入学後の不安が安心へ明誠の宿泊研修
今の都立武蔵が有るのは、故石原慎太郎の都立高校改革のおかげです。
今の都立武蔵が有るのは、故石原慎太郎の都立高校改革のおかげです。
改革前の都立武蔵は次の様にあまり宜しくありませんでした。
・教師は教科書をテキトーにしかやらず、授業の中身は薄く、生活指導もしません。
TVのバラエティ番組の雑談等をよくやっていました。
また、生徒を偏った思想で洗脳していました。
・受験指導や補修授業はやらず、授業の無い3年の2月に担任の教師は
「君達の分まで滑って来るから!」と言ってスキーに行ってしまいました。
そして、税金から給料を貰っていました。
(自由な校風≒放任主義≒手抜き?)
・遊び目的で入学して来る生徒が多く、ガラが悪く、攻撃的で、
生徒をヒマにさせていることもあり、イジメが多かったです。
温厚な性格だとイジメの標的になりました。
勉強しないことを肯定する校風で、同調圧力的な見えない校則が有りました。
生徒の成績は下がり、浪人が多かったです(二浪も多い?)。
・都立武蔵の校風が嫌で、都立武蔵を蹴ってマーチの付属校に行く人や、
学力は有るのに武蔵野北(当時は新設校で規律が良かった)に行く人もいました。
>予備校化と書かれて想像力がどうの言う前に、まず考えましょうよ。
>> (受験予備校化が嫌なら、大学進学を止めたり、偏差値の低い高校に行けば解決します。)
>受験予備校だと認めている事になりませんか?
「受験予備校化が嫌なら、大学進学を止めたり、偏差値の低い高校に行けば解決します。」で論破されているのに、何が言いたいのかサッパリ分かりません。
>「昔のような自由放任の都立高校がいいなぁ」という意見は聞きますね。
>東大数名しかいなかったが、そんな事よりもあの学校生活が最高だったと。
>今は昔なのでしょうが、武蔵が大学実績だけで評価されるような風潮を寂しく思う人もいます。
⇒自由で制服が無く、進学実績が都立武蔵の最低期以下の都立高は、現在数校有ります。
昔の様に学区は無いので受験出来ます。
>受験予備校化した武蔵ってそんなに魅力?
これ書いたの人生観の甘いバブル世代? お花畑パヨク? 小尾通達期の旧ソ連が大好きな教師?
バブル期から日本の平均年収は殆ど変わっていませんが、予備校の学費は倍になりました。
受験予備校化は庶民の家計を助けるとても良い政策です。
小尾通達期の都立武蔵では、この様に言い掛かりをして攻撃してくる人が多かったです。
また、お受験掲示板で、受験指導する様になった今の都立武蔵を批判する様なマナーの無い人も多かったです。
多摩地区有数の都立高のはずなのに、温厚な人や思慮深い人は少なかったです。
>改革前の武蔵OBが読んだらどう思うか?最初に想像力の欠片もないスレを建てたのはスレヌシ。あなたも同じ考えなのですよね。
>予備校化と書かれて想像力がどうの言う前に、まず考えましょうよ。
>>(受験予備校化が嫌なら、大学進学を止めたり、偏差値の低い高校に行けば解決します。)
>受験予備校だと認めている事になりませんか?
>故・石原氏の改革の要諦は大学実績による都立復権なのだから、受験予備校化はある意味必然。納得ずくで入学するのではないですか?
>いち都民としてもそれで良いと思います。石原氏の改革は成功なのでは?
「偏差値の低い高校に行けば解決します。」で論破されているのに、何が言いたいのか全く意味不明です。
都立高校は税金で運営しており、都立高校とは無関係な人の税金も使われています。
学力の有る生徒を怠けさせて学力を低下させ、一方、旧ソ連が大好きな教師が怠業して税金から給料をくすねていた小尾通達期の都立武蔵は税金の無駄でした。
小尾通達&学校群制度は、太陽光パネル設置義務化と並ぶ東京都の愚策で、
納税者の都民が「税金を無駄にするな!」と石原氏の改革を支持するのは当然です。
大菩薩ヒュッテは未だに有るみたいだけど、ただ山小屋に泊まるだけで意味が無く、無駄でした。石原改革後の都立武蔵は勉強合宿をやるようになりました。
小尾通達期の都立武蔵への虚偽の投稿が有りました。
>(小尾通達期の都立)武蔵高校は制服のなく「各自が好きなことに“チャレンジ”してみなさい」と自主性を育ててくれる校風であったと感じています。
>個性尊重の(小尾通達期の都立)武蔵
⇒小尾通達期の都立武蔵はウェイ系全体主義で画一的で、外れるとイジメに遭い、出る杭は打たれる校風でした。
攻撃的で他人にケチを付ける人が多かったです。
運動クラブ活動は出来ますが、他の高校でもやっているし、それ以外では好きな事もチャレンジもやり難い校風でした。
今の都立武蔵の方が運動クラブだけでなく、数オリ、物理オリ、短歌甲子園等の点で多様性が有り、生徒に様々なきっかけを与え、個性を尊重しています。
小尾通達期の都立武蔵は、ストレスを溜めているのか、攻撃的な人が多かったです。
・小中学校では相対学力が高かったのに、高校での相対学力が下がったことによる劣等感。
・勉強しないで怠けて遊んでばかりだが、内心は受験に不安が有る。陰で塾や予備校に通う人も多かったです。
・生徒を集団でヒマにさせているのでイジメが有る。ヒマな上に男女共学が悪く作用し、進学校では無い筈のスクールカースト的な所が有りました。
・多摩地区はガラが悪い人が多い。72群と32群、国高と西高は偏差値と校則が緩い点は似ていますが、校風に差が有ります。田舎の多摩地区と住宅街の第3学区の差の様です。
>偏差値70超でした。内申がオール5でも、普通に不合格になりました。
>校風は自由! 超自由!
>先生も、良い意味で頭のおかしい先生が多かった!
⇒小尾通達期の都立武蔵は相対評価で平均4で入れました。当時の都立高校の入試問題は簡単で、実技で内申を稼いで学力が低い人でも入れました。
ウェイ系全体主義で画一的、外れるとイジメに遭い、出る杭は打たれ、ケチを付けられ、思想の自由は有りませんでした。
先生は進学指導も生活指導もやらず、授業もテキトー。
頭のおかしな先生が多く、ソ連中共は理想国家で「日本は悪い国」と本気で信じていて、生徒を洗脳していました。
テキトーな授業しかしない先生の方が楽なので、目先の快楽優先の生徒には評価が高く、洗脳されたOBOGは浪人して苦労したはずなのに、鬼門に入った税金泥棒の先生を崇めていました。
先生にとっては天国の学校でした。






























