アートの才能を伸ばす女子教育
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
たからダメなのよ。
仮にその研究に興味のある人が1国に1人しかいなかったとしても今はネットで繋がれるので世界には200人。
その人達がその研究のロマンを語り、他の人も魅了出来ればもっと広がるし、中には後押ししてくれる人も出るでしょう。
純粋に科学に魅せられて研究をし続けられる人には資金がついているということですよ。霞じゃ研究出来ないからね。
出来ているなら良しです
両方とも極端なんですよね。
まず、「技術=お金とは浅ましい」という発想自体が、研究と社会実装を妙に対立させている。
今の半導体、インターネット、GPS、mRNA、量子技術、全部、最初は「そんなもの何の役に立つの?」と言われた基礎研究の積み重ねから生まれている。
つまり、短期収益だけで研究を測るのが危険なのは事実。
でも逆に、「お金の話をする=浅ましい」も、かなり幼い。
研究って、装置、人材、時間、失敗コスト、全部に巨大な資本が必要なんですよ。
現代科学は、もはや個人のロマンだけで成立する時代ではない。
だから本来必要なのは、「純粋研究」と「社会実装」を対立させることではなく、その循環構造をどう設計するか。
そして保護者さん側も、かなり雑。
「1国に1人でも世界で200人いる」って、研究領域をSNSコミュニティみたいに捉えすぎなんですよね。
先端研究って、単に興味ある人を集めれば成立する話ではない。
実験設備
検証環境
長期雇用
査読
再現性
研究文化
失敗許容
そういう巨大インフラの上に成り立っている。
極端な話、1人の天才研究者より、それを10年単位で支えられる国家や産業構造の方が重要だったりする。
だから本質は、「資金がつくかどうか」以前に、研究者を個人の情熱へ依存させすぎている日本の構造そのもの。
海外トップ研究機関って、研究者個人の気合いではなく、「失敗込みで長期投資する仕組み」が先に存在している。
ところが日本は、研究者へ「情熱を語れ」「社会貢献しろ」「金も取ってこい」を全部同時要求している。
その時点で、かなり歪なんですよ。
経団連が科学技術立国で研究開発投資を2040年までに22兆円から50兆円にすると提言。
政府も国際卓越研究大学と地域中核大学の間にもう一つ研究大学群をつくる予定。こちらの大学群は文部科学省より経済産業省がどちらかというと主導。産業連携や新しい価値を社会に還元する大学群になるだろう。
収録の論文中心主義とか、蛸壺研究室とか、公務員のような人事制度等、大学は根本的に変革を迫られるだろう。
>海外トップ研究機関って、研究者個人の気合いではなく、「失敗込みで長期投資する仕組み」が先に存在している。
ところが日本は、研究者へ「情熱を語れ」「社会貢献しろ」「金も取ってこい」を全部同時要求している。
あってるよ。でもね、日本は情熱を語れだけじゃないし、海外トップも個人の気合を無視してはいない。
むしろ、個人の能力、情熱が中心にあって、それを支える周辺整備において海外が日本をリードしている。
研究自体をただの歯車にしてしまうと全くもって前に進まない。今ある内容(知識)を利用する事は
できても新しいものを生み出していくのはいつも「情熱」ですよ。
誰も「情熱不要」なんて言っていませんよ。
問題は、日本が情熱を前提に、研究者側へ過剰な自己犠牲を求めがちなこと。
海外トップ研究機関だって、当然ながら個人の能力や執念は重視している。
でも同時に、研究者が「研究そのもの」へ集中できるよう、長期視点の資金や支援体制、失敗を許容する制度設計がかなり厚い。
日本はそこが弱いまま、情熱を示せ、社会貢献しろ
外部資金も取れ、起業もしろ、を全部背負わせる。
だから優秀層ほど、疲弊して外へ流れていくんです。現実が如実に語ってくれていませんか?
最近のノーベル受賞者、海外大学在籍者が目立っていますよ。































