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【5370697】受験制度激変で、もう誰も慶應や早稲田に入れない状況でいいの?卒業するのを難しくすべきなの?

投稿者: ライチ   (ID:AEjUwJrRSgo) 投稿日時:2019年 03月 22日 21:19

東京、神奈川、埼玉にある早慶の高校のレベルは公立中からは学年トップでも難しい。
中学受験でも早慶の偏差値は上昇してます。

東大一工と違い、合格数の絞り込みで大学受験生にとって、もはや早慶は雲の上の存在。努力すれば合格できる大学ではなくなってます。
東大一工もですが。。。東大一工は募集人数減らさなくていいのでしょうか?

でも世界の大学と比較すればまだまだのレベル。
これからは海外の大学や大学生と競争しないといけないのだから日本の将来のことを考えると、大学入試は今以上に難しくあるべきなのでしょうか?

それとも大学入試を易しくして、卒業するのを難しくすべきなのでしょうか?

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  1. 【6751870】 投稿者: ほとんど易化  (ID:qOLpvUxRukM) 投稿日時:2022年 04月 21日 14:49

    親世代から見たら少子化の影響で定員が変わっていない大学はほとんど易化でしょう。
    相対的なポジションが変化した大学はありますが。

    スレタイのように誰も入れなくなった大学なんてないです。

    東大、京大も含めてかなり易化していて親世代と比較したら今は1ランク、2ランク上の大学に進学できます。

  2. 【6751959】 投稿者: レレレのれ  (ID:9BXwTAYhDZY) 投稿日時:2022年 04月 21日 16:42

    行動経済学は心理学を経済学に応用して、人の経済行動を予測する分野です。
    まあ、実験もできるし、民族性や年齢・社会階層別の解析なんかも出来るから、しばらくは流行るんじゃないですか。

  3. 【6752017】 投稿者: あのなー  (ID:k5zYW3v94hw) 投稿日時:2022年 04月 21日 17:26

    慶應については、慶應の王者、ミスター慶應ファイナリストで
    何度逮捕されても慶應を放校にならなかった 渡辺陽太 翁に聞かずして
    誰が慶應を語れようか???

    とにかく、みのもんた さんの不肖の息子と、渡辺陽太 の2大巨頭を
    語らずして、慶應を語るなかれ!!!

  4. 【6752084】 投稿者: 総長  (ID:ZzZb6c2jd2s) 投稿日時:2022年 04月 21日 18:40

    今の早稲田大の総長は
    早稲田の付属や系列ではない無名私立高校から
    一般入試で政経に入った。
    その結果、入学後少し燃え尽きてしまった。
    その反省から、一般入試以外の
    推薦などの入試による入学者を全体の半数にする改革に取り組んでいる。

  5. 【6752169】 投稿者: あれ?  (ID:xMgrpINYNug) 投稿日時:2022年 04月 21日 20:22

    田中総長ですよね。
    武蔵出身では?

  6. 【6752192】 投稿者: 関西人  (ID:bVOLzffIAWg) 投稿日時:2022年 04月 21日 20:36

    燃え尽き症候群的な経験からどうこうってのは、東大の総長じゃなかったっけ?

  7. 【6752432】 投稿者: 米国型社会科学は、  (ID:xl6bBrWurws) 投稿日時:2022年 04月 22日 02:44

    人間の行動を自然現象と同じように工学的にとらえる。すなわち人間(近代人)につき、自己の利益の最大化を目指して行動するとの合理的人間と位置付ける。そして、社会現象もまた自然現象の如く機械論的形式論理でもって数学的に説明可能とする。それは人間をして物理的存在のように、あたかも粒子の如くその行動を予測可能とするものだ。

    とはいえ、それと本件「行動経済学」とはどのように異なるのであろうか。同じく経験科学の範疇に在り、実証的に社会事象を解明するとの従来からの研究方法論との相違点がよく分からない。実際には、単に心理学的観点を加味しただけであり、経験科学的方法論たる本質はこれまでと変わらないような気もする。その意味では従来の延長線上にあり、それほど御大層にありがたるほどのものか、というのが私の率直な印象である。

  8. 【6752781】 投稿者: 転載  (ID:xl6bBrWurws) 投稿日時:2022年 04月 22日 12:26

    そうした東大・京大等の一部難関国立大学とその他多数の国立大とを粗雑に混同して語るとの詭弁。如何なものかと思われる。同じ国立大学でも、東大と地方無名「国立」大学とでは、入試問題一つ比べても大きな格差(差異)が存するはず。しかも、その東大や東北大であってさえ推薦入学を実施していることも周知の事実。私学だけの専売特許ではない。まして、単純に私学との入試科目数の多寡(といっても数科目程度に過ぎないが)だけでもっての云々は、あまりに非論理的に過ぎよう。

    それは競争率実質3倍程度にしか過ぎない東大入試をもって、それゆえ数字的には激戦の私学よりも合格が「容易」だと言い捨てるが如く、滑稽である。失礼ながら、そうしたあなたご自身は、大学受験のご経験なきものとお見受けするが、問われるべきは入試科目数などではなく、当該問題の「質」でなければならない。外形・形式ではなく、その実質にこそ着目すべきだ。

    そのうえで、虚心坦懐に早稲田入試での現代文や英語問題等をご覧頂きたい。そこで、東大現役合格者とて、早慶に不合格の憂き目を見るとの実話の信憑性が理解できよう。「私学」だから、あるいは「国立」だからの如き二項対立的権威主義は今日、anachronism以外なにものでもないことをお知りになるべきである。

    しかも、ポツダム宣言受諾による日本帝国実質的終了後、まもなく77年にもなろうとする今日、いまだ前時代の遺物たる「旧帝」なる表現を漫然として使用して恥じないその感覚にもまた、anachronismの典型を拝見した。失礼ながらそれは、主権者たる国民ならぬ、「官」に阿り隷従する旧時代的臣民・民草根性丸出しと言わざるをえまい。

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