女子校という環境が、女の子の人生を大きく変えていく!

inter-edu’s eye
女子校は今、共学志向の影響を大きく受けています。私立の中高一貫女子校が共学化するケースも多く、その数は減ってきています。しかし、教育ジャーナリストのおおたとしまささんは、「男子校、女子校は一定数あって、さまざまな個性をもつ子どもたちが自分に合った環境を選べることが、本当の意味での教育の機会の平等」と言います。そこで今回、おおたとしまささんの著書「女子校という選択」を取り上げ、女子校の真の姿を探るべく、さまざまな角度から女子校について語っていただきました。

女子校という選択

今回取り上げた著書:「女子校という選択」日本経済新聞出版社

社会で活躍する女性を数多く輩出し続ける女子校。「箱入りのお嬢様だらけ」「彼氏ができない?」など、様々なイメージも先行するが、その実態とは。現役教師、著名出身者などの幅広い取材を元に解き明かします。

「既存のジェンダー意識にとらわれない」女子校の良さ

教育ジャーナリスト: おおたとしまささん
受験や育児に悩む、お母さま方の気持ちに寄り添ったアドバイスが好評。

インターエデュ・ドットコム(以下、インターエデュ): 女子校を知らない人たちからすると、「お嬢様っぽい」イメージをもたれがちですが、実際、多くの女子校の取材に行かれてどう感じましたか?

おおたとしまささん(以下、おおたさん): 「お嬢様っぽい」と見えるのは、TPOに合わせて外向きにはちゃんとする、という教育を受けているからでしょうね。ところが、学校の中ではむしろ逆で、女らしさというものは度外視で、女の子でもやんちゃができる。

もともと男性的なリーダーシップをもっているような女の子は、女子校だからこそ、その資質が発揮されやすい。共学では女らしくふるまったりしなくてはいけなかったかもしれないけれど、性別に関係なく自分らしさを思い切り出しても叩かれない環境が女子校にはありますよね。また、異性受けするタイプではない女の子が劣等感を感じずに、自己肯定観が高い状態で学校生活を送れるということもあります。

異性を意識しなくて済むので、表面的に自分を着飾る、文字通りお化粧やファッション、自分をどう見せるかというところに意識を奪われることが少ない。見た目を気にせず、自分らしさを育てることができる。そのときにしかできないことに時間やエネルギーを割くことができるのが、女子校の良さです。

インターエデュ: 最近の女子校の教育ですが、女性の社会進出が盛んになってきていることで、変わってきているのでしょうか。

おおたさん: 今でこそ一般的ですが、女子校は100年以上も前から「女子に教育を」ということを言ってきました。自分で道を切り開いていく、女性だからといって可能性をあきらめない、固定概念にとらわれない、というメッセージは、どの女子校も発し続けています。

そして現在、21世紀の社会においては、「女の子らしさ」といった既存のジェンダー意識にとらわれない「ジェンダーニュートラル」の考え方が大事になっていきます。女子校は、既存のジェンダー意識に影響されにくい環境だからこそ、性別にとらわれない生き方とかキャリアをイメージできるという良さがあります。それが、女の子たちのその後の人生を大きく変えるのだろうなと思います。こうして女子校は時代が求める女性像、一歩先行く女性像を実現してきたのです。

運動会に象徴される女子校特有の集団形成

女子校特有の集団形成

インターエデュ: 女子校にはスクールカーストがあって、いじめも多いのではというイメージもありますが、実際のところどうなのでしょうか?

おおたさん: 女の子の大きなヒエラルキーというのは、共学における男の子の価値観から形成されるもので、女の子だけの集団では、そういった露骨なヒエラルキーは形成されず、いくつもの小集団ができます。小集団間は、並列・対等でそれぞれの趣味・好みだよねと、価値観の多様性が認められやすい雰囲気です。

しかし一方で、別集団の人をよく知らないがために、相手に対する勝手な印象を作り上げてしまい、いがみ合いは起こりやすいとも言えます。その点は女子校のネガティブな部分です。先生もそれをよく分かっていて、集団がシャッフルするようなグループワークを取り入れたり、席替えを行ったりします。すると、「なんだ、普通に話せばいい子じゃん。」となるんですよね。そこでお互いを認め合えるようになって、人はそれぞれ違っていいんだということを知る。その成功体験を得られるのが、女子校の良さでもあります。

インターエデュ: 集団形成の仕方は、運動会にも表れているとのことですが、詳しく教えてください。

おおたさん: 何か一つの目標に向かって集団を形成するとき、自然発生的に、男性は、上に立つ人の言ったことは絶対、という命令系統による「縦型の組織」を作ります。一方女性の場合は、共感をベースにした「横型の組織」を作る傾向にあります。大変興味深いことに、男子校、女子校の運動会のチームも同じように集団が形成されます。男子校では学年横断の縦割りのチーム対抗、女子校においては、かなりの確率で学年対抗なんです。

女子校の運動会では、毎年高校3年生がだいたい優勝します。それでは面白くないだろうと、縦割りを試みた学校もありましたが、生徒たちには不評でした。なぜかというと、女の子にとって、運動会は勝ち負けではなく、チームワークをどれだけ高めることができたかどうかに喜びを感じるからなんです。「わたしたち負けちゃったけど、いつもの集団でここまでできたよね!」ということが女の子にとって、大事なんですよね。

運動会において何に喜びを感じるかは、ハイライトにも象徴されています。男子校では、チームの勝敗を決める騎馬戦や棒倒し、リレーになりますが、女子校の多くは、最高学年である高校3年生が全員で作り上げたダンスや伝統舞踊の披露なんです。

女子校の運動会でハイライトのダンスを観たのですが、みんな泣きながら踊っているんですよね。女の子たちが共鳴し合う感受性の強さには感動しました。それと、200人という大集団の一体感を目にしたとき、「曼荼羅」を見ているような気持ちになったんですよね。言葉にするのは難しいのですが、広い意味での「母性」や「輪廻」を感じたんです。

女子校出身者の結婚観「結婚を男性とセットで考えない」

結婚観

インターエデュ: 女子校出身者の結婚観は、異性がいない環境で過ごしたことで、共学出身者との違いはあるのでしょうか。

おおたさん: 個人差はかなりあるでしょうが、女子校出身の女性と共学出身の女性の間には、男性に求めているものに多少のズレがあるのではないかと思います。女子校出身者には、男が稼いで当たり前というような、性的役割に対する固定概念というのが薄いので、結婚相手に求めるものが多様だろうなと感じます。

たとえば、女子校出身者が稼ぎが少ない男性と結婚すると、共学出身者は「男の見る目がない」と思ってしまいます。しかし、それは男性に対する、あるべき姿というものが異なるという価値観のズレです。また、女子校出身者は結婚相手に求めるものが多様であるから、結婚できる確率は高いと感じる一方で、私は、離婚率も高い傾向にあるのではと思っています。これは男子校出身者も同じでしょう。

それは、お付き合いの回数や、異性とのコミュニケーション能力といったことは関係ありません。異性がどういう風に成長してきたのか、自分と異質な部分があることを知らずにいるため、結婚後そこに初めて気づいてショックを受けてしまうということが理由と思われます。

夫婦、男女のパートナーというのをどういう風にとらえるのかは時代によって変わりますが、今の風潮としては、それぞれが自立した二人の大人が同じ方向を向いて、歩んでいく。そっちのほうが推奨されている世の中です。別学出身者の方が、性別によって自分の役割を規定しないので、一人でもやっていけるけど、一緒にいたいから結婚するという純粋な気持ちが強いかもしれません。

~編集部からのひとこと~

男女共同参画社会を目指す時代だからこそ、女子校という環境で培われる、ジェンダーにとらわれない生き方が大事になってくると思いました。しかし、社会における男女差別は未だ根強く、性別による役割を押しつけ合う風潮はなかなか変わりません。特に結婚・出産・子育てに関して、女性にはさまざまな壁が立ちはだかります。その解決の糸口を探るべく、次回はおおたとしまささんの著書「ルポ東大女子」を取り上げ、ジェンダーギャップについて考えていきたいと思います。

次回は、
女子校の集団力・共感力が社会を変える力に
をお届けします。お楽しみに!

おおたとしまささん

おおたとしまささん
教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業、東京外国語大学英米語学科中退、上智大学英語学科卒業。株式会社リクルートから独立後、数々の育児誌・教育誌の編集にかかわる。教育や育児の現場を丹念に取材し、斬新な切り口で考察する筆致に定評がある。心理カウンセラーの資格、中高の教員免許を持ち、私立小学校での教員経験もある。著書は『名門校とは何か?』(朝日新書)、『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)、『追いつめる親』(毎日新聞出版)など50冊以上。