将来の選択肢が広がる学部合同説明会
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
ミネルバ大学が世界8つの拠点を巡回して学ぶ革新的な大学が米国にあり、日本にはないという事実。
ミネルバ大学は世界8巡回し各国の課題や課題解決の取り組みをしていき、グローバルリーダーを育成しているのに、日本のトップ大学は日本という井の中の蛙だということ。
これで日本の最優秀層が日本のリーダーになって世界で勝てるわけがない。
先日会見で、東大新学部の選抜方法が先行的に示されました。別方式の東大入試との併願は認めないが、他大学の推薦型入試との調整はまだついていない、との事です。また、面接の数日後に合格を発表するスケジュールで、それでは判定での面接のウェートが軽くないか、気になる所です。ちょうど早慶入試に重なる日程であり、何やら殴り込みめいていて、受験生と高校の支持を得られるのか、如何なものでしょう。
良いのでは?
なんなら国立私立、大学入試DAYが全部で4日間しかない。
最大4大学しか受験できない。
複数合格で複数入学金を支払う事もなく、
受験生同士が同じ枠を争わなくても良い方が
わかりやすいよ。
行ける所は1つだし。
1,2日目の受験のエントリー。
1日目の受験、その合格発表。
2日目の受験、その合格発表。
そして3日目、4日目のエントリーができ、
3日目、合格発表。
4日目。
順次入学手続きが終われば次の受験資格が
無くなる。
大学は入学金で稼げないけど定員割れした大学は
すぐなくなっていく。
行ける人、行きたい人が大学は行く所。
授業料は高額になっていくだろうけど奨学金制度
(大卒を雇う企業は大学支援金を出す)
をもっと充実させて。
後は興味や教養で勉強したい人ように
カルチャースクールでも開講すればよいのでは?
国家資格とかも取れるカリキュラムで。
私も西千葉さんと同じ点が気になりました。
制度改革は理念だけでなく、受験生が実際にどう行動するかまで設計して初めて機能します。
面接を重視する選抜と言いながら、面接後わずか数日で合否判定まで終えるのであれば、本当に十分な評価ができるのか。そこは説明を聞いてみたいところです。
日程についても、東大は受験生だけでなく高校現場への影響まで考える必要があります。早慶と真正面から競合する日程を組めば、進路指導や受験戦略は一段と複雑になります。
一方で、「全国一斉に受験日を集約すればよい」「受験機会を制限すればよい」という議論は、大学入試制度全体の設計論であって、今回の東大新学部の制度設計とは別の論点です。
現行制度を前提として、その中でどのような選抜を設計すれば優秀な受験生に支持されるのか。西千葉さんが問われているのは、まさにそこではないでしょうか。
先行記者会見は、実質的なパブリックコメント設定で、このサイト・スレッドも通覧しているかも知れません。会見内容に拠れば、受験生は書類集めやエッセイ作成に今夏は忙殺されるでしょう。英語面接は、エッセイ内容の深部に踏み込まない体になるかも知れません。誰かに書いて貰ったのでいいよ、というメッセージであれば、カンタン英語面接指南業者の丸儲けになります。早くも、新学部の理念的なものを放棄したのか?面接に耐える教員が集まらなかったのか?現役の駒場英語科とケンカでもしたのか?私は、新学部対応面接指導不能、を高校教員から突きつけられた結果、と看ます。
私もその可能性は気になっています。
本来、CoDが目指すのであれば、知識量ではなく思考過程や価値観、協働性、探究経験を多面的に評価する選抜であるはずです。
ところが、エッセイを事前提出し、短期間で面接・合否まで完結するとなると、評価の信頼性(reliability)と妥当性(validity)の両立は容易ではありません。
特にエッセイは、本人の思考を測るための材料である一方、第三者の添削や生成AIの介在を完全に排除することは困難です。だからこそ海外大学では、エッセイ単独ではなく、長時間の面接、複数回評価、推薦状、学業履歴などを組み合わせ、総合的に本人性を検証しています。
今回の制度設計では、その「本人性の検証」がどこまで担保されるのか、まだ見えてきません。
もし高校現場への配慮や運営上の制約から面接の比重を下げたのであれば、それは理念を現実へ適応させたというより、理念そのものの測定精度を下げたことになります。
CoDは教育理念だけで評価されるものではなく、その理念を選抜段階でどこまで一貫して実装できるかが、本当の試金石になるのではないでしょうか。






























