アートの才能を伸ばす女子教育
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
探究を取り入れたタイミングから小学生の学力低下が顕著。小学校の教育課程で躓きのある児童らが中学高校に上がれば、これまでの水準を保つのは難しいだろう。
まあ日本はとことん落ちなければ目が覚めないのかもね。先の大戦と同じ。
浅いですね。
探究を入れたから学力が落ちた、という直線的な因果は、現実の教育をあまりに単純化しすぎている。学力の変動は、カリキュラム、評価制度、教員配置、家庭環境、ICT導入、入試制度の変化など、複数の要因が絡み合って生じるもの。そこを一つに還元した時点で、分析ではなく印象論に落ちています。
加えて、その探究も中身を見ていない。学校が探究をやらせるという構造になった瞬間、それは本来の意味での探究とは別物になる。制度化された探究は、優秀層には単なる拡張課題に、大多数には形式的な作業に変質する。この歪みを見ずに、成果だけを切り取って良し悪しを語るのは焦点がずれている。
そして決定的なのは、学力低下という現象を語りながら、学力とは何かの定義が空白な点。知識量なのか、問題解決能力なのか、あるいは非認知能力まで含めるのか。この前提を置かない議論は、どこまで行っても噛み合わない。
戦前を引き合いに出して危機感を煽る手つきも同じ。強い比喩で印象を作っているだけで、現実の制度設計や運用改善には一切接続していない。
要するに、現象を一つ拾って、原因を一つに決めて、結論を大きくする。分かりやすいが、何も説明していない。
教育はそんな単純な構造では動いていません。
ゆとり教育の時に平凡な家庭には詰め込み教育の方が合っていると気づいたはずなのに(ゆとり教育に成果が出たのは実験校が国立校ゆえに親がみんな教育熱心だったから)ゆとり教育失敗から詰め込みに戻して、次は探求学習・・・。文科省は懲りないね。
中学受験をした中学生なら探究学習は良いと思いませんか?
学力あげた日本は衰退の一途だった。失われた40年ともいわれる。学力向上は必ずしも社会の役にたっていないことは、この40年でわかったこと。
AIが東大入試をほぼ満点とって東大理3の最高得点者をはるかに上回った。人間がこんな競争しても意味はない。AIができないことを人間が学ぶべきだ。
浅いのはどちらでしょうか。
全国学力・学習状況調査を持ち出すなら、まず前提を押さえるべきです。この調査は年度ごとに問題設計が変わり、思考力や記述を強めた年は平均正答率が下がることがある。したがって単純な数値比較で上下を断じること自体が不適切です。
次に、長期推移。平均正答率は上下を繰り返しており、一方向に崩れているわけではない。地域差の問題はあるが、それをもって全国的な学力低下と結論づける根拠にはならない。
さらに決定的なのは、測っているものの違い。この調査はカリキュラム適応型の到達度を測るものであって、探究で重視される問いの設定や仮説構築といった能力を直接測っていない。測定対象が異なる以上、点数の動きをそのまま探究の是非に結びつけるのは論理の飛躍です。
仮に一部でスコアが落ちたとしても、それは探究という手法の問題ではなく、時間配分や指導体制、評価設計といった導入側の設計の問題。ここを分解せずに原因を一つに固定するのは分析ではありません。
結局あなたの主張は、単年の数値を切り取り、測定対象も考えず、因果を短絡的に結びつけているだけ。データを出すことと、データを読めることは別物です。































