神田女学園で私の「好き」を見つける
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
他の中高一貫校に、近年最も大きな影響を与えたのは開智所沢の開校だろう。
開智所沢は、わずか数年で受験生1万人を集める中学となったことで、他の中高一貫校に大きな影響を与えた。受験者1万人超えは開智、開智所沢のほかに栄東しかない。つまり日本トップの受験生数を集めることができる中高一貫校ということで注目された。
特に、探究、グローバル教育、メディカルサイエンス医進、と横軸のコース分けをしたことが大きい。今までは学習種熟度別のクラス編成をする中学はわりと多かったが、横軸のコース分けをしている中学はあまりなかった。
この影響で從來の教育を続けてきた中高一貫校が、探究サイエンス、グローバル教育、メディカルサイエンス、リベラルアーツなどを教育の特色として全面的にカリキュラムなどを含め改革する学校も出てきた。
人材を塾や外部から受け入れ、カリキュラムをつくり教材をそろえるだけでなく、海外の中高との協力関係構築など積極的に改革する中高がいくつか出てきた。
結果を出すには時間はかかるだろうが、よい傾向だ。
エデュの日常ですなぁ。
>米国トップ大学で成功している統治構造の転換を日本の大学でやるべきではないというなら、結果を出すべき。
これはもう三度目です。
同じ主張を語彙だけ変えて繰り返しているだけで、指摘した論理の欠陥には一度も答えていない。「反対するなら結果を出せ」という立証責任の転嫁、「結果が出ていない」の定義不在、統治構造と結果の因果関係の未証明。
この三点、毎回スルーして同じ結論だけ繰り返すのは、反論ではなく単なる呪文の再生です。ゲートウエイという言葉しか書けないのと同じ理屈で、この主張も同じ形のまま何度再生しても内容は増えません。
>米国トップ大学の統治構造を国は研究し、大学経営について、文部科学省と経済産業省が審議会を設置して議論しているが、根本的にはガバナンス、統治構造を変える必要があるとの認識で一致している。
これも精査すると崩れる。
米国トップ大学の統治構造とは、実際には大学ごとに大きく異なります。ハーバードは評議員会(Corporation)が最終権限を持つが教授陣の自治的権限も強く残る。
カリフォルニア大学群は州政府の強い関与下にある公立大学。
プリンストンは小規模ゆえに教授会の発言力が相対的に強い。
「米国トップ大学の統治構造」を単一のモデルであるかのように語ること自体が、比較対象の解像度を意図的に落としている。他人に詳しくない事がバレバレと、自分がいかにも詳しい立ち位置でいつも語っているが、詳しいと言っていない私に突っ込まれている様も毎度の景色。
そして、日本の官庁が審議会で「ガバナンス強化」という言葉を使っていることと、それが具体的にどのアメリカの大学のどの制度を指しているのかは、まったく別の精度の話です。
>教職員が大学を統治しているから改革ができない。サラリーマン経営を続ける日本企業と同じ。
これも比喩が破綻している。
企業は株主・市場という外部からの淘汰圧に晒される主体で、黒字リストラも株主利益の最大化という明確な目的関数のもとで行われる。
大学の目的関数は利益最大化ではなく、学問の継承と知の生産です。企業と大学を同じ経営モデルで語れると考えている時点で、この一連の投稿群は「大学とは何か」という定義そのものを企業に丸ごと置き換えてしまっている。
これは統治構造の議論ではなく、大学という制度の存在意義そのものへの無理解ですね。
保護者くんの一連の投稿にある「革新的なアイデアが日本から出てこない」という嘆きも、皮肉なことに今まさにこのスレッドで起きている現象そのもの。
統治構造を変えれば革新が生まれるという単純な因果を、根拠なく何度も繰り返す。これは「革新的な発想」ではなく、逆に「思考停止した紋切り型」の典型例でしょうね。教育の未来を憂う投稿の中で、まさに憂うべき思考の型をキミ自身が体現してくれている。
これだけの論点を積み重ねて尚、同じ主張を装いだけ変えて繰り返すというなら、続けてもらって一向に構いませんよ。
ただ、次にまた同じ内容を別の言葉で書いてきたとしても、それは反論ではなく単なる再生であることは、もうこの場にいる誰の目にも明らかだと思いますがね。
ま。それを放置して観察するのも、エデュの楽しみ方なのかもしれませんが。
日本も海外大学東京校などの誘致を増やして、国内の大学と協力や競争していくのが良いだろう。
いくつもの英国系のボーディングスクールが日本で開校したことは、少なからず日本の中等教育に影響を与えている。競争と協力をあわせ持ちつつ互いに切磋琢磨していく環境がいい。
日本の大学がこんな状況になってしまったのは、序列が決まっていて、競争がなかったからともいえる。中等教育は新興校の台頭など学校間の競争が激しいので、教育内容等の見直しなど改革していくことは結局生徒たちに裨益する。
近年、開智所沢が1万人以上の受験者を集め、注目された。
近年、新興校に探究学習、グローバル教育、メディカルサイエンス、リベラルアーツなど、從來の教育とは異なる教育を行う中高一貫校が増えてきた。
これは社会の変化、大学受験の変化等に対応することができ、子どもたちが将来生き抜くことができるための教育が必要不可欠だからだ。
今まで從來の教育を続けてきた中高が大きく方針を変えるケースが増えている。4年生の時の学校説明会で聞いたことと6年生の時の説明会で聞いた話が大きく違っていてびっくりなんてこともある。
中高一貫校も生き残るために必死に改革をしているが、伝統校はなかなか改革できない。その主な理由は伝統校の保護者や卒業生たちが改革を望まないからだ。
東大の卓越認定に反対する人たちがいるように、伝統校が改革するのは非常に困難を伴う。それを良く理解しておこう。
どちらかというと学生への影響の方が大きいのかな?
日本のニューヨーク大に行くならニューヨークに行っちゃえ、みたいな。良くきく大学名は身近にも感じるようになるから。
それと。東京の外国人も増えているからその人達の進学先が日本にもあれば喜ばれるといったところかな?
丁度都立高出身者への海外大学進学奨学金を発表したばかりだし。
より東京をコスモポリタンに、という構想でしょうね。
ニューヨーク大学の東京進出によって日本人学生等がニューヨーク大学など海外大学を目指すきっかけになるかもしれないし、日本で働く米国人などの子どもが日本校で学ぶこともあろう。
それよりもミネルバ大学が世界にいくつかの海外拠点をおいて1〜2年海外の拠点で学ぶことができることで爆発的な人気となった大学があるように、ニューヨーク大学も上海や東京で1年など学べるようにするのかもしれないし、日本校で独自に選抜する学生とともに学ぶようなことも考えているのかもしれない。
ちなみにミネルバ大学も東京に拠点があり、世界の複数の拠点のうち最も人気があるらしい。日本人がミネルバ大学に合格して、日本拠点で学ぶ人もいる。
本来は日本の大学が国卓のように、秋入学、単位互換制度など相互に交換留学できる体制を築けることができればいいのだが、日本語授業では無理だよね。国卓はこういう海外の大学の単位も認めて相互に生き来できる仕組みをつくる大学。
徐々にだろうけど、早く改革しないと世界の大学が日本拠点を築かざるをえなくなるよ。






























