女子美の中高大連携授業
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人は集まりましょう。パート6
しろくまさま
パート5が容量オーバー気味の様子ですので、新スレを立てさせて頂きます。
出しゃばり、どうかお許しください。
いつもお忙しい中、親身で適切なアドバイスを下さるしろくまさまに
心から感謝申し上げますと共に、今後とも
中学受験に悩む保護者達に御助力下さいますよう
よろしくお願い申し上げます。
相談者の方々に
このスレでの御相談に対するしろくまさまのアドバイスは
外部ブログに掲載されます。
不都合をお感じの方は、その旨明記くださいますよう。
イヌイットさま 外の人さま
とても控え目でいらっしゃいますが、しろくまスレをこっそり支える
善意の協力者でいらっしゃると思っております。
いつもありがとうございます。
しろくまさま
いつもお世話になっております。
候補となる学校の見学を終え、いろいろ考えたうえ、志望校をとある3教科校一本に定めました。
偏差値的には、安全圏からマイナス5ポイントほどの位置ですので、
今後のがんばりが必要です。
3教科のなかでは、算数が一番安定してますが、
それでもマイナス2ポイントあります。
さて、塾ではずっと社会を選択しているのですが、
同じ時間に算数の補講があります。
志望校を3教科校に定めたので、
そろそろ社会を切ってはと思うのですが、
本人が首を縦に振りません。
成績に余裕があれば、社会も良いでしょうが、
今必要なのは、算数を引き上げることだと思います。
ただ、私の伝え方が悪いのだと思いますが、
彼にその取捨選択の意義を理解させることができません。
また、算数が発展講座でなく補講的な講座であるということも、
前向きになれないポイントのようです。
とはいえ、彼に不足している易問流しには
うってつけの講座だと思うのです。
女優になれない母に、なにか良いアドバイスをいただけませんでしょうか。
「桜花爛漫」さま
志望校が3教科校に決められたんですね。志望校がきまると、ふつうは、いろいろなことがスムーズに動くはずなんですが、お子さんがすんなりとは社会科を捨てない…
子どもには子どもなりの「理由」が必ずそこにはあるものなのですが…
1.その3教科校が志望校になる前の志望校が4教科校で、その学校への未練がまだあり、がんばって偏差値が上がれば、もともとの志望校を再度めざすことができるのではないか、という「希望」的観測が本人にまだ残っている。
2.一本にしぼったとはいえ、その3教科校の合格可能性に自分自身、不安なところがあり、1つ下の偏差値の学校が4科目校であるからそれに備える、という「悲観的」観測が本人にある。
3.「社会」のおもしろさを知ってしまい、また、担当の社会の講師にも尊敬の念をいだいていて、入試とは無関係に教科そのものの興味を強く持ってしまっている、という「知的」欲求が本人にある。
もちろん、1+3、2+3、ということも考えられます。
1や2の場合、これは提供すべき色々な情報の質と量を調節することによって、まぁ解決できるのですが、3の場合が、なかなか難しいんですよね… これはかえって手こずるんですよ。
補講的な講座がいくらイヤとはいえ、受験に「不要な」社会を続けたい、というのはやはりお子さんなりの明快な理由があるはずですよ。
その点、お母さんがお子さんに話をしていく、というだけではなく、お子さんからの話をよく聞いてあげてくださいね。
もし、本人からとくに話を聞いていないならば、上記1~3の話をして、どれかに心あたりがある? と、話を向けてみてください。
さて、1~3のいずれの場合にも共通して使える方法としては、「段階的条件付け」です。
次の模試で(今度のテストで)算数のテストが何点以下なら、もう社会の受講をやめるからね
次の模試で(今度のテストで)算数のテストが何点以上なら、社会の受講を続けてもよいよ
で、3の場合は、さらに、担当の社会の先生に事情を話して「説得して」もらう、という方法です。
なぜ、社会を続けたいのか、もう少し本人に事情を取材してもらっていただけませんか?
しろくまさま
1,2はないと思います。
明らかに3です。
歴史の勉強を楽しみにしていたので、
それを待たずして放棄したくないようです。
付け加えるならば、1や2を考えつくほど彼は成熟していません。
おそらく、「塾で勉強すること」が通塾の主目的となっていて、
その先にある「受験」は結果としてついてくるものという程度に
認識されているのではと思います。
私にもおそらくその責任はあって、
これが正しいプロセスであるという考えのもとで、
私自身がそのように導いてきたようにも思います。
正直に言うと、私自身、学校以外で歴史をしっかり勉強させないまま
中学に入れることにかなりの抵抗感を持っています。
ただその一方で、5年の夏ですから、1年半後の現実に向けて、
シフトチェンジしていく時期だと思っています。
が、どうも危機感が薄いのです。
算数の成績で約束をさせるというご提案は、目からうろこでした。
理由としても理にかなっていて、かつ失うものがない。
算数の成績が上がれば、それはそれでいいわけですものね。
塾の先生から・・・というのも少し考えてはおりましたが、
私としては本人が自発的にその選択をしないと、
あとあと禍根を残しそうな気がしていて、
最終手段と考えておりました。
いただいたご意見は有効なご提案だと思うので、
早速夏休み明けの公開テストを踏み絵にしてみようと思います。
小5の息子のことで相談させてください。
この頃息子は集中力が欠けるといいますか、緊張感がないといいますか…。
以前なら有り得ない、テストでのミスが多くて戸惑っています。
例えば「戦う」という漢字の書き取り問題で解答用紙に「う」と送り仮名が書いてあるにもかかわらず、
「戦う」と記入し、結果的に「戦うう」という解答をしたり、といった感じです。
問題用紙にだけ送り仮名があったのなら、間違うこともあるでしょうが、
解答用紙に「う」と思いっきり送り仮名が書いてあるのに見落とすなんて、どういうことでしょうか?
なお、そのテストは漢字から取り組んでおり、時間不足でもありません。
そんな調子の間違いが、今までは皆無だったのに、ここ1,2ヶ月で急に増えてきています。(算数・国語・理科全てで。)
しろくまさん、そんな息子に処方箋はないでしょうか?
「父として」さま
少しだけ、昔話から入らせてもらいますね。
しろくまが塾の講師をしていたのは、もう20数年前のことです。さらにそれより昔、塾、というのは算数が中心の時代がありました。やがて国語が入り(実は、国語よりも理科のほうが先に入った塾もあります。しかも物理・化学系のみ…)、理科や社会と講座が広がっていきました。そして、開講学年も小4、小3、と、下がっていきます…
現在では小学校1年から始まっているんですよね。しろくまのような古い人間には、とても想像がつかない「塾学習」です。
しろくまのいた塾は灘中の合格をめざす「英才教育専門」をうたうところでした(できたときは小さな個人塾だったんですが)。小6になると、当時、灘中合格者数日本一だった塾に塾生が抜けてしまうんです。「実績」の看板、というものの恐ろしさを思い知りました… (当時は群雄割拠の塾戦国時代で、灘中合格20数名で日本一、でした。)
そのころは、小5から塾に通い始める、というのが主流でした。やがて、小4から開講し、小3へ、と、なったあたりでもうしろくまなんぞはお払い箱になったわけですが、塾の開講学年が下がっていったあたりから、小5の夏休み前くらいに、「父として」さまのお子さんのような「現象」が表面化してきました。
ありえないミス、ではなく、ありえるミス、なんですよ。
この他に記述の文末表現も、トンチンカンなことが出始めていませんか? 理由を聞いているわけでもないのに「~から」で結ばれていたりする…
1.塾に慣れてきた。
2.小テストの「パターン」がみえてきた。
3.学習内容に「疎密」がつくようになってきた。
4.教科の好き嫌いが浮き彫りになってきた。
というのが「小5でのけだるさ」の主因になります。それを核とするならば、その周辺の副因として、
5.3・4を背景として、「不規則な生活」をやりはじめている。
ということが加味されます。
男の子は、新入塾ダッシュ、というのを出す場合があります。新しい世界に挑む、というとき、男の子は不安もありますがそれを上回る「やる気」を出すんですよね。「いっちょ、やったるかっ」というわけです。ところが、最初は細かいことにも気にしてキチっとやる子もいるのですが、「あ、べつにここまでせんでいいのか」ということを嗅ぎつけると、今度は振り子が反対側に振り始めます…
三日坊主ならぬ「入塾三ヶ月坊主」という現象が出ます。「あんた、はりきっとったんは最初の三ヶ月だけやんかっ」みたいな怒り方をしてしまう親御さんも出てくるんですよね。
男の子は、一見やんちゃな子でも、新しい世界にポンと投げ入れられると、案外と「へたれ」なところがあって、最初は緊張してるんですが、だんだん「塾に慣れてくる」と、とたんに「態度がデカくなります」。
このあたりから、ミスが出始めるんですよね。
それから、塾では、学習計画がしっかり立てられていて、範囲がしっかり限定されたところから小テストを出題します。まぁあたりまえといえばあたりまえで、習ったことの確認テストですから、教材の何ページから何ページという指定を「裏切ることなく」出題していきます。
小3あたりから、そういうことをしてきますと、だいたい「小テスト」の出題パターンを学んでしまうんですよね…
☆ 小テスト「で」勉強するのではなく、小テスト「を」勉強してしまう
ま、かんたんに言うと、「答えの丸おぼえ」をして小テストにのぞむ、ということをしてしまうんです。笑ってしまいますが、小テストの「一夜漬け」、出ることがわかっている部分は、学校帰宅後、塾開始1時間前くらいの「超浅漬け」で塾に乗り込んできたりする子も出てきます。
たとえば、月水金に算理国があったとしますと、火曜日の夜に「理科」の小テストをバッと詰め込んで次の日の小テストにのぞみます。それはそれでふつーといえばふつーですが、毎日少しずつ、まとめていって、あるいは問題演習をして、前日にはそれらのチェックをする、というのが「正しい一夜漬け」なんですよ。すべてを前日にやってしまう、というのはキャパ的に無理が出てきます…
すると、夜中までやってしまったり、食事や風呂の時間が、その日の本人の「学習量」によって狂いはじめて、生活のリズムが不規則になります。で、「この範囲は、明日直前に丸おぼえしちゃったらいいや」となってしまう…
で、この状態で小テストが始まると、「あ、これ、同じ問題っ へへんっ」と思って、テキトーに書く… よくみると問い方を変えていたり、数値が変えられていたり、解答欄が、問題集のものとは違うようになっていたり… で、おっしゃるような「ありえないミス」をやらかす…
男親とすると、「そんなやり方で勉強しても意味ないやないかっ!! あほとしか言いようがないっ」
と、呆れるやら怒るやら… ここにさらに「好き嫌い」の濃淡が入ります。嫌いな教科、嫌いな分野はテキトーに「解答丸おぼえ」の率が高くなる… 好きな教科、得意な分野は、がんがんやって、嫌いな教科のための時間をどんどん圧迫していく…
質と量も不規則な生活が続いて、一週間の学習の波がもうめちゃくちゃになってしまう… 寝不足、学習の疎密と一夜漬けによる疲労の波… 集中力がなくなてっ当然です。小5の男の子の夏休み前、というのは、こういう現象に要注意なんです。
そこで、まず、「環境」の整備から入ります。しろくまの「矯正法」は
① 「生活の軸」を安定化させる
食事の時間、入浴、睡眠時間、起床時間、これを一週間まったく同じにするんです。(土日は変えてもかまいません。学校が休みですからね。)一週間の計画表をつくるときに、ものさしで、スバっとこれらは真横一直線に線が引けている、というような状態にします。その「枠内」で、お勉強や遊びの時間帯をつくってやる…
② 「学習環境の同一化」
これは、ミスや集中力を出せない子に、しろくまがよくお勧めすることですが… 実際の塾の机にせよ、入試のときの机にせよ、40㎝×60㎝の「机上の空間」しかありません。
にもかかわらず、家では自分の机の上は整頓されることもなく、広々と自由に使える… リビングなんか、足を立て膝にしてイスに座っていようが、時々、ソファに寝っ転がって勉強しようが、本人のやりたいスタイルで勉強できてしまいます。
実際の模試によ、入試にせよ、そんな「スタイル」では絶対に受けることはないですよね?
寝っ転がりながら勉強した子は、寝っ転がらないと思考できない頭になります。
ぼりぼりおやつ食いながら勉強した子は、ぼりぼりおやつを食いながらでないと思考できない頭になります。
ふだんの学習を、じっさいの受験と同じ環境にしておく、ということが大切なんです。
答案が配られる… 問題用紙と解答用紙… で、筆記用具が机上にあり、よーい、始めっ(あるいはチャイムの合図)で、スタートする…
ふだん整理されていない机、自分の好きなよーに広々と机を使っている子は、問題用紙がばらばらになって、あれ、どこいった、あったあった… あれ? 消しゴムどこや? となって、用紙を持ち上げたり、裏返したり…
このたびに、思考は中断され、書こうとしていた答えが失われ…
しろくまも若いころ、模試の監督をして子どもたちの様子をよーく見ていましたが、もう、「できる子」と「できない子」の差は、「見ていて」わかるんですよ。
しっかり得点できる子は、「机上のレイアウト」が完璧です。筆記用具はどこに置く、問題用紙と解答用紙はこう重ねてこうそろえておく… 問題用紙なんか、解答しやすいように、「はじめっ」という合図とともに、きれいに折りたたむ子もいました。
算数の計算なんかもそうですよ。問題用紙のどのスペースで、どう書いていくか… ミスをしたり集中力がなかったりする子は、問題用紙に、斜めに書いていたり、汚い字で走り書きしていたり… できる子は、どこにどの問題の計算をしたか、後で見直しができるように、しっかりと「配分」されています。
「机上のレイアウト」をしっかりと体得させる、ということです。そのためには、ふだんから、机のスペースを40×60の世界にしておくんですよ。そこに教材とノートと筆記具をおいて勉強させていく…
ただ、しろくまは、ここで「学習空間」をうまく使い分けることをさらに加味したいのです。つまり「時間制限下」の学習をするスペースと、思考・理解のために「時間制限無し」に学習するスペースの「2つの学習空間」を作ってほしいんです。
昨今、リビングで学習するのはよいことだ、と、言われていますが、それは「時間制限のない、思考・理解を優先する学習のスペース」です。時間制限したり、ずっと一定時間じっとさせて勉強する空間は、やはり「40×60の世界」でなければなりません。
ですから、「独り言学習」にも注意が必要です。よく「ぶつぶつしゃべりながら」や「えーーと、これはぁ、あ! わかった… いやいやいやいや、ひっかからんぞ」みたいに「ひとりぼけツッコミ」の学習をしている子、いますよね。
「学習環境の同一化」という観点からいうと、模試や小テストのとき、独り言、言えないでしょう? だから、「ふだんと違うから」ミスしたり集中できなかったりするんです。
そういう学習があってもむろんOKなんですが、一定時間は、キッチリ座らせ、独り言無しで、「40×60の空間」で勉強させる、ということをしていかなくてはいけません。
集中力とは、ある意味、瞬発力、です。そうして、瞬発力とは、開始直前の「タメる力」でもあります。
よーい… どんっ の「よーい」と「どん」の間に「力」があるかないか…
集中力がない子は、ここに「力」が無いんですよ。
集中力がある子は「跳び箱」が得意なんです。とは、知人で、小学校の先生をしていたヤツが言うてた言葉です。一理あると思いました。跳び箱にむかっていきなり猛ダッシュ、というより、軽く走り始めて、飛ぶ直前にぐっ と、力が入って、ぽーんと飛んでいるときには余計な力がない…
一連の動作にメリハリ、リズムを感じますよね。それができる子って、集中力がある子らしいですよ。集中力が無い子って、跳び箱を跳ぶ姿からもう飛べない、と、わかるそうです。
え、もう走りはじめたん? で、踏み切る前に止まってしまう… なんのためにそこまで走っているんじゃ! と、ツッコミ入れたくなるそうです。
しろくまもよくわかります。模試を始める姿でもうだいたいできる子かできない子か見えましたもの…
集中力は持続力、というよりむしろ、「スタート」をどのようにさせるか、というところが大きいんですよね。以前に、「よーい、どん」学習というのを紹介しました。
目をつぶる、手は膝の上、よーい、どんっ で、勉強を開始させる… こんなかんたんな導入だけでも、集中力が出たりミスが減ったりします。
最初は、おそらく、お子さんも無意識のうちにこれらによく似たことができていたんですよ。でも塾に慣れ、要領がわかってきて、そうしてまだ入試まで間がある小5の夏休み前… 程度の差はあれ、みなさんよく似たことに陥っておられるはずです。
③ 「得意な教科」「好きな教科」を伸ばす5年生
バランスの良い学習がよいのには違いありませんし、先ほどの「疎密」が問題であるという指摘から一見矛盾しますが、「得意教科を磨く」「好きな教科」に向き合わせる、ということで、実際に「点数を取る」という成功体験をさせ、そこから「長時間取り組む」というクセを植え付け、「この教科はおれは自信がある」というのを作ることができれば小5は大成功なんです。
苦手な教科の中の得意な分野
というものに気が付かせる、というのも突破口になります。
「けなしてほめる」の順番も大切。「ほめてけなす」ではだめなんですよ。
「ああ、こことここはできていないね、え、こんな問題もミスしたんだね でも! これはすごいなぁ~ これができているからまぁええか」
みたいな「ほめる」で締めくくる、ということも肝要です。
同様に、一日のお勉強も、「嫌いな教科を先にして、好きな教科で終わらせる」という配分がよいですよね。そうしてできれば、「勉強すんだら」「何かのお楽しみ」が待っている、という仕込みもあってほしいところ…
これがすんだらケーキが出るぞ、というようなささやかな「楽しみ」を仕込んでおく、というのも大切です。
しろくまが講師をしていたとき、将棋が大好きな子がいて、ある曜日に、かならず、お父さんと将棋をする、ということを入試の直前までしていた子がいました。
こういうのがよいんですよね。入試の前日も緊張がなくなる… 特別な日に、いつもと同じことをしている… これは不要な緊張をほぐし、集中力を高めることになります。
ちょっと問題が多岐に渡りすぎてしまいましたが…
こんな感じでどうでしょう? 何か追加質問があればどうぞ。
しろくま様へ
御無沙汰しております。お暑い日が続いておりますが、お元気ですか?
愚息は、算国がここに来て調子が上がってきてるものの、この期に及んで、まだ理科の暗記物と漢字の総点検は、グズグズで進みません。
…もう夏なのに、入試までこの調子なのか、と悲しくなります。
理科は、学年が上がった時に担当の先生に個別の課題なども頂き、間違った所は参考書ノートに書いてはいるものの、それを覚えず、意味がありません…6年生としての自覚がないのか?!と、昔に戻った様な感覚に陥ります。
他の物は、右肩上がりにはなっているので「ここを乗り越えてくれれば…」と先生方にも言われ続けてますが、相変わらずノンビリしている息子は、「こんなにいっぱい覚えられる訳ないでしょ」と、やる気にならず、ほとほと困っております。
お忙しいしろくま様のお手を煩わせてしまい、申し訳ございませんが、お知恵を貸して頂けましたら幸いです。
何卒よろしくお願い申し上げます。




































