在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
悠仁様が筑波大学という地方の三流国立大学への進学を決めたようですがそれなら学習院の方がマシじゃね?
なぜ?
しっかり文脈をとらえて頂きたい。温暖で知られる(あなたの故郷たる)瀬戸内地方をその比較対象にしたものではないからだ。また、風が強いということだが、北関東にお住まいなのであろうか。当地では、そのような感覚は乏しい。この時期、乾燥気味だが、からりとした晴天が続く。
たしかに西に比べ、日の入りは早い。この時期はとくに、17時になれば真っ暗だ。もっとも、都心部はネオンや街灯、商業ビルや地下街なども多く、それを意識することはない。
ちなみに、出身地ごとに部隊を編成した旧陸軍では、寒冷地とくに東北や北海道の部隊が精強だといわれた。その厳しい気候に耐えた農民出身者の辛抱強さがその理由だからという。
他方で、大阪の部隊は「また負けたか〇師団」と揶揄された。事実かどうかはともかく、それもまた分かるような気がする。換言すれば、東北人は口数では関西人に対抗するすべはないものの、辛抱強さでは一日の長があるということであろうか。
「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊」
ですな。
八連隊は歩兵第八連隊で大阪、第九連隊が京都でした。司馬遼太郎氏が弱かったわけではない、商家で働いていた人たちが多かったので、合理的で無理に突撃しなかっただけだと書いていました。
少なくとも京都は瀬戸内海気候ではないと思います。
士官学校に進む人も関西は少なかったらしい。二二六事件の将校も東北出身者が多かったとか。九州も軍人が多かったはず。
寒冷地農民出身兵が強いのか、へぇ~。
ウクライナに派遣された北朝鮮兵も強いのだろう。
が、ウクライナ軍が北朝鮮兵はゾンビのように撃たれても撃たれても押し寄せてきて訓練の標的の様だと言ってるぜ。
ひたすら突撃だとよ。
あっ、せっかく論点ずらしに成功したのに横やり入れてスマヌ。
東北出身兵は強いんですね。学びがあります。(笑)
第4師団のなかにその連隊が所属していたということではないか。ちなみに以前も記したが、私の父方の祖父は日露戦争のときに武勲を挙げ、明治天皇から叙勲された。その勲章も見た。中国語や朝鮮語が堪能な若手士官として活躍したらしい。その資質は父を経て、私にも伝わっているようだ。ただ、父は祖父に反発、陸軍士官学校受験を拒んだ。また私が出生したときには、すでにその祖父も亡くなっていたのが残念。NHKの番組「another‐history」ではないが最近、そうした先祖の来し方にも興味を抱く。孫として、祖父からoral‐historyの機会を得たかったと思う。
悠仁さまの東京大学受験を阻止できたが、まさか筑波とは思っていなかったでしょう。東京から出るとは。。。
赤坂御用地から近い上に入り易いというアドバンテージがありながら私立大学は1校も併願すらしてくれなし首都圏の早慶以下の私立大学の顔は潰れ結果的に殆どの人は将来の天皇陛下より学歴すらも下。
そう、真の下々の者になっちゃった。




































