アートの才能を伸ばす女子教育
洛南高等学校附属小学校の情報交換☆
2014年春、洛南高等学校附属小学校に入学が決まりました。
皆さんと色々情報交換したいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
基礎の反復演習は必要に応じて各自がすればいいのではないでしょうか?
骨のある問題に食らいつく日々の宿題が脳に刺激を与えています。
単純な計算を100問させるような作業みたいな宿題は御免被りたいですね。
「骨のある問題が…脳に刺激を与える」
「難しい問題のシャワーを浴びていると…脳内に化学変化が起こってわかるようになる…」
こうした脳機能に関する非科学的な喩え話は、全くの誤謬でオカルト的です。
低年齢の発達期に処理容量を大幅に超える負荷をかけると、
神経のシナプス化(連携・発達)が阻害されるというのが定説です。
「先生を全面的に信用して預ける気がないなら、学校を辞めればいいのに」
これもしばしば書き込まれまれる衆愚論/脅しですが、
余りに稚拙で反論もはばかられますし、
他の方もそうなのでしょう。
これを書いている方が本当に保護者なのかと疑ってもいます。
低年齢の発達期に。。。とおっしゃいますが、何歳の話ですか?3年生(8~9才)といえば、脳は十分に発達していて、思考力を鍛えていい段階だと理解しています。だからこそ先生方の挑戦を支持しているのであり、思考停止で何もかも受け入れている訳ではありません。
日々の宿題で骨のある問題を与えているのは、日々考えさせるためです。算プリの答えが間違っている場合に、先生が答えを書かないことの意味は「もっと考えなさい」です。「考える」ことが大事であって「できる」ことには必ずしも拘っておられないですよ。全部できるまで家に帰さないとかじゃないですよね。間違ったら「もう一度よく考えてみよう」です。
ここで親がかわいそうだと思って、本人が全く理解していないのに、とにかく「全問正解」を達成してしまうと「考える」チャンスを奪っていることになります。助けるにしても、考えるためのヒントを与えるくらいにとどめるのがいいでしょう。
定期考査が難しすぎるのはトップの子でも「考える」ことができるような難易度だからでしょう。今の段階で「できる」ことを求めていないので、打率のような平均点になっても、生徒に合わせて難易度を下げることはないですよね。正解にせよ間違いにせよ、とにかく「考える」ことができていれば今はいいという判断でしょう。「できる」を求めて子供を追い込まない方がいいですよ。難しいテストをやりっぱなしではなく、解き方の解説の後に再テストをするのはもう一度「考える」チャンスを与えているのです。
とことん考えさせるため材料が今のままでいいかというのは議論の余地があるかと思いますが、基礎の徹底的な繰り返し、ではなく、「とにかく考える」というプロセスを日々続けた結果が数年後にどう花開くか、見てみたいです。
ご自身が信じる教育方法があり、それを各家庭で実践するのは自由ですが、知ったようなことを言ってしゃしゃり出て、学校の壮大な実験の邪魔はしないでいただきたいです。
保護者ですよ。
実績のない新設校に預けるのですから大きな賭けであり、
実績ができてうまく回り出すまでは実験です。
既に確立されたメソッドで教育してもどこかの学校に
毛の生えたような集団ができるだけです。
「洛南小生ガンバレ」様は
他の方の意見を理解されずか、意図的にか矮小化して引用されるので、
議論がずらされてしまいます。
私どもも、一つ一つの解法を定着させた後に、それらを合わせた応用問題を解かせた方がよい、
と当たり前のことを書いたのが、
「基礎の徹底的な反復や100ます計算」のようにすり替えられていますし、
「どこかの学校に毛の生えたような集団」
表現が全体主義的、扇動的で妄信的(を装っている?)ので、学校関係者とも考えにくいし。
「知ったようなことを言ってしゃしゃり出て、学校の壮大な実験の邪魔はしないでいただきたい」
洛南小の保護者には教育他様々な専門家がいらっしゃるので、根拠・データに基づく話をなさってるか、
家でお子さんを見ている実感を語られていますよ。
学校に関する具体的な話が出てこないし、保護者ではないのではと思っていたのですが、
評判を落とそうとしている外部の方ですかね。
スルーして、他のご意見を読ませて頂きます。






























