神田女学園で私の「好き」を見つける
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
「大学はどう社会に貢献していくべきか」「トップ大学としてどうあるべきか」「教育・研究力をどう上げるか」を本質論として持ち出しているけど、これは私が最初から語ってきた話そのものです。統治構造の話は、この本質論と対立する話じゃなくて、この本質論を実現するための土台の話。土台が学外の合議体とトップダウンで決められる構造になれば、教育や研究の中身も外部の経済的判断で決まっていく。だから統治構造を問題にしている。本質論から外れているのはこちらではなく、統治構造と教育の中身を別物として切り離しているあなたの方です。
「現状肯定するだけのつまらない人間」という評価も、私が現状維持を主張したことは一度もないという事実と矛盾する。私が一貫して言っているのは、この特定の制度変更がもたらす自治の毀損への反対であって、大学が変わるべきでないとは言っていない。反対の対象を「変化全般」にすり替えて、勝手にレッテルを貼っている。
その上で、あなたには大学とも研究とも利害関係が一切ない。会社もなく、当事者としての立場も何もない。だから東大が国卓になろうがなるまいが、あなたの人生には何の影響もない。だったら無理に本質論を語ろうとせず、「ゲートウエイ」としか書けない程度のリテラシーで野次を飛ばしているだけの、ただのガヤで永遠に立ち止まっていてください。
君が指摘しているとおり、東北大は研究力の向上、国卓の認定等結果を出しているからこそ、東北大の定員の40%を超える東京圏の学生が大挙して目指す。
つまり、国卓の認定、研究力の向上等は学生がその大学を志望する動機にもなるということ。
他方、大学の自治、学問の自由、統治構造の転換をすべきでない等、從來の東大のままで良いという君のような現状肯定派は、研究力の相対的低下など結果を出せないだろう。
国卓は結果を出せない日本の大学の改革を促す政策だ。東大が現状のままで国卓大学と比較して研究力向上などの結果を出せるなら出してもらおう。結果がすべてだ。
国卓は米国トップ大学などの成功モデルを参考につくられた仕組み。外部の合議体と執行部のトップダウンという統治構造の転換は米国トップ大学などの成功モデルを真似たもの。
米国トップ大学で成功している統治構造の転換を日本の大学でやるべきではないというなら、結果を出すべき。日本の大学が結果を出していれば、国卓などの仕組みなどそもそも不要だ。
日本の大学が結果を出していれば、国卓大学などの仕組みや統治構造の転換などしなくていい。しかし、日本の大学は結果がでていない。国卓に反対するなら、結果を出すべき。
いずれにしても、東大は継続審査打ち切りとなるだろうから、君の望むとおりになった。あとは国卓大学より結果を出すべき。
子どもの大学受験に際して色々と海外も含めて学部の内容とか
みているけど外国って制度設計(教育になるのかな)とかを
専門にフィールドワークも含めてやっているよね。
日本もそうなのかな?
なんかこう、革新的な心理とデータを組み合わせて
新しい感覚と持続も視野に入ったアイディアって
でてこないよね。一人が何か言い出すと批判と反対は
こぞってするけど「おぉ、どうしてそれを思いつかなかったんだ?!」という
ような革新的なものって出てこない。
教育もね。
昔女子アナウンサーだった久保純元アナは現在
幼稚園(?)保育園(?)をやっているとか(外国で)。
子どもを育てると教育の重要性と面白さに触れるけど
日本でそういう児童心理とか地域格差がある中での
公共教育とか本格的に学んでいる学部ってあるのかな?
外国はガチでやっていて、官僚とか自治体の職員とかに
なっているようだし、国策の大きな柱にすら認定されて
いるように思うけど。
教育って自国を守るために世界と時代とを分析し、
取り残されないための政策と戦略が必要なんだと思うけど。
そして何より子どもが「行きていて楽しい」と感じて
行きていくコアを創るものだとも思うんだけど、
日本は誰でもできる、全員が通る道として軽視されすぎ。
教育には時代に取り残されず、先を見据えた戦略や政策が必要なのだけれども、利害関係者が多すぎて教育改革がまったく進まない。
東大の国卓と汚職の数々をみていても、反執行部の時期を考えたリークの数々をみてもわかるとおり、改革をしようとすると、足を引っ張る人が無数にあらわれる。
大学の自治、学問の自由、統治構造の転換をさせない、長期研究の重要性など次々と御旗をたてて、從來学部のポストや定員減、予算減などを防ぎ、自分のクビやキャリアを守ろうとする人たちが反対する。
東大改革をみていても、日本で教育改革がいかに難しいかよくわかるよね。
東北大等国卓に認定され、大胆な改革をしている大学を国は支援し、自立させていくしかないだろう。
一番の問題は「公平」という理解なんだと思うけどね。
日本の公共教育は「同じ」でなくても良いはずなんだけど。
ズルい、とか「こっちの方が上」だとか。
どっちでも良いのよ。
必要な所に必要なものがあれば。
あとは本人の選択だから。
日本の大学が世界や将来を見据え、戦略的に自ら組織を改革していくことができないのは、利害関係者たる教職員が大学を統治しているからだ。
サラリーマン経営を続ける日本企業が大胆に改革できないのは、社内のしがらみやリストラにできないからでもあるが、日本企業は世界と競争しているので、企業が将来的に潰れる、将来見通しが良くないとなれば黒字リストラを敢行する。
他方、大学は教職員を守る、身内を守るために改革を怠り、子どもたちや学生が犠牲になっていく。日本の教育や大学がいつも古びた後追い教育になるのは、自ら改革ができないからだ。
成功し自立している米国トップ大学の統治構造を国は研究し、大学経営について、文部科学省と経済産業省が審議会を設置して議論しているが、根本的にはガバナンス、統治構造を変える必要があるとの認識で一致している。
国はそうした自ら改革を行うことができる大学を支援する方針。支援も期限付きで将来的には米国トップ大学のように大学が国に頼らず自立的な運営ができることを目的としている。






























