アートの才能を伸ばす女子教育
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人は集まりましょう。パート6
しろくまさま
パート5が容量オーバー気味の様子ですので、新スレを立てさせて頂きます。
出しゃばり、どうかお許しください。
いつもお忙しい中、親身で適切なアドバイスを下さるしろくまさまに
心から感謝申し上げますと共に、今後とも
中学受験に悩む保護者達に御助力下さいますよう
よろしくお願い申し上げます。
相談者の方々に
このスレでの御相談に対するしろくまさまのアドバイスは
外部ブログに掲載されます。
不都合をお感じの方は、その旨明記くださいますよう。
イヌイットさま 外の人さま
とても控え目でいらっしゃいますが、しろくまスレをこっそり支える
善意の協力者でいらっしゃると思っております。
いつもありがとうございます。
「迷える羊」さま
しろくまの世代がこんなことを言うのはおかしいのですが、お勉強は苦行でも修行でもありません。
どうしても、そんなふうに考えてしまいがちなんですが… 塾で教えていて、子どもたちに受験は戦争だっ
戦って勝てっ 自分を厳しく律せよっ 苦しんで苦しんで得られるものだっ と、叫んでいた時代もあったんですよね。
それはそれで、1つの方法で、実際それで合格を勝ち取っていった子たち、たくさんいました。今となっては懐かしい思い出、と、いう人もいるかもですが、ほんとうにそこまでしなくても、得られること、できること、たくさんあると思うんですよね。
やるべきことを、子どものキャラクターに合わせて、しっかりと勉強していく…
厳しいことと、ムリなことやムチャなことをさせることは別です。
あまいことと、ペースを守って消化不良にならないようにじっくり理解させることはまた別です。
「こんなゆるゆるとしたはじめ方で…」
と、思われる必要はありません。
親子バトルそのものも大きな時間のロスと精神的疲弊をもたらします。
親がとくに、受験のことで精神的に疲れると、志望校に対して、子どもの将来に対しての考え方が曇ってしまいます。
疲れているとき、病気のときに考えたことって、たいていは誤りです。判断に大きな誤りが出てきます。
参謀は、千里の外で、何もぬくぬくと安全な場所で口だけで指図しているんではありません。そういう場にいるからこそ正しい判断で、勝利を決することができるんです。
ちょっと距離をおく、頭を冷やす、翌日に考え直す… そういうことはたいへん大切です。
ケンカばっかりで、前に進まず、けっきょく1ページも進まない、よりも、たとえできる分野、好きな教科しかしていなくても、それで易問流しができて演習量が増えて、結果としてその教科や分野が得点できれば、1つのできない教科にこだわって全体が沈没する学習よりもはるかに有意義です。
何より、「何かができるとうれしい」「うれしいから次に進む」「そういう気持ちになると苦手な教科にも手を出そうかな、と、思える」となっていけるんです。
突破口を作ってやるんです。自分の居場所をつくってやるんです。
しろくまは小4の学習はバランスが大切、小5は得意をのばす、ということを大きな指針として示していますが、精神年齢が低ければ、小6になっても「好きな教科、得意な分野をまずは伸ばす」という作戦で夏休みまではいってもよい、と、考えています。
まずは好きな教科、好きな分野からスタート。そうしてそれを得意な教科、得意な分野にして、わかる教科、わかる分野にもちこむ。そうして演習量をぐっと増やして「できる教科、できる分野」をつくっていく、という流れが大切だと考えます。
で、申しましたように、一転して「生活の軸」については厳しく枠を守らせる。
ここはケンカしてもよいですよ。朝ちゃんと起きる、食事の時間、入浴の時間、そして就寝の時間。
本人にまずはどうするかを決めさせて、それを徹底させていく。
自分できめたことができないのが子ども。
ならばまずは、自分できめたことをしっかりさせるのが親の役割。
そうして他人がきめたことを自分のきめたこととして守れるのが自律、というわけです。
最初から何でもできる子、というのもいますがそれはあくまで少数派。
最初はちゃんと手をかける。
神さまは、他の動物と人間、決定的に違うことを人に与えられました。
獣は、生まれてすぐ立ちます。
人は、生まれてすぐ立てません。育てないと死んでしまうよ、という試練です。
でも、だからこそ、人は大きく進化できるんです。
物事を始めるとき、人は独りで自分だけでは何もできないようにされているんです。
どのような段階でも、「最初は」手をかけてやる、で、あとはやりなさい、なんです。
この手を離す機会を間違うと成長しません。
受験勉強をする、「最初は」お母さんといっしょ。
中学に入学する。わからないこともあるから「最初は」またお母さんといっしょ。
それがやがて「最初は」友達といっしょ。「最初は」先生といっしょ…
という「最初のいっしょ」が連続して、自分でやっていく、という次の発展に進めるんです。
物事の「最初は」手伝ってやるんですよ。それは「甘い」ということではけっしてありませんからね。
何か追加質問があればどうぞ。
国語の出来に激しくムラのある新小6男子についてアドバイスお願いいたします。
国語について、偏差値的にはここ3ヶ月だけでも45~65、とものすごく変動しています。
皆さんの平均点が悪いテストは偏差値が上になり、平均点が高いテストは偏差値が下になるようです。
(難問が得意なのか、灘中模試のようなテストでは割とよくでき、合格してきたりします。)
そこで、まずはここ2ヶ月間「近・中・五」を親音読・子黙読でじっくり取り組ませました。
何度か私が読んでいるところと違うところに目がいっていることがあり、気になったのですが
あまり注意せず、そのまま進めてしまいました。(まずかったでしょうか?)
結果としては「近・中・五」の問題は割りとよく出来ており、本人も自信がついたようです。
そこで次の一手を考えているのですが、どんな教材に取り組めばよいと思われますか?
小5時代の公開テストや復習テストも考えたのですが、同じものに取り組むと、
以前よりできるようになっているのかが如実にわかってしまい、
以前より点数ダウンしたときにかなり落ち込んでしまいますのであきらめました。
また、小5時代のテキストは解説があまりにも粗末で、取り組んでも甲斐がないように思われます。
今持っている教材で「塾で教える国語(文学的文章の読解)」がありますが、これはまだ早いでしょうか?
(因みに論理的文章の読解の方は気に入っていて、既に2回取り組みました。)
「近・中・標」も視野にいれているのですが、成績が安定しないうちはまだ難しいでしょうか?
それとも根本的に何かの教材に取り組むよりも他のことをした方がよいでしょうか?
アドバイス、よろしくお願いいたします。
しろくまさんへ
頂いたお返事を何度も読み返しておりました。
頭でわかっていても気持ちがついていけていないことが沢山あります。
学校の成績が悪いわけでもなく、良いところも沢山ある子どもを塾の偏差値というものさしで見た時、つい考えが曇ってしまいます。
いったん距離をおくこと…すごく大切ですね。
転塾や退塾なんて私の逃げ道かもしれません。この先起こるかもしれないつらいことをつい想像してしまうのです。
実は上の子で中学受験は経験済みなので、頑張ってもつらい結果を受け止めなくてはいけない現実がある。ということも知っています。
しかし、しろくまさんが常々おっしゃられているように時計は前にしか進みません。
これからの時間を有効に使って行きたいと思います。
いつか離れていく子どもと本当は受験も楽しみたいのです。
その方法がわからなくて…うまくいかないと何か間違えているのでは?といつも不安になっていました。
子どもをしかっているときなんて、実は自分に向かって怒ってるんです、何でちゃんと導いてやれないのかって…
今回しろくまさんに教えていただいたこと、しっかり胸に刻みます。
子どものことでアドバイスをお願いしたつもりが、すっかり私のご相談になってしまいましたね。
もうすこし基礎がしっかりしてきましたら、今度は志望校に向けての具体的なアドバイスなどお願いしたいと思います。
しろくまさんがいてくださると思うと本当に心強いです。
しろくまさま
小4になる息子のことでご相談させてください。大阪に本部のある大手進学塾に小3から
通っています。最初は偏差値54程度から一年経ち、先月は65にまで伸びてきました。
塾の宿題や、テストの勉強など、スケジュールをこなせているか気になり、ついつい子供
の勉強の際には隣りにいることが多い一年でした。(決して口出しをして、手取り足取り
解法を教えているのとは違います。宿題の割り振りや進行具合のチェック、丸付けなどを主にしていました)
最近気になっていますのが、息子が私が横にいないと不安そうに勉強をしていることに気づいたのです。
本来孤独な作業であるはずなのに私が横にいる事が多かったためか、教えてもらわずとも隣りにいないと
不安なようなのです。
塾からは4年生の間に完全に自分一人で勉強するよう、だんだんに手を離していってください、と説明会で
言われました。突然突き放すのはどうかと思いますし、何かだんだん手を離していくうまい方法はないものでしょうか。
正直に言いますと、手を離すことを私が怖がっているのかもしれません。(一時的に成績が下がると予想され、一度下がってしまうと
もう元のような成績がとれなくなってしまうのではないかという不安があります)
ただ難関校を目指すのなら、自分で計画を立て、それを確実に遂行していく実行力、忍耐力、集中力は必須だと思うのです。
情けない母ですが、どれくらいの次期にどのようにしてフェイドアウトすればよいかわからずにおります。
アドバイスいただけましたら幸いです。
「安定させたい」さま
しろくまは、常々
もともと中学受験の国語は、子どもにはムリがあることをさせているのだ
子どもは「発展途上人」であるので、できるところとできないところ、ムラがあってあたりまえなのだ
という前提に立ってほしい、と、思っています。
悩みというのは、あたりまえのことに悩んでしまう場合と、あたりまえではないことに悩む場合の2種類があるのですが、あたりまえのことは悩むのではなく考えてやればよいのです。ちょっとした差ですが、気持ちのあり方としては大きな違いですよ。
塾でのお勉強というのは、「先取り」という面が非常に大きいのです。
ふつうの小学生の知らないことを教える、ふつうの小学生ができないことのやり方を教える。
ですから、塾に行っている子はその部分は「できる」わけです。
国語の場合、まずはふつうの当該学年の子が読むものよりもレベルの高い文章が選ばれてしまう場合があります。実際、しろくまのいた塾でもいちばん最初に、小4の講座をつくったときに、国語と理科が、小5の素材よりも難しいことになってしまって、保護者の方からお叱りや苦情を受けてしまった、ということがありました。
低学年の国語、というのは文章を選び、それに関する設問を設ける、というのはなかなか難しいんですよ。
難問をつくるよりも易問をつくるのが一番難しいのが国語という教科です。
発展途上にある、ということは、子どもの場合は好悪が激しい、ということで、興味のあるなしがストレートに、語彙量、経験値に関わってきます。
お子さんの場合は、当該学年が小6、ではあっても小4、小5の素材を用いる、という計画でまずは考えてみましょう。
☆ どんな文章・問題でも安定させたいときは、安定した結果が出る文章・問題で演習する
という作戦で「まずは」参りましょう。
できない文章、解けない問題があると、できない文章、解けない問題をどんどんやらせようとしてしまいます。
算数というのはそういうことで突破できる場合も多いので、ついつい同じ作戦でいこうとしてしまいます。
「読む」という前提がなければ問題を「考えて解く」には至りにくいのです。
ですから、ちょっとごめんどうですが、素材の中から、本人が興味のある文章、過去の模試などから解けている問題の文章を探し出して、それがどういう系列のものかを調べ、そういうものを素材とした問題を解いていく、ということをしてやってほしいと思います。
親音読・子黙読
で、進めているとおっしゃるように「私が読んでいるところと違うところに目がいっていることがある」というのはけっこう出てきます。
実は、興味のあまりない文章だと、自分の理解できる箇所に意識が飛びやすく、読み飛ばし、などかおこる場合があります。
びっくりしたことが昔ありました。
おれ、物語文、会話のとこしか読まへんねん~ あははは
と、言ってのけてた子がいました。ええ?? なんやそりゃ、と驚いたのですが、子どもはびっくりするような「手順」や読み方で問題に向き合っているところがあります。
こう読んでいるだろうな、こうしているのがふつうだろう、と、思って子どもにいろいろやらせていると、とんでもないことになるときがあります。
え? あなた、そんなことしてるの?
と、びっくりしてしまうときもあります。
読み飛ばしを防ぐときは「ブロック読み」を採用してください。
下敷きや紙などで、後ろの文章を隠して、数行ずつ(あるいは形式段落ごとに)、左にスライドさせていって読んでいく、という方法です。物語文などは時系列順に話が進んでいきますから何も問題はありません。
実際の本番でもその方法をやり続けていた子もいました。
よい効果も出ます。黙読速度が、速くなる子もいました。だらだら読む、目があっちこっち飛んでいてちゃんと読めていなくてかえってムダな時間が多くなっていた、ということがわかるときもあります。
そのうえで、1文章1設問、でやっていきます。
まずは「入試問題読書」というのがよいと思います。解くのは1設問だけ、ということでOKです。
解説があまりに粗末… これがいちばんこまりますよね…
そういうものは文章だけ、で、1設問。ブロック読みなどの訓練素材、自分の読める文章の判定素材にしてしまいましょうか。
論理的な文章が読める、ならば、しばらくは説明文ばかりで進めていくというのでもよいですよ。こちらのほうはレベルの高いものにも取り組ませていく。
「近・中・標」も、本人が興味をもてる素材ならばもちろん使ってもOK。中身で選択、ということをして参りましょうね。
あと、塾でとりあげている文章が、中学生の教材からの転用、ということをしている場合もあり、実際の中学入試問題とはレベルがちがうものをやっちゃっている、という「教材」もあります。
ですから、志望校の文章をちらっとみてみると、「あんがい読みやすい文章やん」と思う場合もたくさんあります。物語文などはとくにそうです。
塾は、難しい文章をさせようわからせよう、とする
学校は、小学生が読める文章、理解できる文章を選ぼうとする
この「ねじれ」がけっこうあるんですよ。過去問を親が先にみておくと、「そんな問題出てないやんっ なんでこんなことまでさせられてんの!?」というようなとき、正直出てきますよ。
子どもは過去問を「まだ」解く必要はありませんが、親は過去問を「あらかじめ」目を通しておく、というのは大切なことなんです。
そうすると、「うちの子のめざす学校なら、この単元はまぁこのくらいでよいか、この単元はこれではいかんぞっ」と子どものお勉強をとらえられるようになり、ずいぶんと「気持ち」が楽になります。
何か追加質問があればどうぞ。
アドバイス、ありがとうございます。
「あたりまえのことは悩むのではなく考えてやればよい」のですね。気が楽になりました。
ブロック読み、早速取り入れたいと思います。
それからひとつ、しろくまさんにアドバイスいただき、思い出したことが。
一度、目が泳いでいたように感じたときに、「どこ見てた?」と聞きましたら「答えを考えていた。」と。
どうも本文を読むときに空所があるときなどにそこに何が入るのか、考えるために立ち止まってしまうらしいのです。
こういう場合、空所などを補充しながら読んでいった方がよいでしょうか?
それとも空所ははじめに読むときは気にしないように助言した方がよいでしょうか?
(補充しながら読むとスピードが落ちてしまいますよね…。)
また、もうすぐ「近・中・五」が終わるのですが、
次は「塾で教える国語(文学的文章の読解)」をやりたい、と言い出しました。
物語文が少々苦手な息子には敷居が高いですよね?
実は以前に少し取り組んだことがあり、私が「これは難しいからまた今度にしよう。」と後回しにし、
先に「近・中・五」に取り組んだ、という経緯があります。
息子は苦手な物語文だからこそ、「簡単な問題では力がつかない、難しい問題に取り組みたい」と思っているのかもしれません。
こんな場合、「塾で教える国語(文学的文章の読解)」の中でも簡単そうな問題をピックアップし、
1文章1設問で進めても大丈夫でしょうか?
たびたびの質問で申し訳ありませんがアドバイスいただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。
「親の関わり方」さま
ここは実は難しいところなんですよね… 人によってもちろん違うのですが…
しろくまの経験から言うと、「手を離す」と成績は確実に下がります。手をかけたら、そのかけ方の質的変化をさせていく必要がありますが、手を離さないほうがよいと思います。
もちろん、お母さんが試験会場で横につくことはできません。ただ、今の時期は、お勉強の「理解」、つまり問題を「わかる」ための学習であることが大切ですから、「横にいるだけ」でかまいません。
失礼な言い様ですが、安心して勉強できるなら、横にいるのがお母さんでもぬいぐるみでもお地蔵さんでもよいわけです。
それによくお考えください。
塾では、当然、お母さんが横にいるわけでもないですし、模試でもお母さんは横にいませんよね。独りで集中して学習する、そういう環境での訓練はそこではできているわけです。
そこで、小4のあいだは「いまのまま」で参りましょう。手を離すことなどまったくせずに、という感じでいきます。
で、小5では、家庭学習も二本立てにしてやります。
まずは「場」の類別。お子さんの横についていてやる勉強部屋と、独りで勉強する(ただし、時間制限で演習させる)部屋あるいは場所を分けるんですよね。
その理由は、明確に説明してやります。4年くらいですと、まだ、リクツよりもキモチを重視する傾向が子どもにはありますが、小5になると、それが逆転します。で、
「実際の入試と同じ環境をつくろうね。机の上も60㎝×40㎝のスペースでできるようにするね。志望校のテストの時間が50分だからこれからは一区切りの勉強時間は50分にしようね。」
と、しっかりと説明してやります。
フェイドアウトなんかしなくてもよいのですよ。関わりの質的変換を図ればよいのです。申しましたように、理解を深める学習のために、横にお母さんがいて安心できるなら、だまってすわっていてもよいんですよ。
計画を立てて実行する力、ということと忍耐力は別の問題。何度も強調しますが、受験勉強を苦行や修行にする必要はありません。それは小6の志望校別特訓が始まってからの状況でも十分養えますから。
計画なんて親が立ててやったほうが効果があがる場合もあるんです。いや、たいていはそうですよ。
親が代わりに計画立てても、実際にするのは子どもですよね。そうして実行しているうちに本人自身が学んでいくんですよ。ああ、こうすればいいんだな、て。
言われたとーりをする過程で、どうやるべきかを学び、そうして自分にとってはここはムリだな、と計算できるようになります。
ですから、自分で計画しなさいっ 本人にさせるというのは、「自分で計画を立てるようになるための」訓練にはならないのです。
なんとなく手放したほうがよいかな、と、思って手放すと確実に失敗します。
受験勉強で、親が手をかけ、めんどうみて、計画もみんな立ててやる、というのは実は「甘やかしている」のではけっしてありません。ついつい「父性」は「そんなもん本人にやらせろっ いつまでもべたべたくっつくなっ」と作用してしまいますが、本人のやりたいようにさせる、本人にまかせてしまう、というほうが、受験勉強でははるかに「甘やかし」になるんですよ。
伸びてきているときに環境を変える必要はありません。不振に陥ったり、原因不明の停滞が続いたときに環境の転換をすればよいわけです。
未だ来たらずを憂えず、です。
手取り足取り教えているのでもなく、計画進行補助、のような役割で、しかも、精神安定剤のような役割ですから何も問題はありません。
お母さんの受験における「支援」のスタンスは色々です。客席での応援団のような方もおられますし、ベンチにどっかと腰掛けている監督のような方もおられますし、手取り足取り指導するコーチのような方もおられますし、ベンチにはいるけどゲームにかかわるのではないマネージャーみたいな方もおられるわけです。
お話しをうかがうかぎり、お母さんは「マネージャー」タイプですよね。
それぞれお母さんのキャラクターに適したことをすればよいわけです。ここは、まずは作為無く、ごくごく自然に今までどーり。で、小5になったら申したような質的変換、二本立てに入っていく、でも、お母さんの関わりを断つ必要はない、というところです。
何か追加質問があればどうぞ。































