アートの才能を伸ばす女子教育
なんで早慶ばかり各界で活躍する人材が目立つのか?
カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した是枝裕和監督も、過去2回受賞した今村昌平監督も早稲田文学部出身と言う事を思い出しました。
文学の世界でも実業の世界でも政治の世界でもマスコミ業界も、
目立つのは早慶出身者ばかりじゃないですか。
こういうと「人数が多いから」とトンマな事を言い出す方が必ずおりますが、
早慶VS旧帝に置き換えても歴然とした差があります。
どうしてこういう事になるのでしょうか?
東京大学教授 西成活裕氏が「無駄の効用」で、次のように記していた。
「無駄とはいったい何であろうか。その時は無駄だと思っていたものが後で役に立った、という経験は誰しもあるだろう。例えば私が高校生の時、大学受験に関係のない科目を勉強するのは時間の無駄だと思っていたが、20年後にそうした知識が役に立って研究論文をまとめることができたのだ」
このことにつき、思い当たるフシある方も多いのではあるまいか。
ところで、知己のある弁護士は最難関だった旧司法試験を東大3年の初受験で合格。卒業を待って2年の司法修習を終え、24歳でひまわりの弁護士バッチをつけた。しかしながら、社会人経験なく法曹の仲間入りをした彼につき、周囲は「先生」とおだてながらも、けっして盤石の信頼を寄せていたわけでもなかったらしい。当然であろう、酸いも甘いも経験した大人が、息子のような若造にどこまで頼ればよいのか判断しかねたからだ。
結局、彼がそれなりの安定収入を得られるようになったのはイソ弁5年、独立後5年の10年選手になってからであった。その間に彼は、机上の受験勉強では修得できず、だが法律実務家としては必須の「無駄」を身に着けたのである。その意味で、私は法科大学院制度の意義を積極評価したい。そこでは、法曹として必須な科目が配当されているからだ。したがって、問題となる高額な学費等においては国からの支援や給付型奨学金等の拡充で解決を図ってほしい。
才能あふれるピカピカの若手俳優もよいが、苦労の末に中年になってから売れ出した俳優のいぶし銀のような演技も長らく精彩を放つような気がする。焦る必要はない。
総裁選は早慶対決か、神戸大が善戦してアッと言わせるか?
戦後の首相は東大、早慶が多数だが、
京大、一橋、神戸、学習院、成蹊、明治、法政からも各1名輩出。
田舎旧帝や駅弁からも出てくると話題性出ると思うけど。。。





























