アートの才能を伸ばす女子教育
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
その認識も、かなり単純化しすぎています。
まず前提から崩れています。いわゆるゆとり教育を一括りにして失敗と断じる根拠は、実ははっきりしていない。学力低下の象徴として語られがちですが、国際学力調査であるPISAを見ると、日本はゆとり期を経た後も読解力や数学的リテラシーで上位圏を維持している。少なくとも「制度として崩壊した」という事実はない。
さらに、ゆとりの目的は単なる授業時間削減ではなく、詰め込み偏重からの転換、思考力や主体性の育成にありました。問題が出たとすれば、それは理念ではなく実装。現場の指導体制や評価方法が追いつかなかった点であって、方向性そのものを否定する話ではない。
次に「世界は探究へ移行している」という部分。これは半分正しく、半分雑です。確かに主体的・探究的学びは各国で重視されている。しかし同時に、基礎的な知識・技能の徹底はむしろ強化されている。探究だけに振り切っている国はほぼ存在しない。両輪です。
そして「日本は負けた」という総括。研究力や産業競争力の変化をすべて教育に帰すのは因果の飛躍です。研究力低下には研究費配分、ポストの不安定化、産業構造の成熟など複合要因がある。教育だけを原因に据えるのは分析ではなく願望に近い。
結局のところあなたの論は、
世界は進んでいる
日本は遅れている
だから原因は教育
という一直線の物語に過ぎない。
実際には、
ゆとりの理念自体は国際的潮流と整合している
問題は導入と運用
基礎学力と探究は対立ではなく補完関係
ここを外した時点で議論は成立しません。
失敗という言葉で片付けるほど、この話は単純ではない。
は、どうゆうこと?
2021-22年に学力テストの内容がガラッと変わった事実なんてないけど?
探究に時間を割いた分、削られた教科時間があり学力低下を憂慮する声があるのは気のせいってか?笑
あんたやっぱり子育てしてないんだね。
まず確認しておきますが、私は「2021-22でテスト内容がガラッと変わった」などとは一度も言っていない。
評価の枠組みは連続的に調整されている、と言っているだけです。
したがって、あなたの指摘は前提の取り違え。論点の外側です。
その上で本題。
仮にテストが大きく変わっていないとしても、そこから
「探究の時間が増えたから学力が低下した」
という因果は導けない。
学力の変動は複合要因で動く。
コロナ期の学習機会の断絶、家庭環境の格差、ICT導入の過渡期。
少なくともこれらを切り分けずに、単一要因に帰属させるのは分析ではない。
あなたの提示しているのは
教科時間が削られた → 学力低下
という直線的な仮説に過ぎないが、それを裏付ける定量的な因果は一切示されていない。
さらに言えば、「声がある」というレベルの話はエビデンスではない。
どの指標が、どの期間で、どの程度変動し、それがどの要因と結びつくのか。そこまで降りて初めて議論になる。
最後に。
子育ての有無を持ち出した時点で、あなたは論ではなく属性に逃げている。
それは自分の主張に根拠がないことの裏返しです。
結論。
部分的な事実を押さえたつもりで、因果を一切示せていない。
その状態で断定に飛ぶのは、分析ではなく印象論に過ぎません。
>あんたやっぱり子育てしてないんだね。
よほど自分が子育てした事がないのがコンプレックスなんだね。
私はそう思うならどうぞどうぞご自由にと返しておきますね。あなた達の印象に興味はないので。
自分が前提間違っておいて他責投稿するの、よくやってるよね。
こっちは最初から全国学力テストの結果見ろと言ってるし、探究が問題視されてるのは教育現場に関心のある親なら常識。
因果関係は未調査だが、それ以外に何がある?あるなら言ってみ。
おやおや。劣勢になると語彙が一気に荒くなる。ずいぶん分かりやすい反応ですね。
中身で押し切れない時に人格評へ逃げる。典型です。
で、本題。
「因果関係は未調査だが、それ以外に何がある?」
ここで議論は終わっています。
自分で“因果は示していない”と認めた上で断定している。
それ、分析ではなく思い込みです。
さらに言えば、「それ以外に何がある?」という問い自体が成立していない。
学力変動は単一要因で説明されるほど単純ではない。
コロナ期の学習機会の毀損
家庭環境による格差の拡大
ICT導入過渡期の混乱
指導体制の負荷増
この程度の候補すら想定できていない時点で、視野が狭い。
そして「全国学力テストを見ろ」。
見たところで、相関しか出ません。
相関と因果の区別もつかずに、
データを盾にした気になっているだけ。
さらに「現場の親なら常識」。
常識はエビデンスではない。
むしろその“常識”こそが、検証されていない仮説を固定化する温床です。
結局あなたの主張は、
因果未確認だが断定
他要因は検討せず排除
空気を根拠に一般化
この三点で成り立っている。
議論の体裁を取っているだけで、実質は信念の表明です。
価値観のアップデート」といった耳障りの良い言葉を、そのまま鵜呑みにできるリテラシーの低さには驚かされます。
EVシフトの現状を見れば明らかでしょう。脱炭素に踊らされて、補助金で無理やりブームを演出しましたが、結局はインフラやリセールバリューといった現実的な不便もあり失速しました。
欧州勢が日本車のハイブリッド技術に勝てず、ルールを書き換えて主導権を握ろうとした政治的な「眉唾」に過ぎなかったわけです。
SDGsにしても同様です。本質的な解決ではなく、企業が「正しいことをしている」というポーズを取るための免罪符、あるいは巧妙なビジネスモデルに成り下がっています。
海外名門大のデータを引き合いに出して東大を腐す層も、これらと同じ穴の狢です。
自分には手の届かない、あるいは実効性のない指標を盾にして、地道に積み上げられてきた既存の価値を否定する。それは「構造の変化」を捉えているのではなく、直視したくない現実から逃れるための、高尚に見せかけた言い訳でしかありません。
ボランティア活動、海外留学、課外プロジェクト。統合型入試で有利とされる実績の多くは、親の財力と情報力で「デザイン」可能です。
「点数が取れないから統合型へ」という層が、その高度な課金ゲームで、学力も財力もある層に勝てると考えているのだとしたら、あまりに楽観的すぎ。
結局、EVやSDGsと同じで、「ルールが変われば自分(の子)にもチャンスが来る」と思い込みたい層が、一部の極端な事例を「時代の変化」だと拡大解釈しているだけ。
コロナが理由なら、既に通常授業に戻ってから入学した児童の学力不足の説明にならんのよね。
ま、いくら長文レスしてもあんたが初等教育にも疎いことが露呈しただけ。
実体験がない人の言葉は空回りで虚しいね。
残念。
また属性に逃げましたね。中身で押せなくなると「実体験がない」に寄る。分かりやすい。
で、本題。
「コロナが理由なら説明にならない」
その言い方自体が、因果を単線で捉えている証拠です。
学力は単年でリセットされるものではない。学習機会の断絶は学年をまたいで累積し、基礎の取りこぼしとして後続世代に持ち越される。だから“通常授業に戻った後の学年”にも影響が残る。
さらに、コロナは単独要因ではない。
家庭間の学習格差の拡大、ICT移行の定着差、教員側の指導負荷の変化。これらは回復局面でも非対称に効き続ける。
つまり、あなたの前提である
「もう通常に戻った=影響は消えた」
が成立していない。
そして決定的なのはここ。
あなた自身が「因果関係は未調査」と認めている。
その状態で、特定要因に断定している。
これは分析ではなく、結論先取りです。
最後に。
長文かどうかは本質ではない。
因果を示せているかどうかがすべて。
現時点であなたが示しているのは、
相関の印象と、現場の“空気”だけ。
それを根拠に断定している限り、議論にはなりません。






























