら地元の就職を希望しないのに、首都圏の学生を地方に就職させようというのは無理です。
「教育」という日本の重大な課題を、教育の観点の議論せずに塞ぐのは、大きな過ちです。
今直ぐに終了させた方が良いです。
木と森は違う。
Fラン私立大学は近くに住んでいたのでその大学については良く存じていますが、学生たちの着ている洋服を見ても、お金の使い方に困ってらっしゃる親御さんなのだろう、と思ったようなFラン私立大学でした(大学近くのレストランの一部を貸し切り、サプライズでお友達のお誕生日パーティをしている学生たちを見た日には、こういう人たちが日本の経済界に影響を及ぼすかもしれないんだなあと感慨深く・・・。まあ、お子さんにブランドの洋服を浴びるように着せても、大学に多寡な寄付をされているかどうかは別問題ですけれども)。
何か問題があるの?さんのおっしゃる通り、国に無尽蔵の資金があるわけでもないので、その分配において大学間に優先順位はつけざるを得ないのではないか?ピンポイントで地方に魅力的な大学を造ることに重点を置くべきではないか?それにまず旧帝に白羽の矢を立てても別にいいのではないか?と思います。経済的に貧困な時代の日本が対峙し、酷な解決策を計ってきたことを思い出しています。。。
以前は大学の学費の無償を夢見ましたし、前衛党さんのおっしゃるような人間的に尊敬できる労働者を現実社会の人間の基底に考えてみたりもしましたが、それこそ絵に描いた餅なんだなあと思うことが多くありました。。。
教育の観点とは何を指していますか。ブランド名のある大学に入れる入れないのことですか?定員を厳格化すればその分教育の質は上がると思いますが、大きなマイナスとなるというのが理解できません。そのあたりをもう少し詳しく説明してもらえませんか。
ジャスミンさんの言っている「教育の観点」というのは、本音を取り繕うためのおためごかしの発言ですよ。本音を言えば、わが子が受験に失敗して、地方の大学に進み、そのまま地方に就職して定住してしまったら、首都圏に持ち家のある自分たちの老後はどうなるんだ、という不安ですよ。それが彼女らの「教育の観点」。
あなたが、首都圏大の受験に失敗した者は、都落ちして、地方で捲土重来を期すべきだ、なんて言うから反感を買う。この辺は彼女らのもっとも敏感な部分だから・・・・
でもそれは地方の人にとっては昔からあったことで、東京へ出て行った子供たちが戻ってこないのはよくある。そのときには何も文句を言わなかったのに、いざ自分がその立場になると文句を言い始めるのは自分勝手すぎやしないか。やはり、東京の人も若いうちに一度は地方に独りで住んでみて、視野を広げてほしいね。
>以前は大学の学費の無償を夢見ましたし、前衛党さんのおっしゃるような人間的に尊敬できる労働者を現実社会の人間の基底に考えてみたりもしましたが、それこそ絵に描いた餅なんだなあと思うことが多くありました。。。
意識や精神は、人間の置かれた環境によって規定される。それゆえ資本主義社会であれば、その支配思想である資本主義の価値観に毒されてしまう。ゆえに、マルクスが看破したように、人間が生産した物に-たとえばカネ-に人間が振り回されてしまう(財貨を崇拝する物神世界)、のである。そこには、あなたのおっしゃる「絵に描いた餅」のような現実もみられてしまうのであろう。
そこで、私たちは法の階級性というものを主張する。わかりやすく言えば、法規範に対する評価は、階級の所属によって異なるということである。たとえば、先に改悪された労働者派遣法や審議中の高度プロフェッショナル制は、人件費や残業代を節約し、利益を高めたい財界や資本家にとってよき法律であろう。そうでなければ、利潤獲得競争に勝ち残れないからだ。他方、経済的事情等で不本意ながら彼らに従属せざるを得ない労働者にとっては、それらは一生涯派遣、過労死の危険有する悪法以外何物でもないのである。
このように、法は社会における資本家と労働者とのいずれかの階級の現実の利益の反映、階級的利害の反映にほかならないということである。そこでは、支配階級の意思―議会は、階級的抑圧を多数決で合法化(化粧直し)する場―が冷酷に貫徹される。遺憾だが、わが国もその例外ではない。スミスは、労働すらも結局商品と見做したことのからして、当然の結末である。
本問題もその観点からご覧いただくと、単なる受験生いじめ的議論にとどまらない支配層ならびにその代理人である為政者たちからのむき出しの本音がお分かりになるはずである。
>本音を取り繕うためのおためごかしの発言ですよ。本音を言えば、わが子が受験に失敗して、地方の大学に進み、そのまま地方に就職して定住してしまったら、首都圏に持ち家のある自分たちの老後はどうなるんだ、という不安ですよ。それが彼女らの「教育の観点」。
横からだが、それは邪推であろう。
また、あまりに無礼な発言ではあるまいか。































