女子美の中高大連携授業
京大凋落?
近畿2府4県からの合格者が
1750 人
を越えてから、「京大凋落」と言ってくれ。現状は、
1600 人
である。全合格者は、
2900 < 京大 < 3000
だめだこりゃ。円高で輸入産業が潤うということは、その分国内産業はボロボロになるか、海外移転で空洞化するかのどちらかだぜ(笑)
その証拠に悪夢の民主党時代の就業者数を見てみなよ。今より数百万人少ないぜ。
あの時は失業者数が多く、また新卒の就職がままならず、早稲田卒とかでも非正規雇用になってたよ。
まあ君は共産党シンパみたいだから、狙い通り日本がボロボロになることを強く願っているのだろうけど(笑)
自由な社会が一番、それには共産党等NPOの公金チューチュー根絶のひまそら一択!
京都の街を自転車に乗って散策。
加茂みたらし茶屋でみたらし団子。
聖護院の西尾で生八つ橋。府立植物園。
下鴨神社。
鴨川デルタと京の歴史を学びながら京のゆるりとした時の流れの中をのんびりとした楽しい講義があるんです。
アカデミックな学風そう京都大学なのです!
京大もたいへん変わったね
平々凡々と学生生活を送る
時計台の◯◯粉砕はなく立て看板もなくなり
部活?をサークルと呼び
卒業式の仮装大会
入学式、卒業式には親御も参加する
当時の学生時代
教養部の時は
1/3が真面目に授業に出る
1/3は時々出る
1/3は全く出ない
学園祭は学生集会が多かった
個人的には瀬戸内三園に通ってある差別偏見の学習と帰っては啓蒙活動をした
卒業後も所属するある分野の体制に逆らい続け今に至る
石丸さんはずいぶんと後輩だが当時、彼のような学生はほとんどいなかった
討論の場面ではいずれも正攻法で真っ向勝負していたな
議論でとっちめられて深夜、泣きながら哲学の道を帰ったこともあった
国家試験直前にはたくさんの本を持って進々堂に朝一番で入り向かって右の道路側に陣取って開店から閉店までコーヒー1杯で勉強した
当時はバンカラなのが多かったね
懐かしく思い出したよ




































